確かに俺も鏡の前で見た時は笑った。

俺自身ですらそうだったんだから、制服かカジュアルな格好の時しか会ったことがなかった香穂子の反応は当然と言えば当然かもしれないけど。

けど、さあ?
















crescendo 〜ここが始まり〜















「・・・・笑いすぎ。」

「だって、だって・・・・ふ、ふふっ」

横目でじろっと桐也に睨まれて一応堪えてみようとしたらしい香穂子だったがもったのは僅か数秒だったようで。

クスクスと笑う香穂子に桐也は閉口して髪をかき上げた。

「笑われるだろうとは思ってたけど、ここまでとは思わなかった。」

思わず桐也がそうぼやいたのは、さっきの事を思い出したからだ。

―― 実は本日、4月○日は星奏学院の入学式の日であった。

天気にも恵まれ、真新しい制服に袖を通した衛藤桐也もまた、新入生として初登校の運びとなったわけだが、折角初めて同じ学校へ行くようになるのだからと数日前香穂子と待ち合わせをしてあったのだ。

香穂子 ―― 日野香穂子は星奏学院の3年の先輩であり、桐也にとっては様々な衝撃と変化を与えてくれた大切な彼女である。

その彼女とやっと同じ学校に通えるようになるということで、珍しく桐也は浮かれ気味だった。

予定より少し早めに駅に着いてしまうぐらいには。

そこへ相も変わらずヴァイオリンケースを担いだ香穂子が笑顔で駆け寄ってきて・・・・少女漫画ならば背景に花でも咲きそうなこの場面で。

『おはよう、桐・・・・ぶはっ!』

・・・・盛大に吹き出してくれたのだ。

その原因は。

「ごめん、だってその制服・・・・思った以上にミスマッチで。ふふっ」

本日、初着用の音楽科の制服のせいだった。

「・・・・・・・・・まあ、俺もそう思うけど。」

ひとしきり駅で笑った香穂子と連れだって星奏学院に向かいながら桐也もぼそっと呟く。

格好を笑われるというのはあまり気持ちの良いものではないが、その気持ちは桐也自身にもわかる。

なにせ星奏学院の音楽科制服は普通の高校の制服としては明らかに規格外なのだ。

「スカーフタイなんて誰が思いついたんだ。」

「ふふ、私も最初に音楽科の制服を見た時は思った。どこの貴族!?って。」

「ほんとだよな。スカーフタイに白のジャケットじゃ貴族か、良くて詐欺師だぜ。」

「あははっ!」

真剣にぼやく桐也に香穂子がまた楽しそうに声を上げた。

あんまり爽やかに笑ってくれるものだから、ちょっと意地悪してやりたくなって桐也はわざと何でもない口調で言う。

「あんたはいいよな。可愛くてさ。」

「え?」

途端にきょとんっと目がまん丸に見開かれる。

その顔が意味を理解する頃を見計らって。

「制服が。」

「!せ、制服ね!制服!」

慌ててそう言う香穂子に、今度は桐也が吹き出す番だった。

「!酷い!からかった−!」

「あんたが誤解したのが悪いんだろ?俺は「可愛い」としか言ってないぜ?」

「うう〜。」

(嘘ばっかでもないけど。)

悔しさか恥ずかしさかで顔を赤くして睨み付けてくる香穂子をちゃんと可愛いと思っている事は内緒だ。

そう思った自分の思考の甘さにどうも照れくさくなって桐也は視線を前に戻した。

いつの間にか周りには桐也と同じ制服を着た生徒や、香穂子と同じ制服の生徒が増えてきている。

ちょうど交差点にさしかかって二人で立ち止まった時、香穂子がしみじみと桐也を見上げて言った。

「・・・・うん、これは土浦君に匹敵するかも。」

「はあ?」

「実はね、今日から音楽科に転科する友だちがいるんだけど、彼も似合わなさそうだな〜って話してたの。見るのを楽しみにしてたんだけど、桐也君とどっちが似合わないかっていう意味でも見所が増えたなって。」

「・・・・あんた、ナチュラルに酷いこと言うよな。」

何が悲しくて自分の彼女に他の男と制服が似合わないかで比べられなくてはならないのか。

しかも勝っても嬉しくない。

微妙にやさぐれた顔をしたのがばれたのか、香穂子は青に変わった信号を歩き出しながら言う。

「でもさ、きちっとしなくちゃいけないのって式典の時だけだし。火原先輩とか卒業式以外はタイしてるの見たことなかったから、桐也君も崩せばいいんじゃない?」

「今日入学式の新入生にするアドバイスかよ、それ。」

「いいんだよ。これは星奏学院の先輩としてのアドバイスじゃなくて、彼氏に格好良くいてほしい彼女のアドバイスだもん。」

さらっと。

なんでもない事のように言われて、一瞬考えかかった桐也はすぐに視線をそっぽにそらした。

(やられた。)

さっきの意地悪の返り討ちにあった桐也は照れくささを誤魔化すように早口で言う。

「・・・・研究しとく。」

「ふふ、楽しみにしてるね。」

勝ち誇ったような香穂子がちょっと憎らしい、とか思っていたら横あいから「香穂ちゃん、おはよー!」と声がかかって香穂子が軽く手を振った。

その姿を横目に目線を上げれば、坂道の上に立派な門が見えた。

親族が経営する学校だった事もあって星奏学院、と書かれたその校門をくぐった事は何度かあるが生徒としてくぐるのは初めてだ。

「あ、もう門だね。」

桐也の見ている方向に気がついて香穂子が言う。

「入学式で演奏するんだっけ?」

「うん。先生に頼まれちゃって。去年のコンクールメンバーのスペシャルアンサンブルをお聴かせしますよ、新入生。」

「はいはい、せいぜい新入生に馬鹿にされない演奏しろよ。」

本当はかなり楽しみだけれどそんな風に誤魔化すと香穂子はまた酷い!と笑って。

それから、とんとんっと早足で桐也の前に回り込むとにっこり笑った。

「ほんとうはね」

「?」

「朝、駅で会った時すごく浮かれてたの。学院の制服着てる桐也君を見て、本当にこれから毎日校舎のどっかに桐也君がいるんだーって。」

だから嬉しくって余計に笑っちゃった、と付け足す香穂子に桐也は絶句した。

(なんでこう、・・・・可愛いことばっか言うんだよ。)

そんな事を言われてしまったら制服で爆笑されたことももはや帳消しだ。

わかってやってるんじゃないだろうな、と思わずため息をついてしまう桐也の前で香穂子は、今日一番の笑顔を浮かべて言った。
















「星奏学院へようこそ!」















―― どこからか桜の花びらが舞ってくる春の校門と、それを背に微笑む香穂子

        何となく波瀾万丈の予感を胸に、桐也の高校生活は幕をあけたのだった・・・・















                                          〜 Fin 〜
















― あとがき ―
初書き衛藤君。奴はツンデレなのか、照れ屋なのか、俺様なのか、まだ迷ってます(^^;)