―― この間、めずらしく土浦君が自転車で来てて、乗ってくかって言われたからちゃっかり乗せてもらっちゃっいました・・・・なんて、言った私がバカでした。 giocoso 〜自転車と君〜 蛇に睨まれたカエル、という気持ちを初めて香穂子は実感していた。 この場合、カエルは香穂子。 そして蛇は、香穂子と机一つ挟んだ向かいで机に片肘ついてにっこり微笑んでいる柚木梓馬・・・・香穂子の恋人である。 通りすがりの人が見れば、放課後の教室で向かい合っておしゃべりをしている仲の良い恋人同士に見えるかも知れない。 しかもそれが星奏学園で王子様的扱いを受けている柚木相手であればなおさら。 親衛隊が見たら速攻切り刻まれてもおかしくないほど羨望の的になれるだろう。 ・・・・もっとも、今の香穂子にそう言ったなら涙目で「かわって!」と縋り付かれるだろうが。 なにせ (・・・・怖い〜〜〜〜!) カエルよろしく、香穂子は心中悲鳴を上げていた。 「せ、先輩・・・・?」 「うん?何かな、日野さん。」 にこにこにこにこ。 柚木は笑顔だ。 そりゃあもう、全開の笑顔、しかも白ヴァージョン。 でももちろん、その笑顔がそのままの意味でない事を香穂子は身をもって知っている。 しかも今の柚木は白ヴァージョンを装っているわりに、目が全然笑っていない。 つまりはわざと対外的な顔をして見せても隠せないほど、内面が。 香穂子はごくっと唾を飲み込むと覚悟を決めて口を開いた。 「・・・・なんでそんなに不機嫌なんですか?」 ぴくっと柚木の眉が動いて、びくっと香穂子が肩を振るわせる。 端から見れば、恋人相手にそこまで怯えるのもどうなんだと突っ込みたくなるが、生憎、恋人だからこそその恐ろしさを知ってしまっている香穂子である。 恐る恐る伺った先にはもはや装いの笑顔すら取っ払った、不機嫌全開の柚木がいた。 (ひぃっ) あまりのその迫力に口許を引きつらせる香穂子を見て、柚木が呆れたようにため息を一つつく。 「お前、何の心当たりもないのか?」 「え?」 心当たり、と言われて香穂子は首を捻った。 (別に普通に話をしてただけのような気がするんだけど・・・・) そう思いながら一応回想してみる。 確か放課後、練習室帰りに音楽科の教室の前を通りがかったら柚木が居て、嬉しくなって入っていって普通に話を始めたはずだ。 柚木も途中までは気のない様な素振りで、でもちゃんと聞いていてくれていたのを知っている。 それが、どこからか急に機嫌が一気に降下したのだ。 (えーっと、どこから?) 授業の話とかしていた時には普通だったはずだ。 それが昨日一緒に帰れなかったけどどうしたと聞かれて、土浦と・・・・。 「あ」 ほとんど反射的に答えが出た。 そして、次の瞬間その答えのあまりの意外さに香穂子はまじまじと柚木を見つめてしまった。 「・・・・なんだよ」 「あの、まさか、ですけど・・・・」 そっと上目遣いに見上げてみれば柚木は嫌そうな顔でそっぽを向いた。 けれど、香穂子は見逃さなかった。 その長い髪の端からちらっと見えた柚木の耳がうっすら赤くなっているのを。 (嘘!?柚木先輩が土浦君に嫉妬したの!?) きっかけさえ見つけてしまえばあっと言う間に確信に変わる。 確かに土浦と二人乗りをした話から柚木は一気に不機嫌の坂をゴロゴロと転がっていった。 そして答えさえわかってしまえば、今まで怖かった柚木の不機嫌も一気に。 「・・・・ふふ」 「・・・・・・・・・・・・・・しまらない笑い方はやめろ。」 「えー?それはちょっと無理です。」 「お前・・・・」 ぎっと睨み付けられるが、生憎香穂子には何の効果ももたらさなかった。 (だって、嬉しいし。) 緩んでしまう口許をそのままに、香穂子は少しだけ身を乗り出して柚木を覗き込んで言った。 「先輩、もし私が自転車の後ろに乗せてほしいって言ったら乗せてくれます?」 「わりと面白い冗談だな。」 「えー!?」 少し甘えてみたつもりだったのに、スッパリきって捨てられて香穂子は抗議の声を上げる。 その様子を横目で見ていた柚木は深々とため息をついて呟いた。 「・・・・なんだって俺はこんなバカを・・・・」 「え!?ひどい!」 思わずむっとする香穂子の額を柚木はペケッと叩いた。 「たっ!」 「お前が悪い。」 「ええ!?」 結構容赦なく叩かれた額を抑えて抗議しようと香穂子が顔を上げた瞬間、出かかっていた言葉は一瞬で真っ白になった。 ・・・・まあ、口を塞がれてしまえば出る物もでないというわけで。 「〜〜〜〜!?」 柚木が触れただけで離れていった唇を押さえて目を白黒させる香穂子の髪を、柚木はキスの余韻のようにさらりと梳いて。 少しだけ自嘲気味に笑って言った。 「・・・・お前がどうしてもって言うなら乗せてやるから、他の男の後ろなんかに乗るなよ。」 〜 Fine 〜 |