Scherzando
「私、土浦君の指。好きだな。」 珍しく誰もいない講堂のピアノの鍵盤を滑る土浦の指を見ていた香穂子は、思わず呟いた。 途端にぴたっと音が止まって、土浦が驚いたように香穂子を見る。 「は?いきなりなんだよ。」 ぶっきらぼうに言い返してくる土浦の頬が少し赤くなっている事に気づいて香穂子は「あ」っと思った。 土浦と香穂子は世間一般に言う恋人同士というやつだ。 学内コンクールにそろって参加していた(させられた?)二人は同じ普通科出であるという事にくわえて性格のウマも不思議と合って仲良くなった。 その気持ちが友情より愛情に傾いたのも不思議なことではなく、最終セレクションの後、無事にお互いの想いを知ってめでたく恋人同士になった。 のは、いいのだが考えてみたら香穂子が土浦に向かって『好き』という単語を発したのは考えてみたら初めてだったのだ。 (・・・・告白の時は「愛の挨拶」で通じちゃったんだっけ。) 気づいてしまうとなんとなく気恥ずかしくて香穂子はあわあわと言葉を重ねた。 「や、その、だってピアノを弾く人の指って綺麗でしょ?ヴァイオリンは指先とか固くなっちゃうけど・・・・」 「そうか?俺の指なんかごついだけだろ。」 そう言って照れ隠しのようにぷいっと顔を背けて再び鍵盤に指を滑らせる土浦に、香穂子は大きく首を振った。 「ううん!そんなことないって!最初びっくりしたもん。土浦君ってもっと無骨な手かなと思ってたのに、指長いし、ほっそりしてるし。それが魔法みたいに鍵盤を動いてくでしょ?もう、見とれたね。」 力説する香穂子を曲を弾き続けながら土浦は見上げて言った。 「それでお前、俺が練習してると後ろに立ってたのか?」 「あ、うん。だって本当に綺麗だな〜って思ってたの。男の人なのにって。」 なんか負けたような気がしたよ、と冗談っぽく香穂子が言うと土浦は鍵盤に目を落として言った。 「そんな事ないだろ。」 「え〜?そんな事あるよ〜。」 「そんな事ない。」 何故かきっぱり言い切る土浦に首をかしげて彼を見るけれど、彼は鍵盤から顔を上げない。 そのまま言った。 「お前の指の方が綺麗だろ。見惚れてたのは俺の方だ。」 (うわ・・・・) かあっと頬が赤くなるのがわかった。 土浦は甘い言葉なんか言わないように見えて、時々こういう爆弾を無造作に投げてくる。 そのたびに香穂子は心臓に悪い想いをするのだ。 (これ・・・・確信犯だったら、すごいよね。) そうじゃないことは鍵盤から顔を上げない土浦の耳が赤くなってるあたりで察することが出来るのだが。 香穂子の口元が微かに緩む。 好きな人にこんなこんな事を言われて嬉しくない女の子はいない。 香穂子もにじみ出してくるような嬉しさを、それでもそのまま伝えてしまうのは何となく悔しい気もするので、結局さっきの言葉をもう一度繰り返した。 「私・・・・やっぱり、土浦君の指、好きだよ。」 ―― 何も答えず、鍵盤を1つ踏み間違えた土浦に、香穂子は楽しそうに笑った。 「ところで、香穂。」 「ん?」 「・・・・好きなのは、指だけか?」 「ふえ?」 「指だけ、か?」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・全部、丸ごと、ダイスキデス(///)」 〜 END 〜 |