羨ましいと思う理由



「あーあ。おれっちも姫さんに触りてえなあ。」

稽古の合間の休憩中、なにやらしみじみと陽太の呟いた言葉に、近くで茶を飲んでいた鬼格と淋は盛大に顔をしかめた。

「ハチスカ。お前はまだそんな事を言っているのか。」

「だってよぉ。みんなばっかり姫さんに触れるのにずるいじゃん。」

「ずるいってなあ。前も言ったが触れるからってそんな気安く触るもんじゃないだろ。」

以前にも葵座の中で唯一神器持ちでない陽太が、自分だけ姫さんこと葵に触れられないとぼやいた時に言った台詞を繰り返して、淋は呆れた様にため息をついた。

しかし今回は陽太はジトッとした目で淋を見すえて。

「・・・・おれっち知ってるんだぜ。」

「は?」

「そんな事言って、おリンが時々姫さんの手をにぎってんの。」

「なっっ!」

思わぬ反撃に淋は手に持っていた湯飲みを落としかける。

「あ!あれは!あいつがしょっちゅうふらふらしているからでっっ!」

どっかいかないように引っ張ってるだけだ!と主張する顔が赤くては、言い訳の説得力は半減である。

案の定、眉間に皺を寄せた鬼格が複雑そうな顔で淋に言った。

「淋。姫にたいしてふらふらとはなんだ。まあ、お前の事は信じているが、よもや、姫に不埒な行為など・・・・」

「そういうキカクだってよぉ」

「は?俺がなんだ?」

「・・・・姫さんの髪、触んの好きだろ。」

「ぶっっ!」

「寿さん!?」

まさか!?という顔を今度は淋に向けられて、噎せかかった鬼格は慌てて首を横に振る。

「ハチスカ!誤解を招くような事をいうな!別に俺はっっ!」

「そーんな事言ってるけどさ、その!」

言葉を切って陽太はびしいっと鬼格の懐を指さした。

「懐に女物の櫛、もってんだろ。で、『姫、御髪が乱れております』とか言って直してやってるの、おれっちは何度も見てるんだからな!!」

「っっっ!!」

まさかの図星だったのか、頬を染めたまま絶句する鬼格に追い打ちをかけるように淋が呟いた。

「まさか、寿さんまで・・・・」

「ち、違うぞ!?俺は別に邪な考えがあるわけではない!」

「俺だって別にあいつの手を引くのに他意なんかありません!」

「そ、そうだな。淋は姫の為を思って手を引いて差し上げているのだな。」

「はい。寿さんもあいつが恥をかかないように調えているんですよね。」

「ああ!そうだ!」

「そうですよね!」

はっはっはっ。

やや白々しい笑いでお互いそれ以上追求しない、と暗黙の契約を結んだ鬼格と淋の耳に、更に白々しい陽太の声が届いた。

「そっかー。おリンやキカクが姫さんに触るのは下心なんかじゃないんだなー。・・・・あそこで今まさに姫さんに触ってるケンスケみたいじゃなくて。」

「「!?」」

棒読みの台詞に振り返った淋と鬼格の目に写ったのは、なにがどうしてそうなったのか、同じく休憩中で乙姫甲姫の差し入れを食べていたはずの葵が、剣助の膝の上に捕獲されている姿で。

「!ケンスケっっ!!」

「何やってんだ、あの馬鹿!」

困ったように顔を赤くしてジタバタしている葵の姿を見るやいなや、すっとんでいく鬼格と淋の姿を見送って ―― 陽太は珍しくため息を一つついた。

(胸ん中がもやもやする。)

最近ずっと自分の中で燻っている感情をそう称して、陽太は胸を軽く叩いた。

七巳からあまり深く考えるなと言われて以来、物事考えるより先に行動してきた陽太には、その感情に付ける名前がどうも思いつかない。

けれど、誰かが葵に触れるのを見る度にもやもやするのは確かなのだ。

鬼格が触れる葵の髪は柔らかいのだろうか。

淋が触れる葵の手は温かいのだろうか。

剣助が抱きしめる葵の体はどんな香りがするんだろうか。

(・・・・・・・・)

むうっとらしくなく陽太が眉間に皺を寄せた時、ぽすんっと後頭部に衝撃が走った。

「?親分っ。」

振り返れば煙管くわえた七巳が立っていて。

「どうした?陽太。考え込むなんざ珍しいじゃねえか。」

「へ?そうっすか?考え込んでたってわけじゃねえんだけど・・・・ただ姫さんに触りたいなあって。」

「菩薩殿に?」

「へい。おれっち神器じゃないから姫さんに触れないけど、もし触れたらなあって思うんす。抱きしめたり髪触ったり、手つないだり。そんな事できたら、姫さん、どんな顔するかな。可愛いだろうなって。・・・・おれっち、今までこんな風に思ったことねえのに、姫さんだけは思うんすよ。触りたいなあって。」

そう言う陽太がどんな顔をしていたかは自身では知りようがない。

「あー・・・・・」

しかし、陽太を少年の時分から弟分としてきた七巳には手に取るように陽太の気持ちがわかってしまった。

そしてわかってしまったが故に、紫煙をはき出し、目を泳がせる。

陽太はドジは多いが馬鹿ではない。

だからいずれ自分の気持ちに気が付くだろう。

が、馬鹿ではないが、単純ではある。

故に気持ちに気が付かない今、もし葵に触れられる状態だったならば、自分の気持ちもわからぬままに、心(いや、本能か?)の命じるままに葵に突っ込んでいっていただろう。

「・・・・なんというか、これは神の采配かねえ。」

「?なんのことっすか?親分。」

「いや。」

軽く首を振ったところへ、「ハッチ!ナナミ!」と元気の良い声がかかって視線を向ければ、剣助の膝から救出された葵が笑って手を振っていた。

それを見た瞬間、ぱあっと明るくなる弟分の顔に七巳は苦笑して。

「まあ、なるようにしかならんと思うが・・・・万が一、菩薩殿に触れられるようになったら、ちゃんと手加減しろよ。陽太。」

「へ!?何のことっすか?親分ー!」

わけがわからない、という顔をしている無自覚な弟分の頭をもう一度七巳はぺけっと叩いたのだった。










                                         〜 終 〜











(でも触れるようになったらとりあえず夜這いです・笑)