夏の恋は王宮の花火
ドォーンッ 夏の夜空に地を震わせるような音と共に光の花が咲く。 微かな硝煙の香りを運んでくる夏の風が心地良い。 もしかしたら、そう感じるのは少し前に口にした言葉のせいかもしれないな、と思って悠人は少しだけ苦笑した。 『来年も一緒に花火を見ませんか?・・・・―― ふたりだけで。』 口にするだけが精一杯で答えを聞く覚悟はできなかった言葉が、淡く胸に残っている。 (恥ずかしいし、少し情けないのに、嬉しいなんて変な感じだ。) そんな風に悠人が思った時、また一つ二つと花火が上がる。 ドオーンッドォオーン! 赤や緑、黄色。 華やかな形の花火になんとなく、新の奴が喜びそうだな、なんて事を考えた時。 「・・・・あのね」 花火の轟音にも、人混みの雑踏にも紛れずに、悠人の耳にことん、とかなでの声が落ちた。 「なんですか?先輩。」 どうしてこんなに騒がしい中で何の支障もなくかなでの声を拾えるのか、その理由はとうに自覚している。 今の今まで見つめていた花火から、あっさり視線を隣にうつす事もなんの抵抗もない。 でも、花火から悠人の視線を奪った張本人はまだ夜空を見上げていた。 それきりかなでが口を開かないので、悠人はなんとなくかなでの横顔を見つめてしまった。 亜麻色の髪が上を見上げているせいか、頬から滑って、今日はいつも丸っこい頭が楕円に見える。 夜空を一心に見上げる若草色の瞳は無邪気な色に輝いていて、悠人より一年年上だなんて信じられないぐらいだ。 (こんな子どもみたいな人なのに。) 思い返そうと思えば、数時間前、ステージの上でかなでが弾いた音が容易に蘇ってくる。 遠いどこかから吹いてきた涼やかな風のように心に染み渡る、それでいて七色の虹のようにキラキラと輝くあの音色が。 東金に「花がない」と言われて以来、曇った顔をしていた日が多かっただけにずっと悠人も気が気でなかったが当の本人はステージの上で見事に咲かせて見せたのだ。 ―― 惹かれない方がどうかしている、と思う。 こんなに奇想天外で、それでいて鮮やかに輝いてみせる人に。 と、思ったところで悠人は余計な事を思い出した。 (・・・・でも惹き付けすぎなんだよな。) ついさっき、菩提樹寮に残ることに勝手に決めてしまった神南の二人の顔を思い出して、悠人は顔をしかめた。 (あんなみんなのいるところで破廉恥な事を並べたてて、先輩を困らせるなんて本当にどうしようもない人達だ!いつか天誅を加えてやる!) 無意識に空いている片手をぐっと握りしめて悠人は心に決めた。 ドオォーンッ! 今度は黄色とオレンジの花火の輪が広がる。 その軌跡に、悠人はしょうもない事で入った力を抜いた。 その時。 「さっきの、嬉しかった。」 問いかけがあったことを忘れるほどの間を空けて、かなでの声が聞こえた。 「え?」 一瞬、意味を捉え損なった悠人がかなでを見れば、かなでは視線だけで悠人を見ていたらしく。 ぱちん、と若草色の瞳と青いそれがぶつかった途端、慌てたように逸らされてしまった。 けれど、そのかなでの頬が・・・・少しだけ赤い気がするのは悠人の見間違いではなく。 「?」 どうしたのだろう、と悠人はかなでの表情を覗き込もうとする。 ドオーンッ! 白、黄色、緑。 光の粒が照らし出すかなでの横顔は、スポットライトの中で見た横顔と違ってどこか頼りないような気がして。 「・・・・・・・・・・・・・」 ―― 抱きしめたい、なんて思ってしまった悠人は思わず力いっぱい頭を横に振った。 「!?どうしたの?」 「い、い、い、いえっ!なんでもないです!!」 「??」 いきなりの行動で驚いているかなでに力いっぱい否定を返して、悠人はどくどくと跳ねる心臓を誤魔化すように空を見上げた。 (こ、これ以上ここにいると心臓に悪い気がする。) なんとか跳ね上がった鼓動を正常値の少し上ぐらいに押さえ込んだ悠人は、小さくため息をついた。 そもそも帰るために歩き始めたはずなのだ。 なのに、こんな風に花火見物なんかしているから、と強引に理由をつけて悠人は夜空から視線を戻した。 本当はかなでと二人だけのこの空間が惜しい気持ちはあるけれど、そろそろ帰ろうと言うつもりで悠人はかなでの方を振り返って。 ドオォーン! ・・・・若草色の瞳と正面衝突した。 「先輩?」 まっすぐ向けられるかなでの視線に、さっき落ち着いたはずの鼓動がまた五月蠅くなる。 ぎゅっと胸の奥を捕まれるような息苦しさに、悠人が息と詰めたその時。 ドオォーン! 「ハルくんが、東金さん達にうちの大事な1stって言ってくれたの、本当に嬉しかったの。」 雑踏も花火の音もそのままのはずなのに、くっきりとかなでの声だけ耳に入った。 咄嗟に、思ったのは。 (―― こんなにハッキリ聞こえるなら、さっき僕が言ったことも・・・・) 二度言い直すのは覚悟がいるなんて断った言葉もきっと聞こえていたんじゃないか、なんてとんちんかんな事を考えている悠人に向かってかなではゆっくりと笑って。 ドオォーンッッ!! 一際、大きな花火が上がる。 まるで彼女の音のように七色に輝くその光の花に彩られたかなでは、とても ―― とても綺麗で。 「・・・・帰りますよ、先輩。」 「え?え?」 「・・・・みんなが帰りだしたら大変ですから、そろそろ行きます。花火は帰りながら見て下さい。」 矢継ぎ早に言って踵を返せば、かなでが引っ張られたようについてくる。 背を向けたかなでの表情は見えないから、もしかしなくても驚いているかもしれない。 でも振り替えれない。 ・・・・振り替えるなんて、もっての他だ。 (――・・・・絶対、真っ赤だ・・・!) 顔全体どころか、体までやけに熱くなった気がするのは絶対に夏のせいではないから。 いくらなんだって、こんな顔は見せられない、とかなでにムリがない程度に手を引っ張って歩き続ける。 (・・・・ああ、でも) きっと無駄だ、と悠人は納めきれなかったため息をはき出した。 だって自分はきっと耳まで真っ赤で。 ドオォーン!ドオーン! 打ち上がる花火は悠人をからかうように、明るく陽気に打ち上がっているから。 そしてまるでその答えのように、後ろからくすっと悠人の耳をくすぐった小さな笑い声に悠人は少しばかりの抗議も込めて、握ったままの左手に緩く力をいれたのだった。 (結局、貴女に恋した時から、僕が振り回されるのは決まったようなものですね ――) 〜 Fin 〜 |