日だまりとお説教の輪踊曲
小日向かなでは日だまりが大好きだ。 真夏でも木陰と日だまりの境目にいるのはとても気持ちいい。 特に学院の森の広場は最近のかなでのお気に入りだ。 お昼を食べる場所として重宝しているけれど、最近では忙しい練習の合間の休憩にもちょこちょこ訪れていた。 というわけで、今日も今日とて休憩に森の広場によって、お気に入りの木陰に座っているうちに・・・・眠気を誘われたのはごく自然な流れだったと思う。 ・・・・思う、のだけれど ―― 「―― それで?」 「あう・・・・」 目の前に仁王立ちして見下ろしてくる悠人に、かなでは呻いた。 (うう、こ、怖いよ〜。) 同い年の男子の中でも小柄な悠人は至誠館の火積のように普段から迫力のあるようなタイプではない。 が、実は怒らすと誰よりも怖いのではないだろうか。 なんせかなでの目には、今まさに悠人の背後に仁王が見えるぐらいだ。 「それで先輩の主張によると、日だまりが気持ちいいから気がついたら眠っていたということですか?」 「えっと・・・・はい。」 晩夏とはいえ、気温はかなり暑いはずなのにブリザードが吹き荒れそうな冷たい声にかなでは身を小さくする。 「先輩。」 「は、はい!」 「ここはどこですか?」 「え?森の広場?」 「そうです。寮の先輩の部屋でも百歩譲って、部室でも教室でもなく森の広場です。」 「?うん。」 何が言いたいのかわからずちょこんと首をかしげたかなでを見て、悠人は一つ息を吸い込んで・・・・。 「前々から思っていましたが先輩は無防備すぎるんです!!!」 雷が落ちた。 しかもあれだけのブリザードを引き起こしておきながら、悠人はまだ押さえていたらしい。 ひいっと首をすくめるかなでの上に怒濤の悠人のお説教が積み上がる。 「先輩は自分が若い女性だって事がわかっているんですか!?こんな誰でも通るような場所で無防備に寝ているなんて言語道断です!!」 「え、だ、だってニアだって時々寝てるし・・・・」 「支倉先輩は周りの認識が若い女性と言うより猫だからいいんです!」 それはちょっとニアに失礼なのでは・・・・と思ったものの、とても口に出せる状況ではないと判断したかなでは懸命にもその言葉は飲み込んだ。 今はどうにかこの怒り狂っている悠人をなだめるのが先だ。 「でも別に何もなかったよ?」 「当たり前です!!!あったら今頃こんなじゃすみませんからっっ!!」 なんとかしようとした言葉は火に油を注いだらしい。 かなでは真剣に途方に暮れた。 (そもそも、ちょっと森の広場でお昼寝してただけでなんでこんなに叱られちゃうの・・・・) そこからして、実の所かなでにはよくわからない。 確かに外で眠っていたのはみっともないかも知れないけれど、それはかなでが恥ずかしいだけの話であって悠人が怒るようなことではないはずだ。 むしろそんな場面を発見されたら怒るというより呆れられそうな気がするのだけれど、今の悠人は完全にお怒りモード。 (???なんで?) 首を捻った結果、一つ思いついた可能性をかなでは口にしてみた。 「あの、ハルくん。」 「はい!?」 「えっと、私・・・・とんでもなく恥ずかしい格好とかで寝てた?」 「は、はああ?」 「例えばよだれ垂らしてたとか、いびきかいてたとか。」 「そんなことありません!!」 「あ、そうなんだ。よかった。」 友人としての許容範囲を超えるほどみっともない格好で寝ていたのではないということを確認してかなではほっと息をついた。 「?でもそれならなんでハルくんは怒ってるの?」 「・・・・先輩、僕の話を聞いてましたか?」 「え?だって、他の人を驚かすぐらいとんでもない格好で寝ていたんでもないなら、別にそんなに怒ることないよね?見つかったって私が笑われるぐらいだし。」 「笑われるぐらい?」 ぴくっと悠人の眉が跳ね上がった。 (あ、まずい!) 第二弾の雷を予測して肩をすくめたかなでの耳を直撃したのは。 「笑われるだけ!?そんなわけないでしょう!誰かに破廉恥な悪戯でもされたらどうするんですかっっ!!」 「は?」 さすがにこれにはかなではぽかんっと口を開けてしまった。 (は、破廉恥?) いつもながら気持ち時代がかった表現に、かなでは思わず笑ってしまう。 「なっ!?何を笑ってるんですか!」 「だ、だって、それはないよ〜。」 大地あたりに寝てるところを見つかったならほっぺたを突っつかれるぐらいの事はされるかもしれないけれど、その程度しか想像出来ない。 が、しかし悠人の認識はかなでとは違っているようで。 「あります!」 「ええ?ないってば。」 「ありますっ!!」 「ないと思うけど。」 強行に主張されても本気にできないかなでに苛立ったのか、悠人はがしっとかなでの肩をつかんだ。 「ハルくん?」 「だから!」 ぐっと寄せられた真剣な瞳にかなでの心臓が一つ跳ねたのも束の間、三度目の雷は。 「この僕がそう思ったぐらい無防備な寝顔だったんですから!!」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?」 「なんですか?」 「そう、思ったの?」 「そうですよ!」 力いっぱい頷く悠人を数秒見つめて ―― かなでは頭を抱えた。 (絶対、ハルくん無自覚だよねっ!?) 普段から恋愛事には比較的固い悠人のことだ。 怒って頭に血が上っているから今言っている内容がどんなことを意味しているのか、おそらくは気づいていないのだろう。 そうでなければ。 (だって!今の、私の寝顔に悪戯したくなったって言ったようなものだよ!?) おまけに、同じ状況に出くわして(かなでとしては絶対ないと思っているが)悪戯したくなる男達への嫉妬まで見え隠れしているのではないだろうか。 「先輩?何を頭を抱えているんですか?」 「〜〜〜〜〜〜な、なんでもないです。」 覗き込まれてかなでは慌てて顔を覆った。 もう、絶対に顔が真っ赤だと誰に太鼓判を押されなくても自覚できる。 そんなかなでの態度を反省したと受け取ったのだろう。 「次からは気をつけて下さいね?先輩。」 勝ち誇ったようににっこりと笑う悠人を腕の隙間から見上げて・・・・。 「はい。心します。」 ―― 日だまりのお昼寝がこんなに心臓に悪いものだとは知らなかったと、こっそりため息をついたかなでだった。 〜 Fin 〜 |