Quadrille 〜今年最初で最大の願い事〜
俺は人混みは好きじゃない。 賑やかってのは嫌いじゃないけど、ただ騒がしいってのはごめんだ。 だから新年でごった返す鶴ヶ岡八幡宮へ初詣に行くなんて友だちに言われた時は正直、勘弁してくれって思った。 だってそうだろ? なんでまた好きこのんであんな人ばっかりの所へ行かなくちゃいけないんだよって普通なら思うだろ。 まあ、そうは思わない奴が世の中には・・・・ついでに言うなら俺の周りにもいたわけで、こんな事になったんだけど。 しかたないって諦めたのは、受験生だからお参りぐらいは行きたいって言われたから。 俺は別にいいんだけど。 ただ、あんまり普段同級生とは遊ばないせいもあって、たまにはいいかって気まぐれを起こした。 その気まぐれがまさか ―― こんな偶然を呼ぶとも知らずに。 「・・・・香穂子?」 駅前からすでにうんざりするような人混みの中に見つけた「そいつ」の姿に俺の口から転げ落ちた言葉は驚く程間抜けな音だった。 でもその声を聞きつけたのか、それとも思ったより距離が近かったのか、「そいつ」こと日野香穂子は振り返ってあっという間に俺を見つけた。 「桐也くん!?わー、偶然だね!」 驚いた、というより偶然の出会いに喜んでいる顔で香穂子が人波の中から駆け寄ってくる。 そんな仕草はいつも海岸通りで見てる姿とかわらないのに・・・・。 香穂子が動くたびにひらっと舞う袂、いつもは下ろしてるに今日は綺麗に結い上げてある紅茶色の髪に揺れる簪。 「なんで・・・・」 「ん?」 「なんで着物なんか着てんの?」 そう、香穂子は鮮やかな桜色の振り袖姿だった。 「え?変?」 俺の言葉に香穂子が慌てたように自分の姿を見下ろす。 いや、だからそういう事じゃなくて。 「別に、変じゃない。」 「?そう?ならいいんだけど。これお姉ちゃんのお下がりなんだよ。今年は珍しくお母さんが着付けするんだって張り切ってね。」 着慣れないせいか、少しぎこちない動作で袂を振って見せて香穂子はにこにこ笑う。 その仕草にやたらと鼓動が跳ね上がったのを自覚して俺は内心呻いた。 理由はわかってる。 目の前のこの呑気な顔で笑ってる香穂子が、未だに好きだと言えていない俺の好きな人というやつで。 そのうえ、こんな格好をされたら・・・・。 「桐也くん?どうかした?やっぱり変?」 黙ってしまった俺を不審に思ったのか、香穂子が首をかしげて覗き込んでくる。 思わずのけぞりそうになったのを何とか堪えた。 見慣れない格好ってだけなのに、うっとうしいぐらいにいちいち心臓が反応する。 「だから変じゃないって。」 「でも、態度が怪しい。」 いつも思うんだけど、どうして香穂子は恋愛感情にはやたらと鈍いくせにこういう時は鋭いんだ。 ・・・・わかったよ、認めるから。 「似合ってる・・・・可愛いんじゃないの。」 「え?」 人が折角褒めたってのに、そのもの凄く意外そうな顔はなんなんだ? その顔のまま香穂子は数回瞬きをして。 「えっと、その、ありがと。」 ―― その笑顔(かお)は反則。 思わず目を逸らした俺の目に映ったのは・・・・いかにも興味津々な友だちの姿。 「!」 「あ、気づかれた。」 「悪い。邪魔する気はなかったんだ。」 「そーそー。どうぞ続けて続けて。」 「は?何言ってんだよ。」 変な気を使う、と言うか本当に言葉通り俺と香穂子の会話に興味があるんだろう友人の言葉に俺は顔をしかめた。 そんな俺の横から香穂子がちょこんっと顔を出して。 「お友達?初めましてー。日野香穂子です。」 「あ、ども!」 「は、初めまして!」 慌てて頭を下げる友人達の顔がちょっと緩んでる事に俺の機嫌が俄に下降する。 当たり前だ、これ以上ライバルなんて増やしたくない。 「ところで、何?あんたも初詣?」 強引に香穂子の視線を引っ張り戻した俺に恨みがましい視線を感じたけど、そんなのはもちろん無視だ。 「そうだよ。みんなと。」 「へー、みんな・・・・みんな?」 何気なく復唱して、不意に何だか嫌な予感を覚えた。 家族ならまだいい。 でも「みんな」? 香穂子がそう称しそうなのは、たぶん・・・・。 俺がそう思った時、人垣の向こうから聞き覚えのある声がした。 「おーい?日野ー?」 「さっきまでいらしたんですけど、香穂子先輩。」 声の方に目を向ければ、見たことのあるとてもピアノを弾くとは思えない長身の男と、少し気弱そうな女の子の姿が見えた。 「あ!探されちゃってる。」 「なあ、まさかあんたが一緒に来てんのって・・・・」 「ん?アンサンブルのみんなだよ?」 やっぱりか!と俺は盛大に顔をしかめた。 アンサンブルのみんな、は香穂子にとっては大事な仲間で ―― 俺にとっては最大の恋敵達なわけで。 「じゃあ、私行くね!あ、そうだ。」 彼らの方へ向かおうとして香穂子は思いだしたように振り返る。 そしてぺこっと頭を下げて。 「明けましておめでとう。今年もよろしくね!」 顔を上げた香穂子の動きに合わせて袂がヒラリと舞う。 フワフワの着物用のマフラーに縁取られた顔がにっこりと笑って。 それは着物を着ているにしてはどうなんだろう、と思うぐらい威勢良く人波を戻っていく香穂子を目で追いながら、俺は側で成り行きを見守っていた友人達に言った。 「・・・・ごめん。」 「「「は?」」」 「悪いけど、俺用事ができた。」 「え?」 「あ、おい!桐也ー!?」 驚いている友人達の声を背に、俺はさっきの香穂子にも負けない勢いで人波に駆けだした。 だってそうだろ? あんな姿の香穂子を見逃してやるほど俺は馬鹿じゃないし。 まして、蓮さんや葵さんや梁太カさんに抜け駆けされる気もさらさらない。 だから ―― 「香穂子!」 人混みの中をひらひらと舞う香穂子の着物の裾を掴む直前、あんまり神頼みとかしない俺の頭に一つだけ願い事が浮かんだ。 ―― 今年こそ、このやたら鈍感でやたら魅力的な奴を捕まえられますように!! 〜 END 〜 |