ミルクティ協奏曲
「日野の髪は・・・・紅茶色なんだな。」 喫茶店で何気なく月森君が言った言葉に私は零れんばかりに目をまん丸にしてしまった。 「?なんでそんなに驚くんだ?」 「え!?驚かない方がどうかしてるって!」 だってねえ?相手はあの月森蓮ですよ!? 音楽科のクール・ビューティーで、ラブレターだって正門前広場のゴミ箱の捨てちゃうような人ですよ!? それが。 「紅茶色って褒め言葉だよね?」 「っ!」 念のため確認すると月森君はなんでか面食らったような顔をして、それから少し眉間に皺をよせて言った。 「そうは聞こえなかっただろうか。」 「え?ううん、聞こえた。褒め言葉に。」 そうじゃなかったらこんなに驚いてない。 もっとも、実は今日は朝から驚きっぱなしだったりもするんだけど。 何せ間近に迫ったコンサートのために月森君と練習をしたのはいいけど、なんでか今日はすごく上手くいって月森君に感心してもらえるし、おまけにちょっと誘ってみたら一緒に喫茶店まで来てくれたし。 そもそもこうやって喫茶店で月森君と向き合ってる自体が驚きなのに、私が頼んだ紅茶が来た時のあの発言。 「・・・・なんだろう、これ。報道部のドッキリとかじゃないよね。」 そうだとしたら立派なトラウマになりそうだ。 けれど、月森君はそんな独り言を聞きつけたのか眉間の皺をちょこっと深くしてしまった。 「俺が褒め言葉を口にすると報道部が絡んでいると思われるぐらい意外なのか?」 「え?えー・・・・いや・・・・」 否定しようとして失敗した。 かわりに自分でも情けない気がする笑顔を浮かべて言う。 「うーん、褒め言葉が意外って言うか春のコンクールの時から月森君には怒られてるイメージが強いからなんだか慣れなくて。」 「・・・・春のコンクールの時は色々複雑だったからな。」 ぼそっと言った月森君の表情がなんだか不機嫌そうで私は首を傾げる。 「まだ、やっぱり魔法のヴァイオリンのこと引っかかる?」 「いや、それはない。・・・・方法はどうあれ、今は君が同じヴァイオリニストであることは嬉しい。」 少し言いずらそうにしながらもそう言ってくるのが嬉しい。 「ありがと!私も月森君に色々教えてもらえるヴァイオリンでよかったと思うよ。」 「!」 嬉しくなってにこっと笑うと月森君は慌てたようにそっぽを向いてしまった。 でも、大丈夫。 怒ってるんじゃなくて照れてるってちゃんとわかるようになったからね。 「んー、でも意外は意外だったかな。」 「?何が?」 「さっきの褒め言葉。だって月森君って音楽の事を褒めてくれたことはあるけど、私の外見についてとか初めて言ってくれたんじゃない?」 強いて言えば春のコンクールの時に制服で舞台に上がった時は何か言われた気がしないでもないけど、それは注意だったし。 だからちょっと驚いたんだ、と付け足して何気なく私は月森君を見た。 見て、さっきよりも目をまん丸くしてしまった。 だって!そっぽをむいていた月森君が口許を手で隠すようにしていて、それだけならまだしも少しだけ頬が赤い。 「月森君?」 何!?何、この反応!? ひょっとして照れてる・・・・? 「・・・・その、紅茶が来た時。」 「?うん。」 私は月森君が指さした硝子の紅茶ポットを見る。 私の好きホットのバニラのフレイバーティー。 運ばれてきた時から少し色が濃くなっているけど、確かに私の髪と少し似ている赤茶の液体がゆらゆら揺れていて綺麗だ。 「店員がポットを降ろす時にポット越しに君の髪が見えて・・・・ああ、同じだと思っただけだ。・・・・同じように綺麗で良い香りがするな、と・・・・・」 「?ごめん、後半が聞き取れなかったんだけど。」 「っ!な、なんでもない。」 ほんのちょっと付け足された言葉があったような気がして聞き返したら、怒られてしまった。 まあ、本気で怒ってるわけじゃないとわかったので取りあえずこの会話はここまでにするつもりで私はポットに残ったもう一杯分の紅茶をカップにそそぐ。 ああ、やっぱり少し時間が経つとポットティーは濃くなっちゃうんだよね。 それならそれでミルクを入れてミルクティーにするし・・・・そう思って私はミルクポットに手を伸ばした。 と、自分のコーヒーを飲んでいた月森君がふっとこっちを見る。 「ミルクをいれるのか?」 「?うん。ちょっと濃くなってきたからね。」 「・・・・そう、か。」 なんだかちょっと歯切れの悪い月森君の反応に私は首を傾げる。 「何か変かな?あ、もしかして本場では二杯目にミルクティーとかって邪道なの!?」 なんとなく月森君はそういううんちくも詳しそうだし、そのせいかと思って言ってみたらものすごい呆れたような顔をされてしまった。 「いや、俺はそういう話は知らない。ただ・・・・」 「ただ?」 言葉の先を気軽に促してしまって・・・・・後で後悔した。 だって、月森君がちらっとまだミルクを入れていない紅茶を見てぽつっと言ったから。 「せっかく君と同じ色なのに変えてしまうのがもったいない気がしただけだ。」 ―― 残念そうに、言うから。 「え・・っと」 目を丸くする、なんてレベルじゃないぐらい驚いて。 「ん?」 心臓が飛び出すぐらいにドキドキいってて。 「ミルク、やめとく。」 そっとミルクポットを戻した私の手は少し震えていたかも知れない。 天然って恐ろしい。 だから。 「そうか。」 そんなに嬉しそうに笑わないでよ。 ・・・・ミルクティ飲むたびに赤くなっちゃうから。 「・・・・・・・・・・・・ほんとに報道部のドッキリだったらどうしよう・・・・・・・・・・・・・」 ぼそっと呟いた言葉は今回は月森君には聞こえなかったらしくて、不思議そうな顔をしている。 苦笑しながら口許に運んだ紅茶は、もう渋いはずなのに。 「・・・・あまい」 〜 END 〜 |