鈴の音笑う恋心
初夏の気配漂う横浜の街角。 通りに向かって露台を広げたその店の前で、何故かぴたりと荒銀淋の足は止まった。 「・・・・?」 止めてしまってから、淋は自分でも僅かに首を傾げる。 それもそのはず、用事があるから足を止めたならともかく、その店は淋にとってはまったくと言っていいほど関係のない店だったのだから。 何せ露台に広げられているのは、初夏の日差しを受けてキラキラと輝く、いかにも娘好みそうな小間物ばかりだ。 かんざしや櫛、手鏡などに混じってれえすのりぼん等が混ざっているあたりが、横浜という土地柄を表しているのかもしれない。 葵座の中でも一際華奢でほっそりとした顔立ちの淋は女形として舞台に立つ事も多いので、こういう娘めいたものを手にする事もあったけれど、舞台で使うこういう小道具類はだいたい七巳が作る為、店でまで記にしたことはあまりなかった。 それに今 ―― 今年の三月からは葵座に女優が現れたので淋が女役をやる機会は大幅に減っていた。 (あ・・・・) と、そこまで考えて、既視感を感じた。 そう言えばここまで歩いてくる道すがら、考えていたのは、彼女のことではなかっただろうか。 彼女、こと水戸葵。 この春、葵座に現れた初の女優、というのは表向きで、その実はずっと淋達葵座が護ってきた双葉葵が人となって現れた姿・・・・らしい。 らしい、と言うのは未だかつて葵座の歴史においてこんな事態は起こったことがなかった上に、物言わぬ石の化身にしては、水戸葵という少女はあまりにも普通の人間の娘だったからだ。 (いや、普通じゃないか。) そう淋が思うのも無理はない。 何せ葵ときたらこの時代の人間が知っていて当たり前の事はまったく知らないくせに、淋にはさっぱりわからないような事を見てきたように語ったりする。 それに何より立ち振る舞いがこの時代の娘達と明らかに違った。 楚々と笑い男の影に密やかにある事が美とされる前時代の女性像を引きずっている女がまだ多い中で、葵はそんな事しりもしないというていだ。 快活に笑い、怒り、大抵の事にやたらと前向きに挑んでくる。 こちらに来た当初、しおれた花のようになっていたが、今となってはあれは相当だったのだろう。 わりと年も近いせいか、初期の頃から口げんかになりやすかった淋は呆れつつも驚いたものだ。 こんな女がいるのか、と。 けれど、葵はその持ち前の明るさと積極さで今やすっかり葵座にとけ込んで、ごくすんなりとその真ん中に座るようになっていた。 (まあ、そうじゃなきゃ俺達は今、ここにはいないんだけどな。) 普段はあまり興行先に選ばない横浜に今回やってきたのは、来世育ちだという彼女がそろそろ里心がつくころではないか、と心配した面々から出た提案のせいだ。 (寿さんやハチはあいつを甘やかしすぎだ。) 自分もその提案に大きな抗議はしなかった事を棚にあげて、淋は小さく息を吐いた。 (そのわりには、あんまり故郷には似てなかったらしいし。) とりあえず140年も先に事などわかるわけもないから、この時代における一番新しそうな場所ということで横浜につれてはきたものの、ここはここで、彼女の育ったところとは違ったらしい。 それでも珍しいと歓声をあげてはいたけれど。 (単純だから、無理をしてるって感じじゃなかったけどな。かと思えば、寿さんとの演舞が不安だとかなんとか・・・・) 野暮用で宿を出る時、宿の庭で鬼格相手に立ち回りの稽古をしていた姿が思い出された。 できない!無理!と一通り騒ぐものの、やることになってしまえば葵が人一倍一生懸命に練習するのは、もう5月の銀座公演でなんとなくわかっていた。 そんな所は悪くない・・・・とか、そんな事を思いながら歩いていて。 ―― 気が付いたら、足を止めたのはこの店の前。 (・・・・で、結局) 「わう?」 なんなんだ?と首を傾げた淋の足元で、一向に歩き出そうとしない主人を不思議に思ったのか愛犬の茂丹が鳴いた。 「ああ、悪い。」 「わふ?」 「いや、別に何があったってわけじゃないんだが・・・・。」 茂丹に応えてから淋が再度、店の露台に目を移したちょうどその時。 「恋人への贈り物ですか?お客さん。」 「はあっ!?」 不意に声をかけられて淋は思わず大きく顔を顰めた。 見ればこの店の店主らしき男が、予想外に大きな反応に驚いたように目を丸くしている。 「あ、すまん。驚かせた。」 「いえいえ、そのご様子ですと恋人ではなくて思い人でしたかな?」 「は?そんなんじゃ・・・・」 「はは、お若い方はまだ奥手と見える。ですが、うちの店のものに目を付けられたのはお目が高いですよ。うちじゃまだ他では扱っていない舶来品も・・・・」 そんなんじゃない、と言いかけた淋の言葉を遮って売り込みに入ってしまった店主の態度に、淋ははあ、とあからさまにため息をついてしまった。 確かに小間物屋の前に男が一人で立っていたら、恋人か思い人への贈り物を探していると誤解されても仕方がないかも知れないが。 (・・・・別に俺はあいつをどうこう思ってたわけじゃない!) ただ、なんとなく葵の事を考えながらここを通りかかって、露台を見て・・・・。 「・・・・あ」 キラキラと輝くかんざしやら何やらの中に、「それ」を見つけて、淋は思わず小さく呟いた。 「そうか。」 これを見つけたから足を止めたのだ。 「それ」は、小さな鈴だった。 赤い組み紐に、銀色の鈴が三つついたそれは、数ある小物の中では目立たない方だろう。 しかしその鈴が通りすがりに目に入った時、ふと淋の頭に葵が神器を使う姿が過ぎったのだ。 四月五月と続けて起きた裏紋事件では葵はどちらも淋を神器として使っていた。 淋は神器となると神楽鈴の姿になる。 自分が使われている姿を外から見られるわけではない。 けれど、戦い終わった彼女を鬼格や陽太が絶賛しているのを見ていて、何となく違和感を感じていた。 (・・・・あいつに似合うのは、俺みたいな神器の鈴じゃなくて、もっと別の・・・・) そう思っていた矢先に目にはいったのが、この鈴だった。 「こちらのかんざしなど、先日は外国のお客様にもお買いあげ頂いて」 そう言いながらやたら派手なかんざしを持ち出してくる店主を横目に、淋はその小さな鈴に手を伸ばした。 赤い組み紐で吊せば、ちりんっと可愛らしい音がする。 その音が、どこか葵の笑い声を思い出させた。 (あいつにはきっとこんなのがいい。こういうのを見たら喜びそうだし、それに・・・・) この鈴をちりんっと鳴らして葵が笑ったら、きっと。 ―― きっと、・・・・かわいい。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・っ!?」 頭の片隅で、けれどハッキリと聞こえてしまった自分の思考の一端に、淋の鼓動が跳ね上がった。 (なっ、何をっっ!) 今、考えた!? どっどっ、と急に血の巡りがよくなったかのように耳元で聞こえる鼓動に慌てて淋は鈴を露台に戻す。 「おや?そちらがお気に召したのではないんで?」 あからさまに不審な態度の淋に、店主が驚いたように聞いてくる。 それに淋は首を振った。 「い、い、いや、いい。」 「?それでは他のものはいかがでしょう?」 「いや、本当にいいんだ。邪魔したな!モニ行くぞ!」 「あ、お客様〜」 「わうんっ!」 やや未練を感じさせる店主の声を背に、淋は店に後ろを向けて歩き出す。 少し遅れて追いかけてきた茂丹が隣に並ぶのが直ぐに気配でわかった。 「わん?」 「・・・・なんだ、モニまで。」 「わふ。」 「だから、売れてもどうでもいい。大体買ったところであいつに渡せるわけないだろう!」 「・・・・くうん?」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 そうだ。 たとえあそこであの鈴を買ったにして、どうやって葵に渡せというんだ。 何せ葵と淋の関係といえば、舞台に立つにあたって特訓をしたり、他の顔ぶれに比べて口げんかが多かったり、そんな色気など欠片もないものばかりで、どの面下げて贈り物だなと渡せようか。 だからこれでいいんだ、とそう繰り返しながら、淋がざくざく歩を進める。 宿を出た用事そのものはもう終わっているから、後は戻るだけ。 店を後にして、横浜の街の雑踏を抜けながら、通りを一本渡って・・・・。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・くそっ!」 角を曲がれば、あの店は見えなくなる、というその時、淋が踏み出した足は ―― 180度後ろへ向いていた。 そして ―― ―― しばし後、さっき散々頭の中で渡せない理由を並べ立ててしまった以上、どうやって渡せば良いんだ、と頭を悩ませる淋の懐で、ちりん、と可愛い笑い声が鳴った。 〜 終 〜 |