夏の小夜曲



夏の夜を彩る数々の屋台の灯りは、そこに並ぶ物をとても魅力的に見せる魔法を持っている。

ざわめきの間から聞こえるお囃子の音や、暑さを残した夜の空気が作る独特な雰囲気の中を歩く人はみんな楽しげだ。

夜店の屋台を覗く子ども達、お参りをする親子、仲間同士でふざけあう学生達。

そんな中を八木沢雪広と小日向かなでもまた、楽しげにそぞろ歩いていた。

お互い慣れない着物でたどたどしい距離の保ち方が、端から見ても微笑ましい。

「かなでさん、大丈夫ですか?」

「はい。雪広さんも暗いから足下気をつけてくださいね。」

普段からどちらかというとぽやっとしているかなでに心配されて、八木沢は少し苦笑した。

「気をつけます。」

「ふふ。」

「それで他にはどこが見たいですか?」

「そうですね〜・・・・」

綿飴も食べたし、金魚すくいもしたし、と指折り数えていたかなでが、ふと「あ」っと声を上げた。

「雪広さん、あそこ。」

「え?・・・・ああ、お面屋さんですね。」

かなでが指さしたのはセルロイドのお面が所狭しと並んだお面屋さんだった。

近頃人気のキャラクターから、伝統的なお面まで揃っている店構えに、あれ?っと八木沢は首を捻った。

どこか見覚えがあるような気がしたのだ。

そんな八木沢の疑問に気が付いたのだろう。

かなでが少し悪戯っぽく笑って言った。

「あそこのお店って、去年、雪広さんと大地先輩が手伝ったところですよね。」

「ああ!」

かなでの言葉に八木沢は懐かしい記憶を思い出した。

確かに去年・・・・全国大会に至誠館吹奏楽部として参加したあの夏に、成り行きでかなでの先輩である大地の手伝いをしてお面を売った覚えがある。

夜店を見て回ることはあっても、売り手側になることなど滅多にないからと珍しく羽目を外して挑戦したのだ。

「あの時は無事に売れてよかったです。」

「無事にどころじゃないですよ〜。いつもあの場所に出す出店はいまいち売り上げが伸びないのに、大地先輩達は何をしたんだろうってハルくんが驚いてました。」

「そうなんですか?」

別に何もしていないのに、と首をかしげる八木沢には、よもや彼のたどたどしい売り方と笑顔に偶然通りがかった女性客が悩殺されて危うく全てのお面を買い占めようとしたお客までいたらしい、という真相は考えもつかないであろう。

「売ることに必死でしたからね。あの時は榊くんがとても上手に売り込んでいたから、そのせいじゃないかな。」

「そうかな・・・・」

多分、それだけじゃないと思うんだけど・・・・と、こちらは八木沢の控えめな破壊力を日々実感しているかなでだけにちょっと不審顔だ。

「そうそう。それで最後のお面を僕と榊くんからってことで、かなでさんにあげたんですよね。」

「ふふ、そうでした。声をかけられたと思ったら、いきなりお面を被せられて驚いたんですから!」

「あ、あれは!僕は驚かすからやめた方がいいと言ったんですが、榊くんが・・・・」

慌てて弁明しようとする八木沢が面白くて、かなでは声を上げて笑った。

「ふふっ!冗談です!ニアと二人で来てたから、八木沢さんと会えて嬉しかったんですよ。」

「そ、そうですか。良かった。」

「でも」

「でも?」

思わず復唱すると、隣を歩いていたかなでがちょっとだけ照れくさそう言った。

「本当はあの時も一緒に行きたかったんです。でも勇気がなくて誘えなかったから。
だから、今日一緒に来られて嬉しいです。」

はにかんで伝えられる気持ちが可愛くて、八木沢は一瞬かなでに見惚れた。

「雪広さん?」

黙ってしまった八木沢を不思議に思ったのか、ちょいっと覗きこんでくるかなでに八木沢ははっとした。

「あ、いえ、その・・・・あの、僕もそう思っていました。」

「え?」

「あの時、夏祭りの話を聞いてまっ先に貴女を思い浮かべたんですが、誘っていいか迷ってしまって・・・・。だから最後にお面が1つ残った時、貴女を捜す良い口実だと思ったんです。」

「そうだったんですか?」

「はい。榊くんと共同だっていい。貴女にお面をあげた後は、できれば一緒に見て回れればいいな、とそんな事を思っていました。」

「なんだ、じゃあ同じ事を考えていたんですね。」

「そうみたいですね。」

顔を見合わせて二人で微笑みあう。

夜店のぼんぼりにも負けないぐらい、ふんわりとした甘い空気が二人の間に生まれた、ちょうどその時、横合いから威勢の良い声がかかった。

「よう!そこの可愛らしいカップル!お面はどうだい?」

「「あ」」

話ながら歩いている内に件のお面屋さんの前まで来ていたことに気が付いた二人は、同時に声を上げた。

そしてまるっきり・・・・所謂、二人の世界にはまっていたことに気が付いて気恥ずかしさにお互い顔を見合わせる。

「あ、えーっと、お面、買いますか?」

「え、えーっと・・・・」

微妙に残る空気を誤魔化すように八木沢とかなではお面の屋台を覗きこんだ。

飾られているのから、積まれているのまで、去年、八木沢と大地が売ったような猫のお面も並んでいて。

「好きなのがあったら・・・・」

買いましょうか?と続くはずだった言葉は、きゅっとかなでが手を握った事で止まってしまった。

「か、かなでさん?」

直接伝わるかなでの体温に戸惑う八木沢に、構わずかなでは屋台の主人の方を向いて言った。

「ごめんなさい。やっぱりやめておきます。」

「え?」

「そうかい、そりゃ残念だ!気が変わったらまた来てくんな!」

「はい。行きましょう、雪広さん。」

「あ、はい。」

促されて繋いだ手はそのままに、お面屋さんの前を離れる。

けれど、今のやりとりで急にかなでの態度が変わった理由がわかるはずもなく。

「あの、かなでさん?」

「はい?」

「どうしてお面は買わなかったんですか?」

別に買わなければならない物ではないけれど、なんとなく話の流れ的にかなでなら買いそうな気がしていたのだ。

そんな雪広の疑問を感じ取ったのだろう。

かなでは「だって・・・」と呟くと、八木沢を見上げて言った。















「お面被っちゃったら、雪広さんの顔がちゃんと見えないじゃないですか。」















せっかく一年越しの願いがかなったんですから、今は雪広さんの姿をちゃんと見ていたいんです、と。

手を繋いだ距離でそんな可愛い事を言われて、八木沢は素直に呻いた。

「??雪広さん?」

「いえ・・・・なんでもなくないですけど、なんでもないですから。」

「??」

(・・・・絶対わかってないんだろうな。)

自分がどれだけ強力な事を言ったのか。

そう思いながらかなでを見れば、まさに何もわかっていません、という顔できょとんっとしていて。

浴衣を着ているせいか、いつもよりちょっと凝った髪型をしているかなでを見つめて、八木沢はふっと息をついた。

―― きっと、今すぐ抱きしめたくなった、なんて言ったらかなでの瞳がまん丸く見開かれるんだろうな、なんて思いながら。

でも残念ながらここは神社で、夜店縁日の真っ最中で、もう一つ言うなら周りに人がいっぱいいるから。

わき上がった甘い衝動を胸の中に納めて、八木沢はかなでに繋がれていた手を指を絡めて繋ぎ直して微笑んだ。

「そうですね。僕も今は貴女の顔をずっと見ていたいです。」















遠くから聞こえるお囃子の音、夏の夜を橙に染める提灯、夜店の賑わい。

そして、ほんのちょっぴり甘酸っぱい想い出と、大切な人の特別な笑顔を見た、夏のある日のお話。
















                                                〜 Fin 〜














― あとがき ―
ア・ラ・モード帰りの時は、まだ片思いの時にお面をあげたバージョンを考えていたんですが、
なんとなく気が付いたら1年後版を書いていました。