はるがすき!



春というのはとかく気分の浮き立つ季節である。

寒い冬が終わって春が来ると一斉に花が開いたり、虫や鳥が増えたりするせいだろうか。

それともお日様が暖かくなるからだろうか。

そのせいか。

「春を題材にした曲って明るい曲が多いよね。」

季節はまさにうららかな春、というのが相応しいような日差しが降り注ぎ、小鳥の声が耳に心地良い星奏学院の森の広場で、小日向かなでは楽譜片手にそう呟いた。

隣で同じ様に楽譜を捲っていた水嶋悠人もそれには頷く。

「はい。代表的なところではヴァヴァルディの「四季」の「春」もそうですし、ベートーベンの「スプリング」もそうですね。」

と答えた悠人の手元にある楽譜はまさに、今彼の上げた代表的な春の2曲の楽譜だ。

ちなみに、春うららかな放課後の二人の会話の中心は別に春の曲についてではなく、今度の新入生歓迎会で弾く曲目についての相談である。

昨年の夏、見事全国大会制覇を果たして以来、悠人もかなでもすっかり音楽科では有名となっていたから、今年卒業した律と大地以外の3人に新入生歓迎会の演奏が依頼されたのはあまり意外な事ではなかった。

ただ問題になったのは、そこで何を弾くかについて。

選曲はまかされていたので春なんだから春らしい曲でいいんじゃないか、と言った悠人とかなでにたいして響也は『じゃあ何かかっこいい曲がいい』と言ったのだ。

で、春らしくてかっこいい曲、というのを二人して探していたのだが。

「・・・・かっこいいっていうのとはちょっと違う気がするんだよね。」

ふう、と図書室で調達してきたいくつかの譜面を横目にかなではため息をついた。

「確かに響也先輩が好きな曲というと、「四季」でも「冬」のほうですしね。」

冴え冴えとした音の際だつ「四季」の「冬」を思い浮かべてもう一度考えてみるが、どうにも春が題材の曲は当てはまらない。

「何となく明るい可愛い感じ。」

「そうですね・・・・。」

先に悠人が上げた代表的な2曲以外にもいくつか春を題材にした曲を探してきてはみたのだが、どれもどちらかというとワルツを踊るような軽やかで明るいイメージの曲が多いのだ。

「やっぱり冬の後の季節だからかな?」

もうこれは季節柄としか言いようがないのだろうか、とかなでがため息をつくと律儀に頷き返しながら悠人も言った。

「ヨーロッパの方は日本よりも冬が厳しい地域も多いですから。より春が来た喜びを明るく歌い上げる曲になりやすいんでしょう。」

「そうだよね。私だって響也の注文がなければ春ってこういうイメージだもん。」

そう言って持っていた「四季」の楽譜を日に翳すように上へと伸ばした。

午後の柔らかい日差しが楽譜の表面を滑って少し眩しい。

けれど日差しそのものが暖かい滴のように、触れた手や顔を暖かくしてくれていく。

そして楽譜を透かせば向こう側にはこれから伸びていかんとする若葉の碧が煌めいて、その間を蝶が、鳥が、楽しげに行き来する。

「ほんとに色んなものがワルツを踊ってるみたい。」

上を見上げながらかなでがそう言うと、横で悠人がくすっと笑う気配がした。

「詩人のような事を言いますね、先輩。」

「え?変?」

からかわれたのかと思って上を向けていた視線を悠人に戻したが、彼は優しく目を細めていただけで。

むしろその視線と正面からぶつかってしまって、かなでの鼓動がとくんっと鳴った。

(う・・・・ハルくんってたまにこういう顔するんだから。)

年下のはずなのに、かなでが何をしようと包み込んでくれそうなそんな優しさを秘めた顔を。

普段からしっかりものの悠人ではあるが、こういう余裕も感じさせるような優しい表情は大人へと成長していく彼を垣間見るようで、どうにもかなではこの表情にめっぽう弱い。

そんなわけで、不用意にドキドキしてしまった鼓動を沈めるように、かなではわざと元気の良い声で言った。

「だ、だってそう思ったんだもん。春って風とかお日様とかいろんなものがキラキラしてワルツを奏でてるみたいだし、ちょうちょや鳥がそれに合わせて踊っているみたい。」

「まあ、昔の作曲家達もそういうイメージで曲を書いたんでしょうね。」

「意外と分かりやすいよね。」

クラシックになじみのない人にはよくクラシックは難解だ、などと言われるが、こういうものに関してはわかりやすいのだ。

作曲家だって人間。

長い冬の後に輝く春がやってくれば気持ちが浮き立つのは今も昔も同じ事だ。

「うん、そうだよね・・・・」

「先輩?」

何か思いついたのか、と覗きこんでくる悠人に笑いかけてかなでは言った。

「昔の人も今の人も春が来て感じることは一緒なのかもって思っただけ。」

そう言ってかなでは森の広場になんとなく目をやる。

芝生の間には小さな花が咲いていて、日溜まりはなんとも暖かげで。

「私も、春って大好き!」

古の作曲家を思い、なんとなく彼らに親近感を覚えながらかなでが言った言葉に。

「っっ!」

隣で思わず悠人は息を飲んだ。

そして慌てて誤魔化すように「そ、うですか。」と頷く。

もっとも、幸か不幸か、そのことにはかなでは気が付かずに楽しげに春の魅力を語り出した。

「うん!ヨーロッパほどじゃないけど日本だって寒いし、だから暖かくなると嬉しいでしょ?花も咲くし、何か新しい事が始まりそうな気もするし。
だから春って好きなの。」

「・・・・かなで先輩ならそうでしょうね。」

返事の前に微妙に開いた間に気が付いたのか、頷きかけて「あれ?」とかなでは悠人の方を見た。

「あれ?ハルくん、なんか赤」

「気のせいです!」

「??どうかした?何か変な気がするんだけど・・・・。あ、もしかして。」

指摘してはいけないところを指摘されそうになって間髪入れずに遮った悠人は、何か気づいたようなかなでの言葉にぎくっと肩を振るわせる。

しかし。

「子どもっぽいって思ってる?」

「は?」

「春が好き、なんて子どもっぽいって思った?」

予想外の方から飛んできた言葉に、悠人は一瞬返答が遅れた。

すぐに「いえ、そうじゃなくて・・・・」と言ったものの、その僅かな間をかなでは肯定と取ってしまったのか、少し拗ねたような顔をして言った。

「響也にもよく言われるんだ。春が好きとか脳天気だなって。でもいいもん。昔の作曲家だって好きだったんだから、私だって春、大す」

き、と続けるはずだった言葉は。

―― ぽすっと悠人がかなでの唇に手で蓋をしたことで不発に終わった。

「????」

(え?何?何??)

突然口を押さえられたかなでの方は訳が分からず目を白黒させて悠人をみる。

その物言いたげな視線にもちろん気が付いている悠人は ―― 今はもう、否定しようがないほど赤く染まった頬を隠すようにそっぽを向いて呻いた。

「あ、あまり言わないで下さい!その・・・・心臓に悪いんで。」

「へ?」

何を?

素直にきょとんとして、けれどそれ以上悠人が何も言わないので、かなでは原因を探るように少し前の会話を頭の中でリプレイする。

『私も、春って大好き!』・・・・『何か新しい事が始まりそうな気もするし。だから春って好きなの。』・・・・『春が好き、なんて・・・』・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あれ?)

春が好き。

はるがすき。

はるが・・・・・・・・・・。










「っっっ!!!(///)」










唐突に発見してしまった自分の発した言葉の意味に、かなではぼふっと音がしそうなほど見事に赤くなる。

その「完全に今気が付きました!」と言わんばかりの反応に悠人は苦笑して言ったのだった。

「できればずっと好きでいて下さい。・・・・はる」










                                       〜 Fin 〜










(ダジャレかって言わないでいただけると助かります(^^;))