「相合い傘」 〜 衛藤×香穂子 〜 「私、梅雨って嫌い。」 横を歩いていた香穂子の突然の台詞に、桐也は一瞬きょとんっとした。 けれどすぐにその意味を理解して苦笑する。 「傘さしてるとヴァイオリンが持ちにくいって事?」 毎日毎日ヴァイオリンケースを背中にしょって、まるでそれが体の一部になってしまっているような香穂子だ。 そんな所だろうと思ったが、案の定香穂子はこくんっと頷いた。 「濡れちゃうと楽器に良くないから家に持って帰れない日もあるし・・・・今日みたいに。」 完全に拗ねたような声でそう言って香穂子が睨み付けたのは、傘の向こうでシトシトと降り続ける梅雨特有の細かい雨で。 「ぶっ!」 思わず吹き出した桐也に今度は鋭い視線が飛んできた。 「ちょっと!笑うなんて失礼なんだから!」 「いや、だって今のあんた、子どもみたいだったからさ。」 「こ、子ども!?」 「そうだろ?雨降っててつまらない、なんて遊びに行けない子どもみたいだ。」 「うっ・・・・」 自分でも思い当たる節があったのか、香穂子は呻いて黙り込んだ。 その横顔を眺めながら桐也は笑い出しそうになるのをなんとか堪えた。 今日の香穂子の背中にはいつもそこを占拠しているはずのヴァイオリンケースはない。 うっかりにも梅雨時というのに傘を忘れてきた彼女とヴァイオリンケースを一緒に入れてやれるほど桐也の傘は大きくなかったのだ。 泣く泣くヴァイオリンを職員室に預けて桐也の傘の下にいる拗ね気味な香穂子は、今は桐也だけの彼女。 (・・・・俺もどうかしてるよな。) ヴァイオリンに妬くなんて。 自嘲はすぐに苦笑に変わった。 普段の香穂子を思いだしてヴァイオリンに妬きたくなるのももっともな気がしたのだ。 音楽に愛され、音楽を愛した彼女はとにかくヴァイオリンが大好きで大好きで。 桐也だって自分の楽器を好きでないわけではないけれど、香穂子のそれとはまったく違う気がする。 (考えようによっては目の前で浮気されてる感じかもな。) 一瞬浮かんだ考えに少しだけ自分が可哀想になった。 なんせ香穂子ときたら年がら年中ヴァイオリンの為に駆け回っているようなところがあるのだ。 それは星奏に入学してから更によくわかってしまった。 空き時間があれば練習やら音楽の勉強やらとにかく忙しくて・・・・。 (だからこういうの、悪くない。) ちらっとまだどこか不満げな香穂子に目をやってから桐也はぽつりと呟いた。 「俺は好きかも、梅雨。」 「ええ?桐也くんは絶対嫌いそうだと思ったのに!」 裏切り者、と見上げてくる香穂子に桐也は飄々と言い返した。 「梅雨が好きっていうか、こうして帰るのは悪くないよ。香穂子が近いし。それに・・・・」 言葉を切ってにっと口の端を上げて見せて。 何かを察知した香穂子が一瞬動こうとしたけれど、それより早く桐也は男物の傘を大きく傾けた。 そして ―― ―― 次に傘が上がった時には、満足げな顔の桐也と、赤くなった顔で唇を押さえた香穂子がいて。 「こういう悪戯もできるしな。」 「〜〜〜〜〜〜〜!!!」 雨音の間に香穂子の声なき悲鳴と桐也の笑い声が弾けたのだった。 〜 Fin 〜 (男のロマン♪相合い傘(笑)) |