『赤いリボン』:リリの店で買えるアイテム。相手の好感度を2倍上げる。 「・・・・リリ」 「なんだ?」 「この『赤いリボン』ってどうやって使えばいいのよ。」 「ふふん、それはだな・・・・・・・・」 ファータ製品の罠 星奏学院の放課後は音楽に溢れている。 校内に音楽科があり、さらに学内ならどこでも練習可という音楽に寛容な校風のせいだ。 予約制の練習室も完備されてはいるが、春のコンクールの時に外で弾く楽しさを知ってしまった香穂子は主に練習は外ですることが多かった。 というわけで、本日も文化祭に向けてアンサンブルの練習に励むべく月森蓮と捕まえて屋上へ。 風が冷たくなってきたとはいえ、放課後の屋上には暖かい陽ざしがまだ降り注いでいる。 「う〜ん、練習日和だね。」 大きくのびをしてそう言う香穂子を見て月森はほんの少し口角を上げた。 「火原先輩のような事を言うな。」 「ああ、先輩ならそう言うかも。でも気持ち良く弾けそうじゃない?月森くんも居るし。」 くったくない笑顔でそう言われてどきっとする。 (他意はないんだろうが。) 前出の先輩並に天然の入っている香穂子の発言を間に受けていると色々凹んだりするのは経験済みなだけに、月森は一瞬浮かびかけた心を沈ませた。 そして密かに最近こういう事が多くて困る、とため息をつく。 理由は薄々感づいてはいるが、それがあまりにも自分と結びつかなくて戸惑っているのが現状だった。 月森はそんな考えを振り払うように軽く頭を振って自分のヴァイオリンケースをあけながら香穂子に目を移した。 「それで今日は何の練習をするんだ?」 「ん〜、40番かアイネクかなあ。」 「その2曲だとアイネ・クライネ・ナハトムジークの方が君は弾きこみが足りないだろう。」 「そうだよね。うん、じゃあアイネクにしよ。」 「わかった。」 頷いて月森は譜面台を立て、数日前に香穂子から渡された楽譜を取り出す。 横で同じように香穂子も支度をして・・・・と、急に「あっ」と呟いた。 「?」 「ごめん、月森くん。ちょっと待ってね。」 そう言うと香穂子はもう一度楽器ケースの方へしゃがみ込む。 そして何故か鞄から鏡を取り出して。 (なんなんだ?ヴァイオリンの準備はすんでいるように見えるが。) 楽器ケースに鏡を立てかけて何かしている香穂子の背中に、月森は眉を寄せる。 と、支度が終わったのか勢いよく香穂子が振り返った。 「じゃ、始めよっか。」 そう言った香穂子の首。 さっきまで何もなかったそこに。 そう ―― 可愛らしく揺れる赤いリボンのちょうちょ結び。 「!?」 (な、なぜ!?) 思わず月森は一歩変な距離を取ってしまった。 途端にはっとしたように香穂子の顔色が変わる。 「あ、えっと、その・・・・やっぱり変だよね!?」 焦ったようにそう言われて、月森は一瞬言葉に詰まった。 「いや、変というか・・・・」 変と言われれば変だ。 わざわざヴァイオリンの練習にリボンを付ける意味がわからない。 けれど、変・・・・ではない。 「その・・・・・・に・・・・・・・・・・・・・・・あってはいる・・・・・・・」 口が裂けても「可愛い」などと口に出来ない月森だったが、要はそういう事。 赤いサテンのリボンは香穂子の細い首にしっくりと馴染んでいるようで、可愛らしいチョーカーを着けているようだ。 だから可愛い。 可愛いのだが ―― ついでに余計な妄想もかき立ててくれるのだ。 『好きな子が自分にリボンをつけて、「プレゼントは私♪」なんて言ったら嬉しくない?』 (・・・・っく。そんなバカな事を言っていたのは火原先輩だったか、加地だったか。) どちらにしてもその時は「嬉しくない」とズバっと一刀両断したような覚えがある。 が、しかし。 「月森くん?」 さっきの小声がよく聞こえなかったのか一歩乗り出してきた香穂子に、月森は思わず口許を覆って一歩下がった。 訝しそうな香穂子の首もとで揺れる赤いリボン。 別に香穂子はプレゼントがどうのとは言っていないのだが。 (あ、あたりまえだ!日野がそんな事を言うわけが・・・・!) ない、と思うと急速に落ち込むのがわかってしまって、月森は思わず自分に呆れた。 「月森くん、どうしたの?やっぱり変だよね。ごめん、今外すから。」 月森の内心の葛藤など全然わかるわけもない香穂子が、慌てたように首もとのリボンに手を伸ばす。 「そ、そんな事はない!!」 「へ!?」 思わず出てしまった声が自分が思っていたよりも大きな声で、月森自身もビックリしたが、香穂子はもっと驚いたように止まった。 そしてきょとんとした目を返されて、月森はかあっと赤くなる。 「あ、いや・・・・・・・その・・・・・似合っているから・・・・・・・・・・・そのままでいい。」 弱冠途切れながらも今回はちゃんと伝わったらしい言葉に、香穂子がぱっと顔を明るくする。 「ホント?じゃ、このままにしちゃおうかな。」 ふんわりと揺れる赤いリボンをつけて嬉しそうに笑う香穂子は、それはもう。 (・・・・・可愛い・・・・・) 途端にどきんっと跳ね上がる鼓動を誤魔化すように、息を吐いて月森は譜面台に楽譜を置いて向き直った。 「始めよう。時間がもったいない。」 「うん。・・・・でも、月森くん。」 「なにか?」 早く演奏に集中して気を紛らわせたい月森が少々ぶっきらぼうに答えると、遠慮がちに香穂子は譜面台を指さして言った。 「譜面、逆さまだけど。」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 ―― やはり、動揺は隠しきれなかったらしい。 「リリ〜。やっぱり赤いリボン、効果ないよ?月森くんとの練習で使ってみたけど不機嫌になっちゃった。」 「んん?我が輩のファータ製品が効かぬはずが・・・・まて、日野香穂子。上がっているぞ?」 「え?あ、ホントだ。ずっと仏頂面で怒ってるみたいだったのに、なんで???」 「・・・・それは、照れ隠しというやつだったのではないか?」 〜 Fine 〜 |