週末輪舞曲
例えば友だちなら金曜日に分かれて月曜日まで合わないのは普通の事。 また来週、と別れてそれぞれの週末を過ごして、おはようと顔を合わせる、それだけ。 なのに・・・・。 「あ・・・・」 視界の端を滑った淡いピンク色に水嶋悠人は思わず振り返った。 週末の元町は近隣以外にも観光や遊びで訪れている人が多くて、まず視界を埋め尽くすのは雑踏の人々。 商業施設から美術館や博物館、公園までそろったこのあたりは様々な休日の過ごし方が出来るからだろう。 ざっと見ても系統の揃わない人々が行き交っている。 共通しているのは、一様に週末を楽しんでいる顔をしていることだろうか。 そんな通りすがりの人々の流れの中で足を止めた悠人は、さっき視界を掠めた色を探す。 淡いピンク、あまり悠人自身には縁のないその色を。 そして。 近くのお店の店先に見つけたその色は。 「・・・・違った。」 ぽつり、と呟いた自分の声が雑踏の中でもひどく残念そうに響いて悠人は苦笑した。 通り沿いにあるファンシー雑貨を扱う店の前で、淡いピンクのワンピースを着ているのは見知らぬ少女だった。 友だちと楽しそうに何か選んでいる姿は見ていて微笑ましい光景ではあったが、悠人が探した姿は。 (・・・・かなで先輩はああいう色好きだから。) かなで先輩、と頭の中で呟いただけで勝手に鼓動が跳ねた気がして、悠人はさっき浮かべた苦笑を中途半端に引きつらせた。 悠人とて、ただの先輩にこんな風にどきどきしたりするわけではない。 まあ、小日向かなでは悠人にとって一学年上でオケ部でも先輩にあたるわけだから、そのままの意味で先輩ではあるけれど。 ただ、悠人にとってかなではただの先輩以上の意味がある。 だって彼女は ―― 夏の大会を通して想いを通じ合わせた恋人だから。 今日は一緒ではないが、そういう関係になってからかなでと休日に出かける機会が増えた。 そうして出かける時、かなでが選んでくる洋服はあの通りすがりの少女が着ているような淡い明るい色が多かった。 (先輩がここにいるはずないのに。) なんとなく雑貨屋の少女に目を止めたまま、悠人は小さくため息をついた。 (今日は片付けをするから寮にいるって言っていたはずだ。) 金曜日の帰りがけ、練習か外出かに誘おうか迷っている悠人に気づかずかなでは大きくため息をつきながらそう言っていたのを思い出す。 実家から冬服が届いたのは良いけれど、衣替えしたら部屋が散らかって・・・・と話す彼女に、さすがに手伝いましょうかと言うわけにもいかず、『頑張って下さい』と激励を送ったのは記憶に新しい。 その予定を鑑みれば、かなでが暮らす菩提樹寮の周辺ならまだしも、少し離れたこのあたりで偶然会う確率は低いといえるだろう。 だから、たまたま彼女がよく着る色の服を着た似た背格好の少女を見間違えた、ただそれだけ。 それだけ、のはずなのに、奇妙に落胆している自分に気が付いた。 (新に似た奴を見かけて、新じゃなかった、とかならホッとするんだけどな。) 嫌いなわけではないが、とにかく賑やかで落ち着きのない従兄弟を想像して、すぐに眉間に皺を寄せる。 (・・・・・・・先輩とあいつじゃ全然違う。) かたや賑やかすぎる従兄弟、かたや大切な恋人だ。 会いたい、と思う度合いが違う。 ・・・・と、思ったところで悠人の心に自分で思い浮かべたはずの言葉が酷く新鮮に落ちた。 (会いたい、か。) そう、会いたい。 言葉として意識してはいなかったが、ずっとそう思っていたんだと気が付いて悠人は苦笑した。 (一昨日会ってるのにな。) 金曜日の夕方に、じゃあまた来週と別れた。 それから過ぎた時間は、たったの一日だけ。 だというのに、雑踏に無意識にかなでの姿を探してしまったぐらいには、会いたい。 (たった二日ぐらいで何を言っているんだ、僕は。) そう自分を諫めて、悠人は元町へきた目的を果たそうと思わず足を止めていた場所から歩き出した。 視界の端では雑貨屋の奥に、淡いピンクのワンピースの少女が消えていくところだった。 このまま元町を真っ直ぐ進んでいけば、目的であるいつも使っている楽器屋へとつくはずだ。 (・・・・先輩も確かああいう色のワンピースを持っていた気がする。) 休日の人混みを避けながら歩いているうちに、そんなとりとめのないイメージが頭に浮かんだ。 かなではおっとりしているわりにはよく動く。 冥加の妹のようにお嬢様然としたおっとり感とは違い、どちらかというと小動物を連想させる感じだ。 だから、ふわふわとしたワンピースなんかを着るとしょっちゅうふんわりと裾をひらめかせて振り返るのだ。 太陽に向かって咲く、あのひまわりの様な笑顔で。 『ハルくん!』 「―― っ!」 雑踏に中に軽やかな声が響いた気がして、悠人はハッとした。 違う、わかってる。 今のは実際に声が聞こえたわけではないことぐらいは。 ややあって、悠人は大きくため息をつくと額に手を当てた。 (先輩の幻の声を聞くって、どれだけだ・・・・) 重症だろう、ともはや自分でも笑うしかない。 けれど、元町の石畳を踏む足は完全に止まっていた。 ここから、真っ直ぐ歩いていけば目的地・・・・けれど、振り返って坂を駆け上がれば菩提樹寮がある。 行き交う人々が、川の流れが小石を避けるように悠人の周りを行き過ぎていく。 休日を満喫する人達のざわざわとした喧騒と、楽しげな空気。 でも、その中に悠人の求める姿はない。 (・・・・明日になれば会える。) 理性が冷静に呟いた事も、ちゃんとわかってはいる。 例えば友だちなら、金曜日に別れて月曜まで会わないのが普通で、それが不満だった事なんてほとんどなかったはずだ。 たった二日で誰かに会いたいを思うなんて、以前の自分なら呆れただろう。 けれど、いくら冷静に分析して、いくら冷静に考えてみたところで。 ―― 会いたい、と堰ききった気持ちは溢れるばかり。 ザッ。 気が付けば、目に写る景色が180度回転していた。 今まで歩いてきた道は、あっという間に帰路ではなく別の道へ姿をかえる。 携帯を取り出して一瞬考えた後、再び鞄に放り込んだ。 いつもの悠人なら、突然訪れるのは失礼だからと連絡を入れるのだが、珍しく悪戯心が動いた。 このまま突然会いに行ったらかなではどんな顔をするだろう。 驚いて、それから笑ってくれたら嬉しい。 もし・・・・自分と同じ様に会いたいと思っていてくれたらもっと嬉しい。 ちらっと見た時計の針は15:00。 あと休日は半日も残っていないけれど。 それだけ過ぎれば、明日の朝、いつも通りの通学路で、おはようと笑って会える事もわかっているけれど。 たったそれだけの時間が、待てない。 だから。 「すれ違いにならなければいいけど。」 冷静な自分が入れた最後の揶揄に挑戦的な笑みを口元に刻んで。 そうして悠人は、かなでに向かってスタートを切った。 〜 Fin 〜 |