僕だけの特権



「頼りない人、ですね。」

悠人にきっぱりとした口調でそう言われて、小日向かなでは「ええ!?」と抗議の声を上げた。

「ひどい。」

「ひどい、と言われても聞いたのは先輩でしょう?」

「そ・・・・それはそうなんだけど。」

悠人の正論にもごもごと小さくなるかなでの反論。

やがて諦めたのか、拗ねたようにお手製のお弁当のミニトマトをつつきだしただかなでに悠人は苦笑した。

(そういうところが子どもみたいだってわかっていないんだろうな。)

歳は一つ上なのに、かなでがそう見える事はあまりない。

とはいえ、かなでが本当に子どもっぽいだけの人ではないことも夏の大会を共に過ごした悠人はよく知っていた。

ぽやっとしているようでかなでは意外に頑固で、音楽に対しては驚くほどの直向きさを持っている。

そんなかなでが中心になったから、この夏の全国制覇があったのだから。

しかし目の前でミニトマトに逃げられている姿は。

「先輩はそうしていると本当に全国大会優勝の立役者には見えませんね。」

「うっ。」

思わず言ってしまった言葉にかなでは更にダメージを受けたようにがくっとうなだれた。

そうして意外と長い事そのままで、悠人が慌て始めた頃、なにやら恨めしげな上目遣いで見上げてきた。

「それって・・・・今も?」

「え?」

問われた意味が分からずに、悠人は首をかしげる。

「今?」

「今も、頼りないって思ってる?」

言葉を補われて悠人は、ああ、と頷いた。

常日頃から幼なじみの響也に子ども扱いされているせいか、気にしているらしい。

(・・・・・・・・・・・・)

悠人は黙して考える。

かなでと最初に会った校内選抜の時を思い出しながら。

あの時は見慣れない顔だと思いつつも、オロオロしている様子に思わず口を出したけれど・・・・。

「・・・・・・・・・・・・あの、ハルくん?」

今度はかなでの方が長い沈黙に耐えられなくなったらしい。

ミニトマトをつつくのをやめて覗き込んでくるかなでを、悠人はなんとはなしに見返した。

金茶の髪に縁取られた少し童顔ぎみなかなでの瞳が戸惑った世に揺らめいていて、それが記憶の中の映像と重なり、悠人はふっと吹き出した。

「!?な、何?」

「いえ、ただおかしかっただけです。先輩は変わらないなって。」

「え?それって・・・・」

「そうですね。つまり、今もって事です。」

「・・・・今も・・・・?」

何か嫌な予感、と書いてあるような顔を横目に悠人はすまして言った。

「音楽に関しては別ですが、それ以外は先輩は今も変わらず頼りないです。」

がんっ!

そんな効果音が幻で聞こえた気がして悠人は内心申し訳ないような、こっそり笑いたいような気分になった。

本当に伝えたいのはこれから口にする言葉だけれど、それにしても少し意地悪だったかもしれない。

だから謝罪代わりになるべく優しい声で呼ぶ。

「かなで先輩。」

声の調子に引かれたのか、かなでがへこみ気味ながらも顔を上げてくれた。

(・・・・そんな顔するから今も頼りないのは変わらないんですよ。)

素直過ぎるぐらい素直で、天然で危なっかしい。

かなでに持っている印象は出会った頃から大きくは変わっていないのは実は本当だ。

でも ――

「今は、それだけじゃありません。」

「え?」

「今は ―― 」

言葉を切って、悠人は微笑む。

出会った時も今も頼りない、そんなかなでを。











「先輩を助けて支えるのは、僕の特権だと思ってますから。」










ドジをしたら手を差し伸べて、素直さにつけ込むような悪意からは護る。

そうしてかなでの一番近くで、呆れた顔をしていたいのだ、と。

そんな言葉に一瞬、ぽかんとしたかなでが瞬く間にミニトマトよろしく赤くなっていく様を見て、とうとう悠人は声を上げて笑ったのだった。










                                          〜 終 〜










(頼りないからこそ、しっかり面倒みられて嬉しいハル。)