〜愛でているのは花か華か〜



春は爛漫。

小鳥は歌い、蝶は舞い、遠く空には春霞。

冬の空とは一線隠す、暖かさを感じさせる青い空を背景に、満開に咲き誇るは桜の花。

とくれば ――

「美しい春に、乾杯!!」

『かんぱーい!!』

葵座座長、神鳴剣助の号令に、桜の下に一斉に杯が掲げられ軽やかな音を立てた。

春爛漫、桜の花も満開見頃となれば、花見をしないほうがむしろ無粋。

というわけで、本日の葵座一行は桜の下での大宴会としゃれ込んでいた。

「いやあ、桜の下で呑む酒は格別だねえ。」

「親分、いつも酒は格別って言ってるじゃねえっすか。」

「そう言ってやりなさんな、ハチ。あたしだって今日ばかりはナナミに賛成ですよ。」

一番切って杯を空にした七巳に二杯目をつぐ陽太に、その横でこれまたご満悦なのは宝船だ。

「その通りだな。花見酒ってえのは格別だよな。」

「お前達、飲み過ぎるなよ。」

七巳と宝船に同意するように杯を上げる剣助に釘を刺す鬼格。

実にいつも通りの葵座の宴会風景だ。

違う事と言えば・・・・。

「・・・・・・・」

「・・・・・・・」

常であれば鬼格に追随するはずの淋がえらく不機嫌そうな顔で、密の重箱をつついている事と、その横で葵が居心地悪そうにちょこんと座っている事だろうか。

で、楽しい宴会の席で、なんでこの二人だけこんなに不穏な空気を漂わせているかと言うと・・・・。

「えっと・・・・リン?」

「・・・・なんだよ。」

「その・・・・ごめん。」

「ああ?何を謝ってんだ?・・・・ああ、そうか。お前がうっかり俺と花見に行くってハチに口を滑らせて、で、気が付けば二人っきりの花見のはずが大宴会に発展したことか!」

「だからごめんってばぁ!」

―― と、言うわけである。

そう、そもそも、今回の花見の発端は淋が葵を誘ったことにあった。

昨年、ちょうど桜が満開の時期にこの明治の世に降り立った葵は、なんだかんだで去年は花見をすることはかなわなかった。

だから、せっかくだし今年こそは花見でも行かないか、と淋は葵を誘う事にしたのだが、そこは恋人同士なのだから二人っきりで行きたい・・・・と、思って誘ったわけだ。

しかし誘いは快諾した葵だが、元来の人懐っこい性格が徒となってうっかりハチこと陽太にその計画を話してしまった。

となれば、当然陽太は「いーなー!おリンばっかしずりいよ!」と騒ぐ。

おまけに悪い事に今回は大人組の剣助や七巳まで「花見に抜け駆けはよくないなあ」とか、「せっかくだから、多いに楽しみたいねえ」とか言い出して・・・・気が付いたら葵座春の大お花見大会になっていたというわけである。

「で、でもさ?みんなとお花見も楽しいよね?」

葵は葵座のみんなが大好きだし、淋だって家族のように思っているはずだ。

だから淋の意図を台無しにしてしまった事は申し訳ないが、宴会は宴会で楽しもうよ、というつもりで葵が淋に訴えると、淋は少しだけ渋い顔をして「・・・・まあな。」と呟いた。

その反応に、葵はホッとする。

せっかくのお花見なのだ。

あんまりにも不機嫌なままなのも悲しい。

やっとすこし雰囲気が緩んだ淋に寄り添ってやっと葵は密特製お重に手を伸ばした。

菜の花のおひたしや山菜などいかにも春を感じさせるその中から、卵焼きを取り出して口に運ぶとほんのりとした甘みと出汁の味が広がって我知らず葵はほほえんだ。

「おいし〜!」

「そりゃそうだろ。密の料理なんだ。」

当たり前だ、といわんばかりの口調に葵はくすっと笑う。

淋が兄代わりの密をどれほど大事に思っているかこういうときによくわかる。

そんな事を思いながら卵焼きを堪能していると、隣で菜の花を口に運んだ淋がようやく眉間の皺を諦めたように伸ばして、言った。

「・・・・まあ、この密の花見弁当が食べられたのはよしとするか。」

「そうだね。二人じゃこのお重にはならないもんね。」

「あくまで良しとする、だぞ。」

「はーい。」

釘を刺されて葵は首を引っ込めた。

けれど、一応のお許しが出た所で、ふと根本的な疑問が頭を掠める。

「でもさ、どうしてリンはみんなでお花見って言ったらあんなに不機嫌になったの?」

「はあ?」

再び眉間に皺が寄ってしまったのを見て、葵は自分の言葉が足りなかったことに気が付いて慌てて付け足した。

「あ、もちろん、私が勝手にしゃべっちゃったのは悪かったんだけど。そうじゃなくて、みんなでお花見でも別によかったよね?」

いつも物事わりとさっぱりしている淋にしては、今回は怒りが妙に長かった気がしてそう聞いた葵に淋はあからさまに顔をしかめて言った。

「本当に桜を見るなら、俺だって別に大勢だろうとかまわないけどな。」

「え?」

どういうことだろう?と葵が首をかしげたちょうどその時。

「お二人さん、難しい顔をしてないでこっちに混ざりなさいな。さ、姫御前。こっちの煮染めなんかいかがです?」

「姫さーん!こっちに桜餅もあるぜ!」

淋の垂れ流し不機嫌オーラがなくなったと見て取ってか、宝船と陽太が声をかけてくる。

「あ!ありがとう!桜餅食べたい。」

一時淋との会話を打ち切ってその声に応えると、次々にみんなが口を開く。

「姫、こちらにはも甘味がありますよ。」

「菩薩殿〜。お酌してくれると嬉しいなあ。」

「ナナミ、飲み過ぎはいけないよ?」

「お、ずるいぞ。ナナミ。双葉葵ちゃん、俺にも頼む。」

「はいはい。」

まだ始まって間もないというのにすでにお銚子を数本開けている大人組の要請にしたがって、葵は腰を上げようとした。

―― と。

「・・・・・・そら、見ろ。」

ぼそっと、聞こえた声に中途半端に腰を浮かせた葵が「え?」と振り返ろうとした刹那。

ぐいっと腕を引っぱられて。

「!?」

体勢を崩しかけた葵がそのまま突っ込んだのは・・・・淋の腕の中だった。

「え?え??」

「お?」

「ひゅ〜!」

「リ、リンっ!?」

突然の出来事に目を白黒させる葵と対象的に面白い事が起きてるとばかりに注目した葵座の面々に向かって、淋はびしっと指を突きつけると、高らかに叫んだのだった。










「こいつは俺だけの華なんだから、愛でるなら桜にしろっ!!」

「!!!」










―― 春は爛漫、桜は満開。

淋と葵の恋もどうやら花盛りのようで。











                                           〜 終 〜










(葵座の面々がわいわい花見していたら超楽しそうです!)