―― この間、めずらしく土浦君が自転車で来てて、乗ってくかって言われたからちゃっかり乗せてもらっちゃったんだ・・・・と言ったら蓮くんの眉間に皺が一本増えた。 giocoso 〜自転車と君〜 (・・・・どうしてこんな事になってるんだろう。) 星奏学園2年、日野香穂子は半ば麻痺した思考でそう考えていた。 ある日突然学内コンクールに参加しろと言われても、なんとか乗り切れてしまった香穂子の精神を麻痺させるほどのこと・・・・というと酷く大げさに聞こえるが、本人にとっては一大事だった。 なにせ自分のお尻の下にはステンレス製の荷台。 右手には、ペダルを漕ぐ月森蓮。 ―― 所謂、自転車二人乗り中である。 もちろんこれが、自分の友人とか土浦なら気にもならずに「ラッキーv」と便乗させて頂くのだが、いかんせん、今の運転手は月森蓮。 音楽科のサラブレッドにして、クールなヴァイオリニスト・・・・のはずである。 そもそも、香穂子は蓮が自転車に乗っている所など見たことも聞いたこともなかった。 それは学内コンクールを終えて、世に言う恋人同士になった後のことも同じで、登下校はいつも徒歩だった。 (それなのに、なんで今日に限って自転車なんか持ち出してきたんだろ。) 下校時の待ち合わせ場所についた時、シルバーの自転車を横に従えた蓮を見た時の衝撃は忘れられないだろう。 その姿は周りの生徒が思わず2,3歩飛び退いて振り返るほどミスマッチだった。 しかもそれがわかっているのか、本人は不機嫌な顔で香穂子を見つけるなりヴァイオリンケースを半ば強制的に職員室に預けさせ荷台に座らせて・・・・今に至る。 「蓮くん。」 「なんだ?」 振り返りもせず(まあ、自転車で振り返ったら危ないのだが)答える蓮に香穂子はすでに何度か繰り返した質問をぶつけてみる。 「なんで自転車?」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 残念ながら今回も答えは無言。 ただペダルを漕ぐ事だけに集中しているようなフリをする蓮に香穂子はため息をついた。 (ずっとこの調子って・・・・) そう、自転車をこぎ始めてからの蓮はほぼ無言。 かなり、否相当おかしな状況とはいえせっかくの彼氏との二人乗りなのに、これでは連行される犯人のようだ。 色気もそっけもない・・・・どころか、恐ろしく居心地の悪い状況に再度ため息をつく。 (まあ、さすがに家までは漕いでいけないだろうし。) ちらっと香穂子が蓮の肩越しに目をやった先には、台地の上に立つ家々がある。 日野家はそのうちの1つになるわけで、つまりそこまでたどり着くためには坂を上がる必要に迫られるのだ。 歩いて登ればそれほどでもない坂でも二人乗りの自転車を漕いで上がれるようなものではないし、と香穂子は密かにそこまで行ったら自転車から降りて問いつめようと決めた。 が、数分後、香穂子はその決意が脆くも崩れ去るのを目の当たりにして悲鳴を上げた。 「ちょっと、ちょっと!蓮くん!!」 我ながら取り乱した声だな、とは思ったものの香穂子が取り乱すのも無理はない。 なんせ蓮は坂道の前で止まることなくいきなり突っ込んでいったのだから。 「ちょっ!無理だから!降りるから!!」 「いい。」 「いや、良くないから。絶対無理だって!」 叫んだ香穂子の視界には遙か上方にゴールの見える心臓破りの坂が映っている。 この上に長年住んできた香穂子のお墨付きの心臓破りの坂だ。 さすがに腰を浮かしてペダルを漕いでいる蓮を止めようと香穂子はさけんだ。 「無理だよ!止めてってば。歩くから。」 「・・・・いい」 「良くないって!危ないし、蓮くんは土浦くんみたいに体力派じゃないんだから!」 何気なくそう言った途端、蓮の肩がぴくっと動いた気がして・・・・俄然、力が入ったようにペダルを漕ぎ始める蓮に香穂子はぎょっとする。 「蓮くん!?」 「・・・い、いから、黙っていて、くれ」 「黙ってられるわけないでしょーーー!」 頑なに首を横に振る蓮に、香穂子はきれた。 幸い坂にさしかかってがっくりスピードが落ちていた自転車から勢いよく飛び降りた。 「!」 「っと。」 急な横への反動に自転車がぐらついたが蓮はなんとか堪えて止まった。 そこへ香穂子はつかつかと歩み寄って蓮を覗き込む。 「さあ、聞かせてもらうからね!なんで急に自転車なんか持ち出したの?」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 「あ、黙秘権はないからよろしく。」 口をつぐんでしまった蓮に香穂子はすぱっと言い切った。 「蓮くんが漕ぐ自転車、ここまででものすごく注目の的だったんだからね?途中で天羽ちゃんともすれ違ったし、明日は絶対インタビューだよ? しかも私に。 ちゃんと理由答えてくれないと、あることないこと天羽ちゃんに言っちゃうからね?」 もはや脅しの域に入っているが、これが功を奏したのか蓮はとうとうぼそっと言った。 「・・・・・・・・・・・・・君が」 「ん?」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・土浦の自転車に乗ったと楽しそうに言うから・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 ものすごく、小さい声だった。 小さい声だったが、聞こえてしまった。 (・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?) 「えーっと・・・・それって」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 なんと言ったらいいのか迷った香穂子から蓮は視線をそらすなり、自転車を押して坂を上がり始めてしまった。 「ちょっと、蓮くん。待ってよ!」 慌てて追いかけるけれど、その声に笑いが滲んでしまってしまったと思った時にはすでに遅く。 「君は歩くんだろう?俺は先に行く。」 「わーーーーー!置いてかないでってば!」 自転車にまたがろうとする蓮の制服をがしっと掴んで香穂子は叫んだ。 そうされれば蓮はそれ以上香穂子を置いていく素振りなど見せずに、困った顔をしてそっぽを向いた。 ・・・・その頬が少しばかり赤いのは香穂子の見違いではなく。 「蓮くん、蓮くん。」 「・・・・なんだ?」 「私、蓮くんと二人乗りするの、すごくドキドキしたよ?」 (いつ転ぶかとか、人に見られすぎてとか、微妙なドキドキもあったけど。) と、心の中で付け足したのはご愛敬。 「また、今度は楽しく二人乗りしようね。」 そう言って左右に人がいないことを確認して、香穂子はいまだに複雑そうな顔をしている気むずかしい恋人にそっとキスをした。 ―― 驚きのあまり蓮がハンドルから手を離して自転車が坂を転げ落ち大事になったのも、まあ、ご愛敬ということで。 〜 Fin 〜 |