Animato 〜 着メロ騒動 〜



―― その時、その女の子達の会話に耳を止めたのはほんの偶然だった。

「私はもちろんハバネラ〜。」

「あんた柚木先輩のファンだもんねえ。」

「そっちこそ、ツィガーヌじゃない。バレバレなんだから。」

「なになに?何の話?」

普通科の廊下を歩いている時にクラシックの曲名を耳にしたことに興味を引かれて、長柄の教室へ向かっていた火原は盛り上がっている女の子達の輪の中にちょこっと顔を割り込ませた。

知っている人がいるかいないか分からないのに、いきなりこういう事が出来るのは火原のすごいところであるが、今回は知り合いがいた。

長柄のクラスメイトで時々しゃべる女の子だ。

「あ、火原っち。どうしたの?昼バス?」

「うん、そーだけど。ところで何の話してたの?クラシックの話?」

人なつっこい笑顔でそう言われて女の子達はクスクス笑う。

「クラシックの話のような、そうでないような。」

「なんていうか、ねえ?」

「好きな人の話、かも?」

「???どういうこと?」

謎かけのような女の子達の言葉にますます首をかしげる火原に、知り合いの子が説明してくれた。

「最近流行ってるの、自分のファンの人がセレクションで演奏した曲を着メロにするのよ。」

「へ?着メロ?」

「うん。コンクールが始まるまで知らなかったけど、セレクションで引いてる曲って結構有名なのが多いんでしょ?探してみたら着メロになっててさ。」

「あー、そうだよね。俺もやってる。」

「でさ、せっかくだから、好きな人が演奏した曲がいいじゃない?」

そう話を振られて火原はどきっとする。

(みんな考えることって同じなんだなあ。ということは、学校で着メロが流れると、誰が好きかバレバレって事?
それはちょっと・・・・)

一瞬自分の携帯がちゃんとマナーモードになっていたか考えてしまった火原に、女の子の一人が楽しげに話しかける。

「でもさ、セレクションで聞いた時は柚木先輩が弾いた曲としか思わなかったんだけど、ハバネラって結構綺麗で良い曲なんだよね。毎日聞いているうちに気に入っちゃった。」

「そう?そうだよね〜。俺もあの曲好きー。」

答えながらなんとなく火原は嬉しくなる。

こんな風に興味を持ってもらえるのが一番嬉しい。

そんなどこかホコホコした嬉しさにつられて話し込んでしまった火原は見事昼バスの約束を忘れ、長柄に怒られるはめになったのだが。















その日の放課後。

火原は音楽科の校舎を屋上に向かって爆走していた。

「うっわ〜、やばいよ。遅れちゃった!長柄ってば説教長い!」

元はと言えば話し込んだ自分が悪いのだが、その辺を都合良く無視して普通科の友人に文句を言いつつ、やっとたどり着いた屋上ドアを引き開けた。

と、同時に叫ぶ。

「香穂ちゃん、ごめん!!」

「わっっ!?」

火原の声に驚いたのか、はたまたいきなり名前を呼ばれた事に驚いたのか、屋上の真ん中にいた女の子が驚いた声を上げる。

他の生徒がほとんどいなかったのは幸いか。

その中のひとり、大声で名前を呼ばれた少女は背半ばまである髪を揺らして振り返って、戸口に立っている火原を見てにっこりと笑った。

「和樹先輩。」

贔屓目を差し引いても可愛い笑顔と、嬉しそうに呼ばれた自分の名前に、火原の胸がトクンとひとつなった。

(わわ、香穂ちゃん、それ反則〜。)

名前をよんだだけで反則も何もないもんだが、それだけでフワフワと嬉しくなってしまうぐらい彼女 ―― 日野香穂子が好きな火原としては十二分に反則だった。

おかげで一瞬、何を言うか忘れて言葉がしどろもどろになってしまう。

「あ、えっと、ごめんね。遅れちゃって。」

「大丈夫ですよ。私も終わってすぐ来たって遅れる時間だったんですから。」

確かに普通科に在学している彼女は校舎の関係上、ホームルームが終わってからすぐに教室を飛び出しても火原より先にここにはつけない。

とはいえ。

「だって、女の子を待たせちゃうなんてさあ。」

いかにも不覚、という感じの火原に香穂子はくすくす笑った。

「なんですか?男のロマン?」

「・・・・香穂ちゃん、最近それ、俺をからかうネタにしてない?」

「してないですって。とにかく気にしないで下さい。それより合奏してくれるんですよね?」

「うん!もちろん!」

それを楽しみに今日一日授業に耐えてたんだから!・・・・なんて本音をうっかり口から出しそうになって火原は慌てて飲み込んだ。

合奏しようと約束したのは昨日の放課後だ。

それから今までずーっと楽しみにしてたなんて言ったらさすがに恥ずかしい。

(でもすごく楽しみにしてたのはホントだけどね。)

いつもは偶然でないと会えない香穂子に、今日は絶対に会える。

それが嬉しくって一日上機嫌でいられたなんて、自分でもなかなか単純だと思うけど。

「先輩?どうかしたんですか?」

「え?あ、ううん。なんでもない!と、とりあえず楽器出すよ!」

一瞬黙った火原を不審に思ったのだろう香穂子に覗き込まれて、火原は慌てて誤魔化すと楽器ケースを開けて支度を始める。

と、その時 ――

チャラチャラッチャラッチャラ〜♪

チャララチャラチャラッチャラッラ〜♪

唐突に軽やかな音楽が流れた。

(あれ?)

軽いタッチのそのメロディーには聞き覚えがある。

(エンターテイナーだ。)

なんて考えていたら、香穂子が自分の鞄に飛びついた。

「ごめんなさい!」

謝りながら香穂子が鞄から出したのは、携帯電話だった。

楽しげに第二主題を奏でる携帯を慌てて開けてボタンを押すと、なり出した時と同じように唐突に音楽が止まる。

ちょっとだけディスプレイを確認しただけで、香穂子は照れたように笑いながら言った。

「マナーモードにし忘れてました。」

授業中にならなくて良かった〜、と苦笑している香穂子を見ながら、火原は思わず呟いていた。

「それって・・・・」

(土浦が弾いた曲だよね・・・・)

言葉にならなかった言葉が苦く胸の内に広がる。

昼間の女の子達との会話を思い出したからだ。

香穂子もあの女の子達と同じように ―― 好きな人の弾いた曲を着メロにしているんだろうか。

(いつでも・・・・土浦を思い出せるように?)

そう思った途端、痛いような苦しいような想いが襲ってきて火原は思わず俯いた。

鏡がないからはっきりとはわからないけど、きっと今酷い顔をしてると思ったから。

(香穂ちゃん、土浦と仲いいしなあ。)

こういう時に限って時々見かける香穂子と土浦が楽しげに話しているシーンなんか思い出したりして、ますますどうしようもない気分になる。

・・・・しかしそんな火原の耳に転がり込んできた言葉は予想通り照れた、完全に予想外の言葉だった。















「そうですよ・・・・・火原先輩が吹いた曲です。」















「・・・・・・・・・・・・・・へ?」

「へって、忘れちゃったんですか?第2セレクションで吹いてたじゃないですか。」

「あ・・・・」

(そういえば吹いたかも。)

記憶をたぐり寄せれば、確かに第2セレクションで吹いた気がする。

「でもエンターテイナーっていったらピアノじゃないの?」

「あ、そういえばこないだ土浦君が弾いてましたね。」

まさに今思い出しました、といわんばかりに答える香穂子。

どうやら香穂子の中では忘れられていたらしい。

土浦には不憫な話である。

(じゃあ、香穂ちゃんの中ではエンターテイナーは俺が吹いた曲なんだ。)

そう思った途端、ジワッとさっきとは逆に嬉しさと少しの期待がわいてきた。

(昼間の子達みたいに香穂ちゃんが考えたのかわかんないけど・・・・)

でもやっぱり期待する気持ちが抑えられないのが、恋の魔力というやつなわけで。

それを少しの勇気にかえて、何気ない風を装って火原はぽそっと言ってみた。

「香穂ちゃん、俺の着メロってさ・・・・ロマンス、ト長調だったりするんだよ。」

「え・・・・?」

―― 聞き返した香穂子の頬が少し赤かったのが気のせいでないなら、小さな期待は無駄にはならない・・・・










かも、しれない。















                                             〜 END〜
















― あとがき ―
クラシックの着メロって実は種類が豊富で、最近ではすごくいい音ですよね。
初めて16和音携帯で「魔法使いの弟子」をダウンロードした友人に聞かせてもらった時、打楽器の音まで収録されている事に吃驚したけど。
そんな事を思い出していて「・・・・絶対火原はロマンスを着メロにするよね」と思って出来た話でした。

※タイトルは楽典「曲想・奏法に関する表現法」より「活気をもって・生き生きと」
なんとなく話全体がエンターテイナーのイメージで書いたのでこんな題を付けてみました。副題がちとまぬけ(^^;)