「あ、小日向せ」

「か・な・で!」

セミファイナルに向けての二人練習中。

演奏について意見を言おうとした悠人は思い切り区切って言葉を重ねられて眉を寄せた。

「なんですか、先輩。人の言葉を遮るのは失礼ですよ。」

「うっ。」

育ちのせいか、本来の気質なのか、礼儀作法には五月蠅い悠人にそう言われてかなでは一瞬言葉に詰まる。

しかし次の瞬間にはもう不満を隠そうとしない顔で悠人を見つめた。

「だって、ハルくんが悪いんだもん。」

「はい?」

何の言いがかりだ、とかなでを見ればヴァイオリンを顎に挟んだまま、不満そうに腕を組んでいて。

「僕が何かしましたか、小日向先輩。」

「だからそれ!」

「?」

「名前!」

意味が分からなくて首をかしげる悠人に、かなでは焦れったそうにそう叫んだ。

「ハルくん、私の事、小日向先輩っていつも呼ぶでしょ?」

「はい、そうですね。」

悠人は基本的に年上の人はすべて名字で呼ぶ。

それが当たり前なので、かなでの事も特に違和感なくそう呼んでいたのだが・・・・。

「でも、私気づいたの。」

「何にですか?」

何だか嫌な予感がする、と思ったのは虫の知らせだったのか。

そしてそういう予感という物は大抵あたるもので、かなでは悠人に向かってびしいっと言い放ったのだ。





「ハルくんは響也の事だけ名前で呼んでる!!」





ああ、そうですね、安易に返せない程の気迫に悠人は思わず黙った。

(た、確かに響也先輩はそう呼んでるけど。)

「それは部長も如月先輩だからで・・・・。」

「でも律くんの事はいつも部長って呼ぶでしょ?」

「はあ、まあ・・・・。」

「それなら響也を如月先輩、律くんを部長って呼んだっていいでしょ?」

「そういわれればそうですが。」

「それなのに、響也ばっかりハルくんに名前で呼ばれて絶対ずるい!」

ね!?、と力いっぱいかなでは主張する。

「七海くんとか新くんはわかるんだけど、響也は絶対ずるい!だから私も名前で呼んでほしいの!」

だから呼んで?と期待たっぷりの目で見つめられて・・・・。

「・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・小日向先輩。」

「!?」

しばしの沈黙の後、今まで通りの呼称を口にすれば、どこかからガンッ!という効果音が聞こえた気がしたがそれは無視しておいた。

そして思い切り残念そうにしているかなでの顔もなるべく見ないようにして、てきぱきと言う。

「くだらない事を言っていないで練習を続けますよ。もし気になるなら響也先輩をこれからは如月先輩って呼んでもいいですが。」

「・・・・それは後々文句を言われそうだからいい・・・・」

耳を垂れてしまった子犬のような風情で呟くかなでの脳裏には、「今更、如月とか気持ち悪いだろ!!」と怒っている響也の顔でも浮かんでいるのだろう。

「そうですか。それなら諦めてください。じゃあ、次は課題曲の方をさらいますよ。」

「うう・・・・はーい。」

悠人の態度があまりにもとりつく島もなかったからか、かなでは非常に残念そうにしながらも、諦めたのか譜面台に乗っている譜面を取り替える作業にかかる。

同じように悠人も譜面をかえる・・・・ふりをしながら深々とため息をついた。

(・・・・絶対わかってないんだ、先輩は。)

―― さっきの微妙な沈黙は、「かなで先輩」と口に出そうとしてあまりにも跳ね上がった鼓動に戸惑ったせいだなんて。

たかが、名前。

されど、名前。

譜面を変え終わって、さっきまでのがっかりした顔はどこへやら、真剣に運指を確認しているかなでの横顔をちらりと見て、悠人は熱くなった頬を誤魔化すように小さく首を振ったのだった。










                                         〜 Fin 〜










(響也だけ響也先輩って呼ばれてる事を発見して私が( ̄□ ̄;)Σ!!となりました・笑)