Canon 〜天羽ちゃんの昼休み〜
古今東西、高校の昼休みというものは騒がしいものと相場が決まっている。 そして横浜の閑静な住宅街にあって音楽科も備えている星奏学院といえど、それは例外ではないようで。 ざわざわと騒がしいエントランスのベンチでパックのジュースを飲んでいた天羽奈美は人捜し顔でエントランスを歩いてくる知った顔を見つけた。 「おーい!加地くん!」 「!天羽さん!」 パタパタと駆け寄ってくるのは、つい最近転校してきた加地葵。 長い足とサラサラの茶髪でなかなかの伊達男な加地はエントランスにいる女子生徒の注目をよくひく。 その彼が真っ直ぐ向かってくるのが自分というのはそれなりに気分が良いものだ。 ・・・・この後の第一声が完璧に想像できても。 「ねえ、天羽さん「日野さん見なかった?」」 後半のセリフを見事に二重奏にして見せた天羽は、半ば呆れ顔で肩を竦めた。 「やっぱり。誰探してるな〜、と思ったらビンゴだね。」 「うわ、驚いた。天羽さんすごいね。」 人好きのする笑顔でそう言われて天羽は内心苦笑する。 すごいね、と言われるようなものでないことはこの星奏学院の特に日野香穂子の周りにいる人間ならばわかるだろう。 なにせ、自称香穂子の一番のファンを名乗るだけあって、加地が香穂子にどっぷりのめり込んでいるのだから。 「加地くんが探すっていったら日野ちゃん以外思いつかないでしょ。」 「あれ、そう?」 「間違いなくそうだって。」 「そうかもね。僕、日野さんのファンだから。」 にっこりと悪びれもせずにそういう加地が、天羽はわりと嫌いではなかった。 だから少しだけ意地悪な笑みを浮かべて声を潜めて言った。 「ファン、でいいわけ?」 「もちろんファンでいいよ・・・・今のところは。」 変わらない笑顔が少しだけいたずらっぽく揺れた事に気がついて天羽は声をたてて笑った。 「まあ、頑張って。最近、日野ちゃんに避けられてるんでしょ?」 「!なんで・・・・」 「知ってるの?は愚問。報道部をなめちゃいけないわよ。」 にやりと笑ってみせると加地は困ったように眉を寄せて・・・・初めて、ちらりと切なそうな表情を浮かべた。 「やっぱり避けられてるように見えるよね。」 「まあ、前までは一緒に練習してたのがパタッとしなくなったらねえ。」 「・・・・そっか。」 力無くため息をつく加地の腕を天羽は元気づけるようにポンッと叩いた。 「ま、頑張りなさいよ。前進あるのみって感じで攻めてきたんだから。で、日野ちゃんなんだけど。」 「!どこにいたか知ってるの?」 「さっき屋上・・・・」 「わかった!行ってみるよ!ありがと。」 途端に踵を返して小走りに去っていく後ろ姿を呆気にとられたように天羽は見送る。 ・・・・そして、完全にその姿がエントランスから消えた所で、天羽はため息を一つついて呟いた。 「・・・・から、私と一緒にエントランスに来たって。もういいよ、日野ちゃん。」 そう言って天羽が声をかけたのは、ベンチの背とその横の観葉植物の鉢の間。 「・・・・ありがとう。」 「どういたしまして。にしてもあんたも相当無茶な避けっぷりねえ。」 「ううう」 ベンチの背から脱出して天羽の隣に腰掛けた日野香穂子は、はああ、と深いため息をついた。 「まったくどうしちゃったのよ。前は別に加地君の事も特に気にしてる様子もなかったじゃない。それが急に全面回避なわけ?」 「う〜・・・・」 香穂子は呻いた。 呻いて左右を確認して、ざわめきに紛れるほどに小さな声でぼそっと。 「・・・・だって、どうしたらいいかわかんなくなっちゃったんだもん・・・・」 「・・・・はあ?」 何を今更、と言わなかった自分は結構すごいと天羽は思ったが、香穂子には今の言葉でも充分ダメージだったらしくはあああ、と深いため息をついてしまった。 「前はね、本当にお世辞も上手だし話しも面白いな〜って思ってただけだったんだけど、最近駄目なの。」 「最近。」 「うん。なんでかわかんないんだけど、こういう風に言ってくれるのは本気なのかな、とか他の子にもこうなんじゃないかなとか考えちゃって・・・・」 なんだか落ち込むばっかりなんだよね、と呟く香穂子の横で天羽は内心ため息をついた。 (これっていわゆる無自覚の・・・・) と、その時、エントランスの入り口の方で天羽の目に人影がとまる。 「・・・・ね、日野ちゃん。」 「ん〜?」 まだ物思いにふけっていたらしい香穂子はその人影には気がついていないようで。 「あのさ、避ける方が逆効果っていう説もあるよ?」 「え?」 「ほら、避けてる間、いろんな感情が溜まってるからそれで会っちゃうと大爆発!」 「ええ!?」 「見つけた!日野さん!!!」 「!?」 「・・・・ほら、大爆発。」 「じゃあね!天羽ちゃん!」 ぼそっと呟いた天羽の言葉を聞いていたのかいないのか、香穂子はベンチから立ち上がると脱兎のごとく加地が向かってくる方向と逆方向に逃げ出した。 「ちょっ!待ってよ!」 それを追って加地がまたもすごい勢いで自分の目の前から去っていくのを目で追って、天羽ははあ、とため息をついた。 「・・・・なんというか、まあ。」 全速前進な加地の気持ちに、無自覚ながら気がついてしまったらしい香穂子。 となれば、結果は火を見るより明らか。 キーンコーンカーンコーン・・・・ 予鈴の音を聞きながら、パックのジュースを最後まで飲み終えた天羽は少しだけ肩を竦めて呟いたのだった。 「ネタとしては、報道記事よりロマンス小説よね。」 〜 Fine 〜 |