Kinderszenen
―― それは今より少し前の物語・・・・ 「ねーねー、ハルちゃんと宗介はどんな女の子が好き?」 「「は?」」 ジージーとセミの声が降り注ぐ瑞島神社の境内でブランコに乗った少年の言葉に、近くにいた二人の少年がきょとんとした顔をした。 その反応に、ブランコに乗っていたオレンジ色の髪の少年 ―― 新は勢いをつけてぽんっとブランコから飛び降りるとほっぺたを膨らます。 「も〜、反応悪いよ!」 「は、反応って・・・・」 「宗介、相手にするな。どうせまた新が適当な事を言っているだけだ。」 何と答えたら良いのか一瞬迷った少年、七海宗介に、隣にいた悠人は小学校を出てすぐとは思えないぐらい落ち着いたため息をついて断じた。 「え〜、ハルちゃん酷いよ〜。」 「酷くない。大体なんだ、久し振りに来たかと思えば行き成り。」 「いきなりかなあ。ハルちゃん達は学校でそういう話しないの?」 くせっ毛の頭をちょこんっとかしげてそう聞かれて悠人は眉間に皺を寄せる。 「しない。」 「宗介は?」 「俺もあんまり・・・・」 考えるように首を捻る宗介の返事に、新はむ〜、と頬を膨らませた。 「え〜!じゃあ今考えてよ!今!」 新らしい無邪気なわがまま全開でそう言われて悠人と宗介は顔を見合わせた。 「今考えるったって、なあ?」 「そもそも、まだ僕たちには早いだろ。」 女子ならともかく、男子に関してはまだまだ友だちとわいわいやる事が生活の中心なのだ。 けれど、ブラジルの学校に通い始めた新にとっては違うらしい。 「そんな事ないよ!ハルちゃんも宗介もコドモだなあ。」 オレ達の学校だと当たり前に話すよ、とやけに胸を張って新にそう言われて、悠人と宗介の闘争心に火が付いた。 「別に俺だって考えた事ないわけじゃない!」 「ああ。」 「ふーん?ホントに?」 「な、なんだよ!そんな事言う新の方こそ、どんな子がタイプなんだよ?」 「オレ?」 宗介にやり返されて新はくりっと目を見開いた。 そしてうーん、と首を捻る。 人に話を振っておいて自分は何も考えてなかったのか、と悠人と宗介は毒気を抜かれた。 「結局、お前も考えてないんじゃないか。新。」 「うーん、こないだそう言う話になったのは確かなんだってば。ちょっと待って。思い出すから。」 思い出すとか、そういう問題か?と思ったものの、新が珍しく真面目に考え込んでいるので茶々を入れるのはやめて一応待ってみる事にする。 ―― ミーン、ミーン、ミーン。 暑さを増長させるようなセミの声に悠人は何となく日陰を投げてくれている木に目をやり、宗介は僅かばかり空気を動かした温い風に額の汗を拭った。 夏の午後の気怠い空気がこの三人にしては珍しい沈黙を後押しして、頭にぼんやりと霞をかける。 (・・・・好きな人・・・・) 新の投げ入れた言葉が波紋になって緩く思考に広がっていくのを悠人も宗介も感じていた。 宗介だって悠人だってまったく恋愛というものに興味が無い、というわけではない。 けれどクラスの女子の顔を思い浮かべてみてもどうもしっくりこなかった。 と、その時。 「あ、そうだ!明るい子!」 ぽんっと手を打って新が叫んだ。 少しばかりぼーっとしていた二人はその声に我に返って・・・・それから二人揃って苦笑した。 「明るい子って、新。」 「ずいぶん抽象的だな。」 「えー?そっかなあ。」 「まあ、新らしいっていえば新らしいけど。」 宗介の言葉に新は「そうでしょ!」とにぱっと笑う。 「宗介、甘やかさなくていいぞ。こいつはすぐ調子にのるから。」 「ええ〜、ハルちゃん、その言い方ひどい!オレはちゃんと答えたのに!」 「明るい子か?」 「うん!」 新は大きく頷いた。 「オレは楽しい事を見つけたら一緒に楽しんでくれる子がいい。一緒に笑って一緒に騒いでくれる、明るい元気な子がいいな。」 あまりに新らしいセリフに悠人と宗介は顔を見合わせて笑った。 「ええ!?なんで笑うの!?」 「だって、なあ?」 「そんな新の彼女がそんなに元気な子だったら、相当賑やかそうだよね。」 ただでさえ賑やかな新と、同じ様なタイプを想像するだけで賑やかさ×2倍だ。 それはそれでどこか微笑ましい光景かもしれない、と二人は思ったが新としては馬鹿にされたと思ったらしい。 不満そうな顔で宗介に向き直ると言った。 「じゃあ次は宗介の番!オレはちゃんと言ったんだから教えてよ。」 「ええ!?お、俺?」 「もちろん、オレだけ言って宗介とハルちゃんが言わないんじゃ卑怯でしょ?」 いや、お前は勝手言ったんだし、という反論をしてもよかったのだが、負けず嫌いの宗介を動かすのに「卑怯」の一言は非常に有効だった。 というわけで、うーん、と考えた後・・・・。 「・・・・優しい人、かな。」 ぽつっと呟いて、自分の言葉に宗介は赤くなる。 その反応に新は「宗介、カワイイ!」と笑い、悠人にぺけっと殴られた。 「は、ハルちゃん、酷い!」 「お前が茶化すのが悪い。」 「う〜〜〜・・・・じゃあさ!どんな感じに優しい人がいい?」 「え?どんな感じ?」 「もうちょっと具体的にってこと!」 そう言われて、宗介は軽く首を捻って。 「俺が落ち込んでたりしてるときでも、ずっと側にいてくれる人、かな。無理に励ましてくれなくてもいいから、側にいてくれるだけでいい・・・・・・なあ、なんて。」 ふわんっと夢見るように少しだけ頬を染めて言う宗介に、見ていた二人もなんとなく照れくさくなる。 「な、なんていうか・・・・お前も結構恥ずかしいな、宗介。」 「なっ!そういうハルはどうなんだよ!?」 「そうだよ!オレ達が言ったんだから、次はハルちゃん!」 「言わないっていう選択肢は」 「「ない!」」 さあ言え、と新と宗介に迫られて、悠人ははあ、とため息を1つついた。 「僕は、芯のある人だ。」 「芯?」 首を捻る新に悠人は頷いて言った。 「自分の芯がしっかりしてる人がいい。普段は少しぐらい頼りなくても、いざと言う時は誰よりも真っ直ぐに目標に向かえるような、そんな人が。」 「それはハルらしいな。」 「え〜?固すぎない?」 唯でさえハルちゃんが固いのに!という暴言に、またぺけんっと新の頭がいい音を立てる。 「Aii!!」 「ははっ!今のは自業自得だよ。」 「宗介の薄情者〜〜〜。・・・・でもさ、もしかしてーって思ってたけどオレ達ってやっぱりタイプ違うんだね。」 「ああ。」 「そう言えばそうだな。まあ、ハルと新が同じとかなさそうだけど。」 宗介のセリフに悠人は大きく頷き、新は膨れた。 「なんかオレ、馬鹿にされてる気がする。」 「別にそんな事ない・・・・と思う、多分。」 「多分!?」 ひどーい!と顔をしかめた新だったが、ものの数秒でその表情が明るいものに変わった。 この切り替えの早さが新の長所ではあるが、慣れたとはいえ少々呆れる二人に新は気にした様子もなく言った。 「じゃあ、オレ達はライバルにはならないね!」 「「は?」」 「だーかーら!同じ女の子を好きになるって事は無いかなって。」 「ああ、そう言う意味か。」 「まあ、そうだよな。タイプが違うんだし・・・・。」 新の言う事にしては一理ある、と頷く二人に、新は「それならさ!」と楽しそうな声を上げる。 「二人に好きな人が出来たら教えてよ!オレ、宗介好みの「優しい人」にも、ハルちゃん好みの「芯のある人」にも興味ある!」 「・・・・なんか、お前にそう言われると紹介したくない気がするな。」 「ええ!?そんな事言うなら宗介にはオレの好きな人、紹介しないよ?」 「僕は遠慮する。新が二人なんて考えただけで頭が痛い。」 「ええーーー!?」 盛大に不満そうな新の声が瑞島神社の境内に響き渡り、宗介は軽やかな笑い声を上げ、悠人はうんざりしたように顔をしかめる。 そんな三人を見守るように木々の間から賑やかな蝉の声が降り注いでいた―― ―― ミーン、ミーン、ミーン。 「・・・・なんて言ってたのにな。」 今日も今日とていつぞやの午後と変わらぬ厳しい夏の日差しと蝉の声が降り注ぐ中、悠人はぽつっと呟いた。 横には新と宗介がいる。 が、あの時とは違い、三人がいるのは瑞島神社の境内ではなく山下公園の一角だ。 そしてあの時とは違う体格を違う制服に包んだ三人が見つめる先には。 「まさか、三人のタイプが重なるような人がいるなんて思わなかったよ。」 そう言いながらも宗介が目を離さない先には、公園の広場でヴァイオリンを奏でる一人の少女が立っている。 特筆すべき美貌があるようなタイプではない、ごくごく平凡な三人より1つ年上の少女。 でも彼女 ―― 小日向かなでこそが、まったく違うタイプを上げていた三人の、共通の好きな人なのだ。 しかも誤算はそれだけではなく。 「・・・・あっ!ハルちゃん!あっちに東金さん達がいるよ。」 「何!?まったく、どこかでライブでもやっていればいいのに、なんで先輩の音を聞きつけてくるんだ。」 「天宮さんもずっとあっちで聴いてるし・・・・」 「火積先輩は絶対、照れが先にたって出足が遅いと思うけど、近くで聴いてる響也さんはマズイよね。」 「ああ。」 頷いて見回す先には、かなでを取り囲む聴衆の中にちらほら見え隠れする恋敵達の姿がある。 誤算だったのは、小日向かなでという人は三人を惹き付けただけではなく彼女に関わる人をやたらめったら引き寄せてしまうところがあった事。 しかも年下というハンディを負っている三人の決断は早かった。 お互い恋敵ではあるけれど、それより先輩達の毒牙からかなでを護るのが先!と。 と、いうわけで。 「よし、新。曲が終わったらいつもの空気を読まないパワーで先輩を確保しろ。」 「ちょっ、ハルちゃん、空気読まないって・・・・」 「読まないだろ?」 「読まない。」 「ふ、二人ともひどい〜。」 「いじけるな。今はそれが役に立つんだ。後から僕達がさりげなくガードする。」 「うう・・・・でもわかった。かなでちゃんと遊ぶためだし!」 握り拳で新が決意を固めた時、ちょうど曲が最後のフレーズに入った。 日々を追う毎に甘やかさと軽やかさを増していくかなでの音に、三人は一瞬聴き惚れる。 そして、ブラボーのかけ声を合図に新がスタートを切った。 「かっなでちゃーーーんっ!!」 まだ拍手と余韻の残る中をもろともせずに駆けていく新を見て、悠人と宗介は顔を見合わせて自分達も走り出した。 新の声にビックリしたような顔しているかなでの元へ。 ―― いつか、かなでは誰かを選ぶだろう。 それが自分達の中の誰かなのかはわからない。 三人のうち、誰かが選ばれて二人が切ない想いをするのかもしれない。 それでも。 「かなでちゃーん!」 「あ、新くん!苦しいから〜!」 「こらっ!!そこまでしろとは言ってないだろ!」 「そうだぞ、小日向さんから離れろ!新!」 「え〜、やだ〜。」 ―― もう少しこんな関係も、悪くないかと思うのだ。 〜 Fin 〜 |