score 〜君色の輪舞曲〜
目を開けたらスコアだった。 「・・・・・・」 無言で桐也は1、2度瞬きをしてみるが、目の前にあるのはやっぱりスコア。 正確に言うならベートーベンの交響曲第5番「運命」という世の中的にも目一杯有名なオーケストラ曲のスコアだ。 そしてそのスコアの向こうに見え隠れするのは今桐也が枕にしている膝の持ち主である香穂子の紅茶色の髪。 (・・・・そりゃ確かに退屈だっただろうけど。) いつものように公園で香穂子と練習をしていて、欠伸を見とがめられたのはちょうどお昼過ぎだった。 それから帰る帰らない(久しぶりに二人きりだってのに、眠いから帰るなんて論外と桐也が言い切った)、寝る寝ないの議論の末冗談半分に「あんたが膝貸してくれるなら寝る」と言ったら目を丸くして、でも勢いよく座ると「さあ!」と訳の分からない気合いたっぷりな態度で膝を叩かれて。 いくら自由スペースの公園の芝生の上とはいえ、ちょっと膝枕は恥ずかしいなどと今更引っ込みもつかずに香穂子の膝に頭を預けた。 けれど頭を乗せてしまえば下から見るかなり照れくさそうな香穂子が可愛かったり、位置的にちょうど彼女に包まれているような場所がひどく落ち着いたりして結局気がつけば寝てしまっていた。 それから多分軽く見積もっても2〜30分はたっているだろう。 そのままずっと寝顔を見られていたというのも恥ずかしいものもあるが、なんとなく目が覚めたら真っ先に香穂子の顔が目に入るんだろうと思っていたのに、現実はスコア。 (別に、いいけど。オケ大変なんだろうし。) 市民音楽祭のステージで無事にコンミスを勤め上げた香穂子は以来、キ築に気に入られて再びコンミスとして次の公演に望むのだと話していた。 だから音楽が好きでしかたない香穂子が少しでも楽譜と向かい合おうとする気持ちはよくわかる。 わかる、けれど。 (・・・・俺が起きたって気づかないし。) かなり、ちょっと、どことなく・・・・面白くない。 嫉妬というほどたいそうなものではないけれど、なんとなく鼻先で揺れる香穂子の視線を独り占めしているスコアが憎らしくなってくる。 (こんな事で拗ねるなんて、ガキか。) 思わず桐也が内心ため息をついた時、スコアの上から微かな歌声が降ってきた。 「〜〜♪〜・・〜?」 鼻歌が有名なメロディーを奏でていたと思ったら、だんだん怪しくなって、そして止まる。 止まった所で香穂子が首をかしげたのか、さらっと髪が落ちてスコアの影から少しだけ顔が覗いた。 その顔がもの凄く困った顔で桐也は危うく吹き出しそうになった。 (ほんと香穂子は顔に出るよな。) そういうとこ、嫌いじゃないけど、などと思っている桐也をよそに香穂子はまた鼻歌で同じメロディーを繰り返している。 そもそもスコア越しに顔が見えた時点で桐也が起きている事に気がつかないということは、相当集中しているのだろうか。 「〜〜〜〜〜♪」 ぽかぽかとした日差しと、香穂子の鼻歌、頭の後ろから感じる香穂子の体温。 (ずっとこうしてるってのも悪くないけどさ。) でもやっぱり目の前に香穂子がいるのなら。 悪戯を思いついた子どものように桐也は口の端だけで笑って、無造作に頭の上に広げられているスコアに手を伸ばして指を引っかける。 「〜・・え!?」 驚いたように途切れる鼻歌と声を聞きながら桐也はあっさりスコアを香穂子の手から引っこ抜いた。 途端に表れるのは、きょとんっとした香穂子の顔で。 「桐也くん、起きてたの?」 「さっきからね。」 「!じゃあ黙って聞いてた!?」 かあっと赤くなった香穂子にそう言われて桐也は一瞬考えた後。 「さあ?夢では聞いてた気がするけどな、先に進まない「運命」?」 「バッチリ聞いてるじゃない!」 香穂子の予想通りの反応に桐也は声を上げて笑った。 「あれは拍の取り方がおかしいんだと思うぜ。」 「え?そうなの?」 ひとしきり笑われてむ〜っとしていた香穂子にそう言ってやればあっさりと目を見開いて聞いてくる。 その単純さがなんともおかしくて、年上なのに妙に可愛くて。 (・・・・ほんと、俺も参ってるよな。) 心の中で苦笑しながら、未だに頭の上にある香穂子の頬へ手を伸ばす。 「教えて欲しいんなら後で教えてやるよ。」 「後で?今じゃダメなの?」 きょとんっと首をかしげる天然全開な香穂子に向かって体を起こしながら、桐也はにっと笑って言った。 「今は俺を構ってよ。」 ―― そういって珍しく下からしたキスに香穂子が真っ赤になるのを見ながら、桐也はそっとスコア(ライバル)を芝生の上へ落とした。 〜 Fin 〜 |