―― 恋の実験、なんて言っていた自分が今は嘘みたいに ――
















オートマタの恋のアリア















「あ、天宮さ・・・ひゃっ」

耳をくすぐる戸惑った声が可愛くて、こめかみに唇を寄せると驚いて肩が跳ねる。

いつも思うんだけど、こういう時の君は怯えたうさぎみたいだよね。

(そこが嗜虐心をそそるんだ、なんて言ったら君は何て言うかな?)

実際にそんな事を口に出したらひどい、とほっぺたを膨らませるだろうか。

困ったように泣きそうな顔をする、というのもあるかもね。

・・・・どっちもいいけど。

そんな顔を想像してくすくす笑っていたら、腕の中で居心地悪そうにかなでさんが動いた。

「えっと、あの、何でこんな事に・・・・?」

今のは僕に問うているというより、自問自答だね。

うん、まあ君の言いたい事はわからないわけじゃない。

確かに今日は全国大会も終わったし、ゆっくり練習でもしようかって待ち合わせたわけだからね。

でもさ、少しは気づこうよ?

わざわざ練習場所をいつものスタジオでも、公園でもなく、僕の部屋にした事。

だから、君への答えは一つ。

「こうなってる原因は君が可愛いから、かな。」

「は!?」

「ふふ、いつもながら大きな目だよね。」

ぎょっとしたようにまん丸く見開かれる若草色の瞳に本当はキスしたいけど、それはさすがにちょっと痛そうだから、代わりに瞼にキスを一つ。

「っ!」

途端にぎゅっと瞼が閉じられちゃったのは少し残念だった。

だから。

「かなでさん。」

とっておきの優しい声で呼べば、また瞼が開く。

それがほんの少し恨みがましく細められるのを見て、僕は浮かんできた笑いを押し殺した。

「練習、するんじゃなかったの?」

「もちろん、するよ。」

「じゃあ」

「でも、まだ離さないから。」

離して、と言われる前に先回る。

だって聴きたくないでしょ?君の口から離して、なんて。

腰を抱くように引き寄せた背中で緩やかに手を組んで腕の中に閉じ込めている事をアピールすれば、かなでさんの頬がさっきよりももっと赤くなる。

ほら、そんな顔するから。

(僕の心の中に、どこまで赤くなるのか見てみたい、なんて悪戯心が涌いてしまうんだよ?)

そんな風に都合良く君のせいにして、今度は頬にキス。

「ひゃっ、な、なんでキスっ」

「なんでって・・・・」

(そう言えば、なんでかな。)

僕は首をかしげた。

「君にキスするのは楽しいから、かな。」

「楽しい?」

「うん・・・・いや、違う。」

楽しいのは楽しい。

だってかなでさんはいちいち赤くなったり慌てたり、僕にはない忙しさでくるくる表情を変えるからみていて飽きないし。

「でも、それだけじゃない。なんだろう、君にキスをすると」

言葉を切って、唇を額に寄せてみる。

暖かい温もりと、少しの髪の感触。

腕に伝わるかなでさんの体の振動と、駆け足の鼓動。

心の底のほうに灯りを灯すような淡い感情を僕はなんとか言葉にしようと口を開いた。

「暖かいようなくすぐったい気持ちになるんだ。かなでさんが僕の腕の中にいるって実感できるから。側に居て、僕の事だけ考えてくれてるって。そう思えるとすごく満足するんだ。
こんな風に感じた事は今までないよ。」

上手く言い表せたかどうかわからなくてかなでさんの顔を見ようとした僕は少し驚いた。

なぜならかなでさんが額を僕の胸に押しつけてきたから。

「かなでさん?」

「〜〜〜〜〜、天宮さんの天然。」

「・・・・それは君だけには言われたくないな。」

声から照れてるのはわかったけど、そこは言い返しておいた。

だってそうだろう?

かなでさんはあの冥加まで惹き付けておきながらまったく無自覚だったんだから。

もっとも本人は無自覚だから。

「私はそんなことないです!」

自信満々の抗議が返ってくるけど。

(どこが「そんなことない」んだか。本当にそうじゃないなら、なんで僕がいちいち嫉妬するはめになってるの。)

冥加や神南の二人なんかは行動が派手だから牽制しやすいけど、星奏のメンバーや至誠館のメンバーなんかは地味でも着実にアプローチしてるみたいだから侮れない。

おまけに九州の女帝とまでメール友だちみたいだし。

・・・・思い出したら少しイライラした。

だから、原因の向日葵色の髪の旋毛に唇を落とす。

「!」

さすがに頭のてっぺんにキスされると思っていなかったのか、跳ね上がったかなでさんの頬を片手で捕まえて、鼻先に、耳に、瞼に、頬に、抗議をする間もないほどキスを降らせた。

「あ、天宮さ・・・・」

「静」

「静さんっ!」

呼び慣れてない僕の名前を呼ぶせいか、それとも今のキスのせいか、顔を真っ赤にしているかなでさんにこつんっとおでこを合わせて僕は笑った。

「ね、かなでさん。」

「はい?」

「僕は君にキスをして初めて知ったけれど、キスには中毒性があるんだね。」

「はあ!?」

驚いてまん丸く目を見開く君。

―― そんな表情もなにもかもが愛しいと感じるなんて、僕も大概、おかしくなってるな。

「もっともっと、君に触れたくなる。どんな顔をするのか、どんな風に感じるのか知りたくて仕方なくなる。」

君が好きだから、愛しいから、どうか側に居ると確かめさせて。

「だから」

自分でも少し甘すぎるんじゃないかと思う程の甘い声が、柔らかな引き金になって。

―― 触れあわせた唇の温かさに胸が愛しさできしんだ・・・・















                                                〜 Fin 〜















― あとがき ―
天宮は絶対にSだと主張。そのつもりで書き始めたら異常に楽しかったです(^^;)