水着とロマンのオペレッタ
夏休み中というのは、どこか賑やかだ。 それが普段から県外からの観光客も訪れるような、横浜のショッピングモールならいつもにまして華やかな雰囲気になる。 そんな人の多いショッピングモールを珍しく悠人は新を連れて歩いていた。 ここで間違ってはいけない。 連れだって歩いていた、ではなく連れて歩いていた、なのである。 というのも。 「わ〜、結構混んでるねえ。」 「夏休み中だからな。」 「そっかあ。みんな遊びに来てるんだ。いいな〜、ねえねえ、ハルちゃん。」 自分より上の目線から覗き込んできた新を、悠人は踵できゅっとブレーキをかけて止まると軽く睨み付けた。 「しない。」 「ええ?なんで何も言ってないのに!」 「お前の言いそうなことなんて見当がつかないほうがどうかしてるだろう!さっきからアレを食べたいとか、あそこへ寄りたいとか!」 「え〜?だって面白そうだったんだもん。」 「高校生にもなってだもん、とか言うな!」 悠人に一刀両断されてぶ〜っと膨れる新。 いかにも現代っ子らしい遊び心と好奇心一杯の新にとっては横浜のショッピングモールには気を取られるものが一杯あるようだが、どちらかというと堅物に分類される悠人としてはとっとと目的を達成したい気持ちで一杯だ。 「そもそもなんで僕がわざわざここまできてるかわかってるのか?」 「え?えーっと・・・・俺の参考書選び?」 えへへ、と微妙に目線を逸らして言う新に悠人は深く頷いて見せた。 そう、地方大会で敗れた後も他の学校の演奏を聴くことも勉強になると言う事で横浜に残った新達だったが、練習以外はわりと自由時間も多く、中でも新は祖母の家に当たる悠人の家にちょくちょく顔を出していた。 それを見た悠人が何となく「新、宿題とか終わってるのか?」と聞いて空気が凍ったのが今二人でショッピングモールを歩く事になっている発端だったのだ。 「お前がちゃんと宿題さえやっていれば良かったのに、あまつさえ勉強道具という勉強道具をそっくり置いてくるなんで愚行を起こさなければこんな事にはならなかったんだからな。」 「だってこんなに長くいる事になると思わなかったんだもん。」 「だからだもん、とか言うな!」 「だから〜、教えてくれれば俺一人で行くっていったじゃん。ハルちゃんだって練習あるんだから着いてきてくれなくてよかったんだよ?」 「馬鹿な事を言うな。お前を一人でこんな所へ離したら絶対目的なんか果たせない。」 「え〜、そんなこと・・・・あ、ハルちゃん!アレ見て見て!」 不満そうだった新の表情が突然スイッチが切り替わったように明るくなって、悠人はため息をついた。 「ほら、そうやって次から次に気を散らすから。」 「ね、ね、アレ!」 「だから人の話を聞け!」 一応怒ってはみたものの、長い付き合いからきっと新の言う先を見なくては話が進まないだろうと分かっている悠人は渋々そちらに目をやって・・・・。 「・・・・何を見るんだ?」 思わず悠人がそう言ったのは、新が指さした先には女性向けのブティックしかなかったせいだ。 若い女性向けの店らしく洋服の他にも小物やディスプレイがカラフルに飾られている。 「アレだよ!あのお店の水着!」 「はあ?」 じれったいというように新が指し示した物に、悠人は更に眉間に皺を寄せた。 確かに件の店の前には夏らしくトルソーに水着が飾られていた。 オレンジベースのチェックのセパレートは下がスカート状になっていて所々に飾られた共布の花飾りが可愛らしい。 とはいえ。 「・・・・新、お前まさか着たいのか?」 「なんで俺が着るの!!かなでちゃんだよ!」 「先輩?」 新の口から出た名前に悠人は目を丸くした。 やっと話が通じたことに満足したのか、新はうんうん、と頷いて笑う。 「あの水着、かなでちゃんに似合いそうだと思わない?」 「は?」 思ってもみなかったことを言われて悠人はますます目を丸くする。 (先輩に似合う?) 首をかしげている悠人に今度は新が呆れたような顔で言った。 「もー、ハルちゃん、想像力が足りないよ?あんな可愛い水着着たかなでちゃんを見たいな−、とか思わないの?」 「見たい?」 水着を着たかなでと言われて悠人の脳裏に浮かんだのは先日、アンサンブルメンバーで言ったプールだった。 「見たいと言うか、見たし・・・・」 「えっ!?」 ぽつっと呟いた言葉に新がぎょっとしたように振り返った。 「何それ!?何それ!?ハルちゃん、いつの間に−!」 「ええっと、少し前だな。先輩が演奏について悩んでるみたいだったから、気分転換になればって。」 一気に上がった新のテンションに若干ついて行けず少し引きぎみになりながら悠人は答えた。 が、しかし新としてはそんな説明では収まらなかったらしい。 「ずるい!ずるいー!」 「ずるいって・・・・部長や副部長や響也先輩も一緒だったんだぞ。」 「えー!?なんで俺を誘ってくれないの!」 「いや、だって新はライバル校だったし・・・・というか、なんでそんなに興奮するんだ?」 「しないほうがおかしいでしょ!可愛い女の子の水着姿は男のロマンだよ!?」 「ロ、ロマン??」 (なんなんだ、一体。) 理解不能な事を言われて顔をしかめる悠人に、新は大きく頷いた。 「そう、ロマン!ね、ね、どんな水着だった?」 「え?確かあれと似た感じの・・・・」 上下別れた水着だった、と記憶を探りながら答える悠人に新はあからさまに不満そうに「え〜」と声を上げた。 「もっとあるでしょ?セパレートでも色はどんな感じだったとか、上のデザインとか!」 「は?だってスポーツウエアだろ?」 「ち、ち、ち。」 いかにもわかってない、と言わんばかりに指を振られて悠人は眉を寄せる。 しかしそんな不機嫌顔にもまったく堪えることなく新は言った。 「ハルちゃん、女の子が水着姿を見せるって結構勇気いるんだよ?ちゃんと褒めてあげなくちゃダメじゃない。」 「そんな・・・・」 事は無い、と否定しようとしてふっとあの日、プールサイドに出てきた直後のかなでの様子を思い出した。 (そういえば先輩、少しパーカーを脱ぐの躊躇ってた?) せっかく来たんだから早く遊ぼうという気持ち強くてあまり気にしていなかったし、プールに入ってからのかなではすぐに楽しそうにはしゃいでたから忘れていたけれど。 「それに」 思わず考え込んでいた悠人の耳に、悪戯っぽい新の声が入った。 なんとなく嫌な予感がして顔を上げると新がニヤニヤと笑っていて。 「かなでちゃんってスタイル良さそうじゃない?足も綺麗だし、肌も白いし♪」 唯でさえ可愛いのに水着なんて眼福だよね〜、と言う新の言葉にカッと悠人の頭に血が上った。 「な、何を破廉恥なっっ!!」 咄嗟にいつものように叱りつけようとした瞬間、被せるように新が言った。 「でも、ハルちゃん、見たんでしょ?」 「え・・・・」 一瞬、頭が白くなった。 『見たんでしょ?』 (・・・・確かに見た。) キラキラと跳ねる水しぶきの中ではしゃいでいたかなでの姿が脳裏にフラッシュバックする。 ビーチボールを持った腕は太陽に輝くように白くなかったか? セパレートのスカートが水に揺れて跳ねたり。 かなでがはしゃいで笑う度に、腰のラインが少しだけ覗いたり・・・・・・・・。 (・・・・え・・・・え、え、えっ!?) な、な、な、なんだこれ!? 今まで楽しかった想い出、に分類されていた記憶が、俄に別の色をもって蘇ってきたことに悠人は大混乱に陥った。 バクバク、と変に心臓はうるさいし、頬が勝手に熱くなっていくのを止められない。 (べ、べ、別に僕はそんな邪な気持ちで先輩を見ていたりは・・・・!) 心の中で(誰相手にか分からないけれど)思いっきり否定をしたところで ―― 今度ははっとした。 確かに少なくともあの時、悠人はそんな風にかなでを見ていなかった。 でも、他の人達は? (・・・・・・・・・・・・・・・榊先輩とか、榊先輩とか、榊先輩とか。) かつて悠人自身が「存在自体が破廉恥」と言い切った副部長のにっこり笑顔が浮かんで、悠人は顔をしかめた。 (そう言えばあの時も先輩に何か言ってた。) 悠人に言われてパーカーを脱いで水に入ったかなでに、大地が何か話しかけて。 (・・・・先輩、ちょっと赤くなってたような・・・・) またも別の記憶が引っ張り出されて、今度は悠人の胸の中にモヤモヤとしたものが広がった。 (僕はスポーツウエアだと思ったけれど、みんながそうとは限らないわけだ。新みたいに邪な目で先輩を見ていた奴だっていたかも・・・・) 考えれば考えるほどイライラがたまっていく。 収まらないドキドキと、釈然としないイライラですっかり考え込んでしまった悠人は気がつかなかった。 ―― 横で、「ちょっといじめすぎたか」と新がこっそり舌を出していたこと。 と、思いながらもバッチリセパレートの水着の前で考え込んでいる姿を写メールに納めていたことを。 ―― その写メールをネタに後日散々からかわれる事になるとは知らない悠人は、固く固く決意したのだった。 (―― とりあえず、次に先輩を誘う時はプール以外にしよう!) 〜 Fin 〜 |