愛しさと忍耐力の子守歌



自分が周りから堅物と言われている事は知ってる。

それは僕にとっては別に不名誉なことでもないし、忍耐力が強いという意味でもあると思っているので特に気にしたことはなかった。

・・・・なかった、けど。

( ―― さすがの僕でも、この状況はちょっと辛いです、先輩。)

もうすでに何度目かになるセリフを僕は心の中で呻いた。

きっと僕のこんな心情をわかってもらうには、まず「この状況」を説明しないといけない。

まず、場所は学院の屋上。

いつもは誰かしら人がいるくせに、こんな時に限って誰もいない。

そして僕はと言うとベンチの上に寝転んでいる。

それは別にいいんだ。

ベンチの上なら制服が汚れてしまうこともないし、チェロはちゃんとケースに収まって横に置いてある。

問題は・・・・僕の頭の下、と上。

「っ」

さっきからなるべく意識しないようにしていたのに、ふっと後頭部に感じる暖かさに気が付いてしまって、また鼓動が跳ね上がった。

そう、僕の頭の下は固いベンチではなくて、音楽科の空色のスカートが目端に映る。

そしてその上をたどっていけば、目の前にあるのは・・・・よりにもよって、気持ちよさそうに眠る、小日向かなで先輩 ―― 僕の恋人の顔。

要するに、膝枕されているという状況だったりする。

―― そもそも、こんなことになったのはほんの少し前の事だった。

夏休みも残り少なくなって、折角だから今のうちに思う存分練習しておこうと僕は先輩を練習に誘った。

・・・・それはまあ、夏の大会で恋人になってくれた先輩と一緒にいたかったから、という下心があったのも否定しない。

だって、先輩ときたら無自覚に色んな人を惹き付けるから今や菩提樹寮に滞在していた他校の生徒まで先輩に構いたがる始末だ。

放って置いたら何かしら理由をつけて連れ出されてしまうから。

だからわざわざ学院の屋上まできて二人で練習をした。

そこまでは良かった。

いつも通り先輩のヴァイオリンと僕のチェロは綺麗に音を重ねていたし、大会を前にした緊張感から開放されている事もあって思いの外楽しく弾けた。

それからお昼に先輩のお手製のお弁当を食べて・・・・お腹が一杯になった所で、欠伸なんかした僕がうかつだった。

今のこの状況を予見する力があったなら、あの時、「眠いの?」と聞かれて「昨日少し譜読みに夢中になりすぎました」などと応えた自分の口を塞ぎにいくだろう。

が、残念ながらその時の僕は至って自然とそう答えてしまって。

その途端、小日向先輩の顔がぱっと輝いたんだ。

そして良い事を思いついた!とばかりに僕に笑いかけて。

『じゃあ、膝枕してあげる!』

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・一応、僕の名誉のために言っておくが、抵抗はした。

でも考えてもみて欲しい。

大好きな人が満面の笑みで「いつも迷惑ばっかりかけてるから、たまにはハルくんを休ませてあげたいの!」なんて言ってくれたら。

うっかり頷いてしまうんじゃないか。

・・・・もちろん、頷いた後に思い切り後悔したけど。

大体どうして膝に頭を乗せただけなのに、先輩は甘い香りがするんだろう。

ちょっとだけしか触れていないはずなのに、温かくて、柔らかくて。

眠気なんて一瞬で吹き飛んだ。

ドキドキする心臓の音が伝わらないようにするのに必死の僕は思わず目を閉じた。

今考えると、ここで目を閉じなければ良かったかも知れない。

なんせ先輩は僕が眠ったと思ったらしくて、僕の髪を指先で梳いてきたんだからっ。

小日向先輩の指はヴァイオリンをやっているから、少しだけ指先が硬い。

その感触が優しく髪の間を滑る度に僕の心臓は情けなく悲鳴をあげるのに、頭の上からはクスクスと笑い声が零れてきて。

『ハルくんの髪ってやっぱり柔らかい・・・・』

・・・・なんて。

なんでそんな嬉しそうな声で言うんですか!人がこんなに我慢してるのに!と恥ずかしさとくすぐったさに耐えていたら、いつの間にか声も指先も止まっていた。

そして。

『?』

不思議に思って薄目を開けた僕の視界に入ったのは・・・・先輩の寝顔。

―― そいうわけで、今の状況なわけだ。

小日向先輩の寝顔を見始めてもう10分近く経ってしまって、がちがちに固まった体から少しでも力を抜こうと、僕は息を吐いた。

その中に、気持ち呆れが交じってしまったのは多分しかたない。

「・・・・警戒心が薄すぎます。」

僕だって男なのだ。

目の前で好きな人が眠っていて、周りには誰もいなくて、そんな状況で先輩の体温を感じているなんてどうかしない方がおかしい。

どうにか起きてくれないか、と思っていると、かくっと小日向先輩の頭が揺れて顔の上に影が落ちた。

その時、ふわっと先輩の淡い茶色の髪が揺れて。

・・・・ふっと、さっきの先輩の声が耳の奥に響いた。

だから、なんとなく手をそちらへ伸ばして。

指先が、髪に触れる。

(・・・・なんだ、僕の髪なんかより先輩の方が柔らかい。)

前、支倉先輩の思いつきで肝試しをした時、先輩の手に触れて思ったけれど、小日向先輩はとても柔らかい。

あの時触れた手や、今触れた髪もそうだけれど音も雰囲気も。

気が付けば包み込まれるような温かさに惹かれてしまう。

(頬も・・・・)

柔らかいのだろうか、と少しだけ指を横に滑らせれば夏の間、炎天下で練習していたとは思えないほど白い頬に指がふれて心臓が飛び上がる。

けれど、そんな鼓動も、柔らかさも、僕の頭の中に霞をかけるには十分すぎた。

―― しかたないじゃないか。

少しだけ開き直る。

いつだって、触れたいと思っている人がそこにいるんだから。

好きだから、大好きだから。

「小ひ・・・・・・・・かなで、先輩。」

まだ面と向かっては照れが先に立って呼べない名前を音にして、これで起きるなら諦めようと思っていたのに、先輩はまだ目を閉じたまま。

どきどきと心臓が五月蠅い。

けれど、それも妙に心地よくて、吸い寄せられるようにそっと体を起こそうとした。

―― その瞬間。
















「ダメ!」
















「っ!?」

急に響いた声と共に、先輩の膝に僕の頭は逆戻りした。

ぎょっとして見上げてみれば、たった今まで閉じていた若草色の瞳がしっかりと開いていて。

「な、起きっ」

ていたんですか、と続くはずだった言葉は何故かちょっと必死な先輩の声にかき消された。

「ハルくん、今、逃げようとしたでしょ!?」

「は?」

「私が寝てるなって思って!ほんとは嫌だった?さっきからあんまり眠ってる様子もなかったから、どうしたらハルくんが休めるかなって考えたんだけど、あんまり思い浮かばなくて・・・・、でも私がなんだか嬉しかったからもう少しだけこのままでいたくてっ!」

「ちょ、ちょっと待って下さい、先輩!」

なにやら一方的に一生懸命言い訳をする先輩を僕は慌てて止めた。

つまりはこういう事だろうか?

「先輩は僕が膝枕で落ち着かないから寝ているふりをしていたんですか?」

自分を気にせず休めるように、と。

その気遣いは嬉しいけれど・・・・だとすると、今までの行動が筒抜けという事に・・・・。

「えっと・・・・・・・・・・はい。」

少し申し訳なさそうに頷かれて、頭を抱えたくなった。

どんどん頬が赤くなっていくのを感じるけど、どうしようもない。

それなのに、先輩は僕の反応をどうとったのか、しゅんっと肩を落として。

「あんまり役に立たなかったね、ごめんなさい。」

なんて言うから!

「あー、もう!」

とうとう僕は勢いよく起き上がった。

そして驚いている先輩に向かって言った。

「いいですか?僕だって男ですから、先輩の膝枕でくつろげといわれても早々はくつろいだりなんかできません。」

「え?」

「更にその上、寝顔なんか見せられたら眠るなんて絶対に無理です。」

「え?え?」

話の展開について行けていないのか、目を白黒させる小日向先輩。

だからそう言う顔をするから!

「諦めて、僕がドキドキした分ぐらいはドキドキしてもらいますからね!」

高らかにそう宣言して、僕はきょとんとしている先輩を。

―― 思いっきり抱きしめたのだった。
















                                               〜 Fin 〜















― あとがき ―
目指したのはハル視点の甘いお話・・・・そして玉砕(T T)