無意識の視線が行き着く先
髪というのは本人の性格が出るんだろうか。 そんな事を考えて、直後にそんなわけあるか、と淋は自分で否定した。 もし本当にそうなら、やたらと真っ直ぐな黒髪の剣助が真っ直ぐで素直な性格と言う事になってしまう。 (それはない。) 座長として信頼も尊敬もしている剣助だが、素直で真っ直ぐということだけはない、と断言できる。 だから、別に髪は本人の性格が出るわけではないのだろうが・・・・ふと、葵を見ていてそう感じてしまったのだ。 (あいつの髪、よく跳ねるよな。) 高い位置で一つに括ってあるせいか、葵の髪は元気よく飛び跳ねている事が多い。 歩いていても、「みよしの」の手伝いをしていてもぽんぽんと弾むようにその髪が揺れるのだから、ちょうど庭で茂丹と遊んでいる今、元気よく跳ねているのは必然的だ。 「ちょっとモニちゃん!まとわりついたら危ないよ〜!」 「わうんっ!」 笑いながら箒を持った葵が茂丹を避けると髪が跳ねる。 顔の横に残した髪がふわりと揺れて、葵の笑顔を縁取った。 「わん、わんっ!」 「あははっ、モニちゃん、こっちこっち!」 気が付いた時には茂丹と葵が遊んでいたから、どういう経緯でそうなったかは知らないが、どうも二人は葵の箒を避けて茂丹が葵本人に飛びつけるか否か、という遊びをしているらしい。 さっきから葵が飛びつこうとする茂丹を箒でいなしているからだ。 茂丹は忍犬だから、本気になれば葵の箒ぐらい簡単にすり抜けられるだろうが、あれで茂丹は葵と遊ぶのが大好きだ。 だから葵の足下までの距離を箒に遮られて不満そうなうなり声をあげながらも、楽しそうに走り回る。 そんなくったくない姿を見ていると、ほんの少し胸の奥に複雑な気持ちが生まれた。 それは多分、伊賀路を辿る途中にあった出来事のせいで、淋としては今、少し葵との接し方にぎくしゃくしてしまう所があるせいだろう。 途端に、笑い声を上げる葵の唇に目が行ってしまって、かあっと頬が熱くなるのを自覚した。 (くっ、何見てんだ、俺はっ!) このままだと、感触とか触れた温度とか苦しそうな吐息とか、色々思い出してはいけないものを思い出してしまいそうで、慌てて淋が葵から視線をはがそうとした、その時。 「わっ!早い!」 ささっと後ろに回った茂丹に慌てて葵がくるりと身を翻した。 ふわっとまた髪が跳ねて葵がこちらに背を向ける。 視線がそのまま矢絣袴の背中に移った事に少しほっとして・・・・少しがっかりした。 (っ!なんだ、がっかりってっ!) 別に俺はあいつの顔が見えなくなったからってどうってこともない、と相反する心をねじ伏せる。 とにもかくにも、顔が見えなくなったことで上がりかかっていた心拍数は落ち着いたので、それは良しとしたが、そうなると今度は余計に髪が目についた。 「わんっ!わん!」 「むっ、そっち?えーい、こうだ!」 楽しそうな声と共に右へ左へ揺れる葵と一緒に、尻尾のように髪が右へ左へ。 室内から見ているせいか、陽に照らされた髪はどこか光っているように見えて操られたように目で追ってしまう。 跳ねたりなびいたり。 そのたびに襟から覗く白い首筋が時折見え隠れする。 男にはないその細く滑らかな白さになんとはなしに落ち着かない気分になった。 (ケンスケだったら絶対触ってるんじゃないか。) 手の早い座長の事を思いだした途端、いらっと眉がよる。 (だからもう少し大人しくしろって言うんだ。) ぱたぱたと走り回ってないで、大人しく動けばあんなに髪が跳ねたりしないで首筋だって見えないのに。 ・・・・とはいうものの。 「わんっ!」 「わあっ!」 ささっと葵の箒の間をすり抜け茂丹はとうとう葵の足へじゃれついた。 驚いた葵が箒を手放すと同時に矢絣の袂が大きくなびいて、笑い声が弾ける。 「負けちゃった〜!モニちゃん早いよ。」 「わんわんっ!」 負けちゃったと言うわりに楽しそうな葵の笑い声に誇らしげに茂丹が鳴く。 その頭を撫でてやるべくしゃがんだ葵に、茂丹が待ってました、とばかりにじゃれついてぺろぺろと舐めた。 「や、くすぐったいよ!」 そう言って顔いっぱいで笑う葵。 この時代の女性の基準に照らし合わせればお行儀が悪いと言われそうなそれも、なんと葵に似合うことか。 そう、考えてみれば葵が髪が跳ね上がらないようにお淑やかに歩く姿など全然似合わない。 ぽんぽん髪を跳ねさせて笑って怒って走って・・・・そんな葵だから。 (俺は ―― ) 葵につられたように淋の口角が緩く上がった ―― ちょうどその時。 ぬっと突然、視界に黒い物が割り込んできて、途端に手の中が軽くなった。 「?」 一瞬何が起こったかわからず、反射的にその黒い物の行方を追った淋の目に移ったのは。 ―― やたら微笑ましそうな顔でにやにやと笑う湯飲みの乗ったお盆を持った剣助の姿で。 「!」 ああ、そうだ。自分は次の旅について打ち合わせをしている途中で茶を取りに行った途中だったんだ、と思い出したが、すでに時遅し。 すっかり冷めた湯飲みを一瞥した剣助は実に楽しそうに言った。 「お前、双葉葵ちゃんに見惚れすぎ。」 「っっっ!!」 ―― とんでもないバツの悪さに真っ赤になった淋の姿に、剣助の笑い声が弾けたのだった。 〜 終 〜 |