一月三日 神社の彼のお正月 神社のお正月は戦場だ。 洋館や近未来的な街が有名な横浜でも、日本人というものは何となく寺社に初詣に行ってしまうもののようで、瑞島神社もまた、大晦日から三が日は目の回るような忙しさに見舞われていた。 「悠人、そろそろ休憩しなさい。」 「あ、はい。」 社務所で参拝客の接待をしていた悠人は母から声をかけられて顔を上げた。 近くにいたバイトの巫女に軽く会釈をして悠人は自宅につながる社務所の入り口へと足を向けた。 「やっと少し落ち着いてきたわねえ。」 「そうですね。」 「毎年の事とはいえ、ごめんね。」 「はい?」 基本的に神社の行事は家族でこなす事になっているので、今までそんな事を言われたことはなかったのに、今年に限って母にかけられた言葉に悠人は首を捻った。 と、母はほんの少しいたずらっぽい顔で笑って。 「かなでちゃん。」 「!!」 「お正月なのにデートとかさせてあげられないし。」 「せ、先輩は帰省してますから!」 去年の夏、かなでと晴れて恋人と呼べる仲になってから何度か家へ連れてきた事もあるので悠人の母もかなでの事はよく知っているし、お料理好きで明るいかなでは気に入ってくれているらしい。 それはいいのだけれど、こんな風にからかわれるのはちょっと嬉しくない。 そんな気持ちを込めて悠人の叫んだ言葉だったが、母は「そうなの?残念ねえ。」とまったくこたえた様子もなく肩をすくめた。 これ以上からかわれるのはごめん、と悠人はそそくさと、その場を通り抜け自宅の方へ逃げ込んだ。 自分の部屋まで戻ると一気に境内の賑やかさが遠くなって、壁に寄りかかるようにして座ると悠人は深く息を吐いた。 「はあ・・・・」 (さすがに疲れた。) 音楽科所属とはいえ、剣道で体を鍛えている悠人は標準よりは体力があるほうだと思う。 だから何となく疲れを感じるのは。 「・・・・・・・」 ちらっと悠人が見やった先には、机の上に置かれたままの携帯電話。 手を伸ばしてそれを取ると、ぱかっと画面を開いた。 素っ気ない待ち受けが表示される画面は、前に開いた時と何もかわりがなくて悠人の気持ちが少し沈んだ。 けれど、その沈んだ気持ちに自ら苦笑する。 (松の内は忙しいから電話は出られないかもって言ったのは僕なのに。) 悠人がその携帯に名前を探したかなではさっき母に言ったように年末に帰省していて、メールはしているが声はついぞ聞いていなかった。 それも暮れから正月にかけての神社はとにかく忙しいため、かけてくれても電話を取ることができないだろうと考えて悠人の方からかなでに頼んだせいなのだ。 実際、ここ数日は電話をもらったところでまともに出られたかわからないし、自分の判断は間違ってなかったと思う。 思うけれど。 「・・・・はあ。」 再び溜息をついて悠人は携帯を額に軽くぶつけた。 かなでの声を聞かなくなって数日。 考えてみれば夏以来こんなにかなでの声を聞かないのは初めてかもしれない。 (・・・・思ったより堪えるんだな。) 予想していたより疲れを感じる自分にす超す呆れながら、悠人は遠方にいるはずのかなでを思った。 (先輩、今頃何をしてるんだろう。) 家族とお正月を過ごしているだろうか。 それとも律と響也と一緒に帰省していったから、幼なじみでどこかに行ったりするんだろうか。 そう思ってちくっと悠人の胸が痛んだ、ちょうどその時だった。 ―― 〜〜〜〜♪ 「!?」 唐突に耳をくすぐった『愛の挨拶』のメロディに、悠人は跳ね上がった。 このメロディに登録している人は一人しかいないはずだ。 「まさか・・・・」 〜〜〜♪ 鳴り続ける着信音に悠人らしくなく慌てながら携帯を開いた。 そこに表示されていたのは。 「っ!もしもし!?」 『わっ!?は、ハルくん!?』 やや勢い込んで電話に出たせいか、電話の向こうから驚いたような声が聞こえた。 そう・・・・しばらく聞いていなかった、かなでの声が。 『あ、でもよかった。つながった〜。今は休憩中?』 ほっとした声が聞こえた。 『ハルくんに出られないかもって言われてたけどそろそろ大丈夫かなってかけちゃった。』 いつも悠人に小言を言われるせいか、ちょっと伺うように言う、かなでの声。 『もしもし?ハルくん?』 妙に悠人からの反応がない事に気がついたのか、不安そうに揺れる声が悠人の名前を呼ぶ。 刹那。 「〜〜〜〜〜〜〜」 悠人は思わず口元を覆って頭を抱えた。 「〜〜〜かなで先輩。」 『うん?どうかした?』 「・・・・タイミング良すぎです。」 『ふえ!?』 電話の向こうで驚きの声を上げるかなでと反対に、悠人は自分を落ち着けるように息を吐いた。 思っていたよりずっと求めていたかなでの声をこのタイミングで聞かされて、自分でも呆れてしまうぐらい舞い上がったなんてさすがにちょっとばれたくない。 頬に上ってしまった熱をなんとか発散させて、悠人は口を開いた。 「いえ、なんでもありません。こちらの話です。」 『そう?なら良いんだけど。』 「それより先輩こそ、大丈夫なんですか?ご家族は?」 『大丈夫だよ〜。あ、練習もちゃんとしてます。』 付け足された言葉に悠人はちょっと笑った。 「休む事も大切ですよ。先輩はがんばりすぎる時があるから。」 『そんなにはしっかりやってるわけじゃないから。初詣にも行ったし、振り袖も着たよ。』 くすくすと電話の向こうで笑う声に、悠人はちょっとその姿を想像した。 「振り袖ですか。」 『うん!』 「・・・・転んだりしてませんよね?」 『最初に言うのがそれ!?』 がーん、と効果音が聞こえた気がして悠人は吹き出してしまった。 「まあ、かなで先輩ですから。」 『うう、ひどい・・・・。でも響也にも同じ事言われたんだよね。』 はあ、と溜息をつく声に、悠人はやっぱりか、と苦笑した。 「部長や響也先輩たちと初詣に行ったんですね。」 『うん。響也なんて着物姿を見てこけしみたいとか言うんだよ!?』 ひどくない?と問うてくる声に、悠人は小さな嫉妬を溜息とともにはき出して笑った。 「いいですね。」 『え?』 「こけしみたいな先輩も見てみたいです。」 『・・・・それ、喜んで良いのかな。』 複雑、と言っているような声に悠人はさらに笑みを深くした。 別にたいした会話をしているわけではない。 それでもかなでの声を聞いて他愛もない会話をしているだけで、静かにさっきまで感じていた疲れが消えていくのを感じて、自分の現金さにまたおかしくなった。 『ハルくん?笑ってる?』 ちょっと拗ねた声でそう呼ばれて、悠人は口を開いた。 「先輩。」 『うん?』 「・・・・いつか」 『?何?』 「いつか僕の隣でも振り袖着てくださいね。響也先輩たちだけに見せておくなんてもったいないですから。」 『!』 多分の本音と、ちょっとのからかいを混ぜた言葉に電話の向こうでかなでが絶句する気配に悠人は満足する。 そしてちらっと部屋の時計に目をやれば、もう休憩に入ってから結構な時間が立っていた。 大分落ち着いてきているとはいえ、さすがに悠人がずっと抜けているわけにもいかないだろう。 後ろ髪引かれる気持ちを押し殺して、悠人は言った。 「すみません、先輩。そろそろ戻ります。」 『あ、そうなんだ。』 「それじゃ・・・・」 そう言ったものの、通話を切るボタンに手がかからず悠人は我ながら呆れる。 (早く切らないと先輩だって不思議に思うだろ。) 自分にそう渇を入れて通話ボタンに手をかけようとした時、ぽつり、とかなでが呟いた。 『・・・・いつか』 「え?」 『いつか、ハルくんの神社のお正月のお手伝いさせてね!』 「え・・・・」 『またそっちに帰ったら電話するね。じゃあね!』 「え、せんぱ」 ツーツー。 聞き返そうとするより早く、平坦な電子音に切り替わった携帯電話を、悠人は呆然と耳から離して見つめる。 瑞島神社はバイトもお願いしているけれど、かなでが言っているのはそう言う意味には思えなかった。 むしろ、お正月は水嶋家総出で参拝者をさばいている事を知っているかなでが言ったのだから・・・・。 ややあって。 「・・・・勝手に都合の良い方へ解釈しますからね。先輩。」 おそらくはすっかり赤くなった顔を押さえて、悠人は呟く。 そして弾みをつけて立ち上がると、大きく伸びをして笑った。 ―― 彼女が帰ってくるまでもう少し。 次に顔を合わせる時には、さっきの言葉の意味を聞いてみようと心に決めて。 〜 END 〜 (実は三が日連続更新で一番やりたかったのは、このコルダ3話でした。初、神社ネタ!(笑)) |