少し贅沢な恋心
もらった「好き」の言葉は数知れず。 本当に世界でもシャイだと言われる日本人なの!?と真顔で問い詰めたくなるような、美辞麗句だって惜しげもなく言うのが、日野香穂子の恋人である、加地葵という人だ。 だから、恋人の言葉不足に悩む友人達には「香穂子はいいね。」なんてうらやましがられることもよくある。 でも・・・・。 (あ) 放課後、練習場所に向かおうとしていた香穂子は森の広場で、前方に見慣れた後ろ姿を見付けた。 他の人よりちょっと高い位置にある薄い茶の髪と、普通科の制服・・・・加地だ。 確か今日の練習には彼も参加するはずだが、楽器も鞄も持っていないところを見ると、練習室に先に置いてきたのだろう。 さしずめ、向かっている方向的にもエントランスの購買に何か買いに行くところ、といったところか。 (金やんに呼ばれて遅くなっちゃったから。) 加地と香穂子は同じクラスなので、一緒に練習があれば基本的には連れだって向かうのが普通だけれど、今日に限っては近く行われる新入生歓迎コンサートなどの打ち合わせのために香穂子が呼び出されていたので、加地だけ先にいって練習を進めている事になっていたはずだ。 (休憩に入ったところかな。) ちらっと腕時計に目を走らせて香穂子はそう確認する。 確認して・・・・ちょっと悪戯心が湧いた。 もし練習が休憩に入っているのなら、急いで向かう必要もないはず。 だから。 (・・・・そーっと) 心の中でそう号令をかけて、香穂子は練習室へ向けていた足を、加地の背中へと向けた。 距離にして4、5m。 授業が終わって結構時間がたっているせいか、森の広場にはそれほどたくさんの生徒はいないけれど、香穂子一人の足音を消してくれるぐらいはざわめきがある。 狙い通り、まったくこちらに気づいていない加地が迷いなく進んでいく背中を追いながら、ふっと香穂子の頭に先日友人とかわした会話が蘇る。 『うちの彼氏、全然好きだとか言ってくれないの。』 言ってくれないから好きじゃないとかは思わないけど、やっぱり不安になると訴える友達に別の友達も同意してとても盛り上がったその場で。 『あ、でも香穂子はそんな心配ないか。加地くんは聞いてるほうが恥ずかしくなるぐらいだもんね。』 うんうん、と同意する友人達を見ながら香穂子は曖昧に頷いたのだが、本当は。 (加地くんって) そう思いながら目を目標の背中に向ける。 あと、3m。 (ほんとは言葉より) あと、2m。 エントランスはもうすぐで、森の広場から続く緩い階段が加地ごしに見えた。 さすがに階段のあるところで悪ふざけはまずいかも、と最後の2歩は大きくステップを踏んで。 「加地くん!」 「!?」 ちょっとした恥ずかしさを誤魔化すように、大きな声で名前を呼ぶと、香穂子は加地の腕に飛びついた。 その瞬間。 「うわああっ!?」 激しく動揺した叫びと共に、加地が消えた。 もとい。 「だ、大丈夫!?」 緩い階段を1段踏み外して尻餅をついた加地を香穂子は慌ててのぞき込んだ。 「ごめん、驚かす気は・・・・えっと驚かす気だったんだけど。」 まさか運動神経も良い加地が階段を踏み外すとは思わなかった、と思いながらそう言うと加地は香穂子を見上げる。 その表情は ―― ものすごく困ったような、でも嫌なものではなくて。 「ひ、日野さん。」 「うん、驚かせてごめんね?」 尻餅をついた加地と視線を合わせるように香穂子はしゃがみこんでにっこりと笑う。 その香穂子の顔を見ながら、酷く戸惑ったように加地は口元を手で覆った。 そして。 「えっと、その・・・・」 「うん?」 「急に・・・・触れられると、心臓が持たないから、心の準備をさせてください。」 止めようもなくうっすらと赤くなった顔で、そう訴える加地に、香穂子は自分の仕掛けた悪戯が想像以上の結果を出したことに満足して笑ったのだった。 いくつの甘い言葉より、私の行動一つのほうに目一杯動揺してくれる姿の方が嬉しいなんて、ちょっと贅沢かな、と。 〜 Fin 〜 |