彼女が転んだシリーズ 〜ハルかな編〜



「本当に先輩は・・・・」

はあああ、と地の底にも着きそうな程深いため息をつかれてしまって、かなでは気まずそうに苦笑した。

「ご、ごめんなさい。」

「だから前を見て歩いて下さいと言ったでしょう。・・・・もっとも、何もない所で転んだんじゃ前を見ていても意味はないか。」

「うう。」

後半は独り言のように呟かれたのがかえってざっくりきた。

(確かに何もない所で転んだのは私なんだけど・・・・)

これがまだ階段とか、小さな段差とかあったのなら面目もたつのだが、かなでがすっころんだのはよりにもよって、何にもない音楽科棟のフラットな廊下である。

ちなみに、今は呆れを隠そうともしない悠人だが、転んだ直後はもの凄く心配してくれたのでこれまた返っていたたまれない。

「ごめん。」

「別に謝って欲しいわけではなく、気をつけて欲しいだけです。ところで先輩、どうして座ったままなんですか?」

「それが・・・・その・・・・」

微妙に目線を逸らすかなでに悠人はぴんっときた。

「まさか立たないわけじゃなくて、立てないんですか?」

「えーっと・・・・はい。」

頭をしゅんっと下げて頷くかなでに、悠人はさっと表情を真剣なものに変える。

「足首ですか?」

「その、右足首。」

「ちょっと触ります。」

きちっとそう断って右足首に触れられた途端、痛みが走ってかなでは顔をしかめた。

その表情を見て悠人は小さく唇を噛んだ。

(僕が一緒にいたのに。)

原因は明らかにかなでのドジとはいえ、それを防ぐことができなかったことが後悔になって悠人の胸に刺さる。

その棘のような感情を苦く噛みしめて悠人はかなでに向き直った。

「先輩、手を貸して下さい。」

「え?あ、うん。」

真剣な表情に促されるようにかなでは右手を差し出す。

その手を掴むと悠人は自分の首に回すようにして、同時にかなでの膝裏に手を入れると。

「よい、しょ。」

「え、え、えええ!?」

ぐっと力を入れられたと思ったと同時に来た浮遊感に、かなでは思わず声を上げた。

途端に、真横にあった悠人の顔がしかめられる。

「っ!耳元で叫ばないで下さい。」

「だ、だ、だ、だって!!」

(こ、これって世に言うお姫様抱っこっていうのだよね!?)

もう、どこから驚いて良いのかわからないぐらい驚いた。

マンガ以外でまさか本当にお姫様抱っこなんかされる機会があるのか、とか。

小柄だと思っていた悠人がやたら軽々と自分を持ち上げてしまったこととか。

あまつさえ、照れ屋の悠人とはあまりないような近距離にある彼の顔がとても凛々しく見えてしまったこととか。

「あ、あの、ハルくん・・・・?」

ドキドキしすぎてかなり限界が近いので下ろして欲しい、とかなでが訴えようと口を開いた時、悠人はきりっと前を見据えてさらなる爆弾を投下してくれた。

「このまま保健室まで連れて行きますから、大人しくしていて下さい。」

「こっ!?」

このまま!?お姫様抱っこで!?

今の段階でもうすでに廊下にいた音楽科の生徒が何人か、興味深げにこっちを見ているそんな中を!?

目を極限までまん丸くするかなでが心の中で叫んだことは、残念ながら今回は上手く伝わらなかったようで。

悠人はかなでを安心させるように微笑んで言った。

「大丈夫です。先輩を落としたりなんか絶対にしませんから。」

いや、心配しているのはそこじゃないけどっ!・・・・という、心からの叫びは惚れた弱みで微笑みに見とれた一瞬で永遠に口にするチャンスを奪われてしまって。

「行きますから、ちゃんと捕まっていてください。」

―― そう言って歩き出した悠人に慌てて捕まったかなでは、そこから保健室に着くまでの数分間、人生でも指折りのとんでもない時間を過ごすはめになったのだった。










(ハルくんは軽々かなでちゃんを姫抱っこぐらいできると思います!)