amabile 〜香穂子のちょっとした秘密〜
最近よくみんなに言われる。 付き合いだしたら加地は少し落ち着いたのかって。 別に変わらないよって答えると、男の子はちょっと同情したみたいに、女の子はちょっと羨ましそうに大体同じ事を言う。 『好かれすぎるのも大変だね』って。 ・・・・でもみんなは知らない。 本当は・・・・ね。 少しだけ口許を緩めて、私はついっと視線を隣の席に滑らせた。 そこにはいつも通り、栗毛の髪で青味がかった瞳の男の子が座っていて。 あ、今日はちゃんと授業受けてる。 古文だからかな。 いつもサボってるわけじゃないけど、真剣な顔で板書をしている葵君の横顔をこっそり見ながら私は微笑んだ。 葵君、古文とか現文はこういう顔して受けるんだよね。 さすが純文学の愛読者だけある、うん。 まさか、あの大げさな言い回しってこういうところで仕入れてるんだったりして? しょうもないことを考えながら、私は教科書片手に横目で葵君を見つめる。 いつもの笑ってる顔も好きだけど、真剣な顔してる葵君も格好良いなぁ、なんて思ったりして。 ・・・・奈美か土浦君が聞いたら『授業中に何考えてるんだ』って呆れられそうだけど。 いや、私だってさすがに授業中によそ見もまずいかな〜と思ってなんでもない時にやってみようとしたの。 そしたら『どうしたの?日野さん』って葵君が迫ってきておかげでなし崩しに・・・・。 まあ、でも最近はわかってる。 そうやって葵君が照れ隠ししてるんだって事。 たくさん、それこそ現代高校生!?って突っ込みたくなるようなほどの語彙数で色んな事を表現するのだって、その真ん中にあることをストレートに伝えるのが照れくさい時もあるんだって。 もちろん、ただの天然発言も一杯あるけど。 でも、きっとみんなが思ってるより葵君は照れ屋だと思う。 だって・・・・。 その時、視線に気がついたのかふっと葵君が私の方を見た。 「っ」 急だったから一瞬、「あ」の形の口でぽかんとしてしまった私を見て、葵君は目を見開く。 そして、それから。 ―― とろけるように笑う。 すごく嬉しそうに。 すごく、幸せそうに。 ・・・・ああ、きっとみんなは知らない。 もしかしたら、葵君だって知らないかも知れない。 ・・・・こんな風に葵君が笑う時、私がどんなに幸せで、どんなに切なくて、どんなに葵君が好きだって思ってるかって事。 周りから見たら葵君の一方通行から始まって、一方通行を後戻りもせずに押し切って付き合いだしたみたいに見えたかも知れない。 だけど、本当は違うんだよね。 だって、こんなに私も葵君が好き。 笑ってしまうくらい過剰な言葉で一生懸命色々な事を伝えようとしてくれる葵君が。 才能がないと言いながら、音楽に憧れて足掻き続ける葵君が。 天然で、押しが強いくせに、ちょっと照れ屋な葵君が。 ・・・・困った、と思って私は苦笑した。 だって今は授業中で、無駄なおしゃべりは学生には禁物なのに ―― 伝えたいって思っちゃったから。 急に困った顔をした私に驚いたのか、葵君が首を傾げてる。 『どうしたの?』と言わんばかりの顔を見て、私は心の中で教壇で授業をしている先生に手を合わせた。 そうしてそっと葵君の方を向いたまま口だけで。 「( だ い す き )」 ―― その後、驚いた葵君が筆箱落として、教室中に響き渡った音でみんな目が覚めたみたいだから、先生には謝らなくてもよかったかな? 〜 Fine 〜 |