指令:想い人の寝込みを襲って下さい。 日野香穂子の場合 〜月日編〜 「え!?なんか私、2fアンコールでやるみたいだからいいんじゃないの!?」 だめです。何事もチャレンジ精神です。 「チャレンジ!?パジャマ姿を襲撃する以上のチャレンジ!?」 それはそれ。これはこれ。 「は!?」 はい。ではシチュエーションはこっちで用意しますので。 「用意するって何!?」 煮るなり焼くなりお好きにどうぞv 「vじゃなくて!!」 ではふぁいとー! 「ちょっ!?嘘でしょ!!待ちなさい!!そこの海月まんじゅうもどきーーーーー!!!」 と、今ふるふると震える香穂子の手に握られた「謎の指令書」を持ってきた「謎の配達海月」と攻防があったのが昨日。 それでまさか、昨日の今日で。 「・・・・あり得ない・・・・」 (シチュエーションはこっちで、ってのがまさかこれ!?) 内心悲鳴を上げた香穂子の目の前に、目を閉じて壁に寄りかかった月森蓮の姿があった。 ちなみにここは練習室で、ついでに言うなら放課後月森と練習の約束をしていたのだから月森がここにいる事態はまったく問題が無いのだ。 問題はいつも比較的隙のない(最近は香穂子に対して それでも某お昼寝天使のチェロ奏者と違ってきっちり椅子に座って腕を組んだ上で壁に寄りかかって目を閉じているあたりが月森の月森たる所以であろうが。 けれど、そんなところで月森らしさを発見したところで今の香穂子には何の得にもならなかった。 むしろいつもの月森らしくきっちり眠気などには負けずに起きていて欲しかった。 しかし生憎(?)目の前で月森は目を閉じていて、そして香穂子の手には「謎の指令書」。 (・・・・・・・・・・・・・寝込みを襲え、と。) 果たしてこれがあの「謎の配達海月」の罠なのか。 それともファータの悪戯か。 ひくっと香穂子の口元が引きつった。 (で、できるわけないから!!) 一応、香穂子と月森は恋人同士という枠に入る間柄ではあるが、もともと真面目でちょっと照れ屋な二人は回りから見れば焦れったい程の距離で安心しているところがある。 そんな状態で寝込みを襲うなどできるはずないじゃない!とブンブン首をふった香穂子は眠る月森から視線を離してとりあえず当初の予定に沿うように自分のヴァイオリンの準備を始めた。 音を立てているうちに起きてくれたら、という淡い期待もあっていつもよりやや遅めに愛用のヴァイオリンのケースをあけ、楽器を出し、肩当てをつけ、弓をはる。 そして・・・・ちらっと月森を見た。 そこには期待に反して微動だにしない月森の姿。 「・・・・・・・・・・・・・・だめか。」 はあ、とため息をついて香穂子は弓を置いた。 そして、なんとなく吸い寄せられるように月森に近づいてしまった。 椅子に座っているせいでいつもと違う目線で月森が目に映る。 薄い色の髪に、俯いて閉じられた瞳が隠れている。 (・・・・ほんとに寝てる?) あまりにも静かな姿にそれとなく身をかがめれば小さな寝息が耳をくすぐった。 聞き慣れない無防備なそれに、香穂子は心のどこかをくすぐられたようなこそばゆさを覚える。 (せっかくだから鑑賞しちゃえ。) ちょっぴり開き直って香穂子は視線を合わせるようにかがんだ。 柚木ほどではないにしろ、校内でファンクラブが結成されるほど月森は整った顔をしている。 もともとライバルとして知り合った香穂子にとっては最初はその造作を観察するどころではなかったけれど、こうやってみると確かにかなりの美形なのだと実感した。 「・・・・女の子より綺麗なんて反則じゃないの、月森君。」 綺麗で厳しくて、優しくて。 そんな人が香穂子の事が好きだと言ってくれる。 音色も、香穂子自身も。 照れて言いにくそうにそう言ってくれる時の月森の視線を思いだして香穂子は僅かに頬が熱くなるのを感じた。 暖かい甘さと喜びと、欠片の気恥ずかしさに鼓動が跳ねる。 それと同時に訪れたのは・・・・触れてみたい、と思う衝動で。 (・・・・これも寝込み襲う事になるのかな。) と一瞬思わないでもなかったけれど、香穂子はそっと腰を落とした。 そしてあと数十センチだった距離を縮めて。 「―― 大好き ――」 微かな囁きを閉じ込めるように唇が月森の髪に触れた ―― 刹那 「―――――っっ!!!」 がたんっっ!!! がたがちゃがちゃっっっ!! 「わっっ!?」 月森が椅子から転げ落ちたのと香穂子が飛び退いたのは当然ながら同時だった。 「え?え?」 今目をさまして、驚いて反応して・・・・にしてはあまりにも早すぎる反応に目を白黒させる香穂子の前でリトマス試験紙よろしく月森の顔が朱に染まっていく。 そして ―― 「その・・・・」 「??」 「君が・・・・来る前に、リリと不可思議な生物が現れてそこに座れというから座ったら・・・・動けなくなって」 「????」 「そのままでいれば眠っているように見える魔法をかけたとかなんとか言っていたが・・・・訳も分からず座っていたら、その、君が、来て」 つまり。 要するに。 眠っていると思っていた月森は某音楽の妖精と「謎の配達海月」の魔法というやつでそう見えただけで。 要するに。 つまり。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・月森君、起きてたの・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・?」 心のそこから振って欲しいと思った方向とは逆に月森の首が振られたのを見た瞬間。 ―― 声にならない悲鳴が星奏学院に響き渡ったのだった・・・・ 〜 Fin 〜 (久しぶりの月日につき偽物感はご容赦下さい。なお人外生物の呟きは↓) 〜 おまけ 〜 「月森蓮のやつ、ずるいのだー!あれでは我らがいたずらっ子みたいではないか!」 いやあ、言えないでしょう。そういう性分じゃなさそうですし。 「むう、だがあれではあとで我ら日野香穂子に怒られてしまうぞ?」 しかたないですよ。甘んじて無実の罪を被ってあげましょう。 「謎の配達海月・・・・お前、良い奴だな。」 ふふふふ、そうでしょう?あ、別にこれをネタに次は月森蓮の方に無茶な指令だそうなんで思ってませんよ、全然。 「・・・・前言撤回なのだ。お前、黒いのだ。」 何をおっしゃいますやら。彼にとっては名誉がかかっていることですからね。 「まあ、そうだろうな。」 まさか 「まさか、なあ。」 ほんのちょっと動きさえすればあんなまやかしすぐに解けるって知ってたなんて。 「言えないだろうなあ。」 |