桃色公演番外編



葵座東京凱旋公演、『桃色草紙』、満員御礼終演 ――

そんな華々しい舞台を終えて、その夜の「みよしの」では。

「〜〜〜〜つ、かれた・・・・・」

ぐったりと窓枠にもたれかかる、本日の主役、荒銀淋の姿があった。

「お、お疲れ。」

舞台がはねて打ち上げでひとしきり騒いだ後、自分の部屋に戻るなり崩れた淋に、さすがに葵も同情を隠しきれない。

なにせ今日の舞台ときたらとんだ珍展開だったのだから。

桃太郎のつもりで始まったはずなのに、孫悟空はでるわ、謎の軍人はでるわ、アドリブのオンパレードに、今回は出番がなく客席で見ていた葵も幾度はらはらさせられた事か。

なぜだかお客さんには大うけで盛り上がったのは良かったが、実際に舞台に上がっていた淋にとってはもはや悪夢以外の何者でもなかっただろう。

「リン、意外と常識人だから・・・・」

思わずぽつりと呟いた言葉に、淋が剣呑な目を向けてくる。

「何か言ったか?」

「う、ううん。なんでもない。今日のリンは大変だったなって。」

さすがに今日「意外」と常識人だと思った、なんて言おうものならさすがに怒られそうだ、と慌てて葵が誤魔化すと淋はしばし胡乱な目で見ていたが、やがて、小さくため息をついて窓枠から身を起こした。

「本当にとんでもない舞台だったぜ。」

「うん。」

それはもう、まぎれもなく。

深々と頷く、葵座最年少組の二人。

「ハチの奴、たまに役はついたと思ったらあんな悪のりしやがって。」

「カクさんの「キジ」も・・・・ぶっ!」

言いかけて思い出し笑いしてしまう葵。

「おい、笑うなよ。寿さんは真面目に役柄の事を考えて・・・・」

「語尾にきじ?」

「・・・・きじ・・・・は、ないよな。」

「あはははっ!」

鬼格を尊敬している淋としては一応庇おうとしたのだが、やはり無理だったらしい。

微妙な表情で呟く淋に、葵は声を上げて笑ってしまった。

そのくったくない笑顔に、淋は深々とため息をつく。

「お前なあ・・・・今回は見ているだけだったからって、呑気に笑うな。」

「え?何いってるの!見ているだけだって大変だったよ。手に汗握って。」

心外、と葵は頬を膨らませる。

「スケさんが誠司の軍服で出てきた時とか、どうなっちゃうかと思ったんだからね。」

「あれは・・・・くそ、思い出したら腹がたってきた。ケンスケの奴、幕間の時にこれから俺が展開を変えてやるから安心しろなんて言ったんだぞ!?」

「う〜ん、確かに展開は変わったけど。」

「・・・・悪いほうにな。」

実はおじいさんが悪の総元締めとか。

呻くように淋に言われて、思い出してしまった葵はまたも吹き出してしまう。

「だから笑いごとじゃないって!」

「あ、ご、ごめ・・・ぷっ、あ、でも本当にリンは大変だったよね。」

「まったくだ・・・・」

何とか笑いを押し込んでそう言った葵に、淋はげっそりと頷いた。

「・・・・なんで舞台上で桃太郎があんなに片っ端から突っ込みをいれなくちゃならないんだ。」

「すごかったもんね〜。あんなに切れ味のいい桃太郎は初めて見たって、お客さん達喜んでたよ。」

「それでいいのかよ・・・・。」

はあああ、とため息をつく淋に葵は苦笑した。

結果的に舞台は大成功だったとはいえ、舞台上が大変だったことは間違いないのだ。

まして打ち上げでまでからかわれた淋としては、疲れた意外のなにものでもないだろう。

(これで本当は私も結構笑ってたなんて言ったら、臍曲げちゃうよねえ。)

こっそりと心の中で舌を出しつつ、そんな事を思っていたら。

「おい、アオイ。」

と、名を呼ばれて思わずびくっと反応してしまった。

「な、何?」

「?何驚いてるんだ?」

「う、ううん。なんでもない!」

「?まあ、別にいいけど・・・・ところで、だ。」

「?」

「疲れた。」

「??」

急にじっと見つめられて改めて宣言された葵は首をかしげる。

「疲れたんだ。」

さらに畳みかけるように言われる。

「お疲れ様?」

戸惑いながらもそう言った葵に、淋は少し眉を寄せて。

「だから!ほら!」

苛立たしげに淋は両手を広げる。

その体制に、その眼差しに、葵ははっと目を見開いた。

「あの、リン?」

「なんだよ?」

「・・・・まさかと思うけど、そこへこいって言ってるの?」

念のため、と恐る恐る聞いた言葉に淋は口の端を上げて、勝ち誇ったように宣わって下さった。

「背中か前かはお前に選ばせてやる。」

「え、ええええ!?」

(そ、それって前から抱きつくか背中から抱きしめられるかってこと!?)

淋の求めている事を確認してしまって、葵の頬がさあっと赤くなる。

去年の裏紋騒動の中で恋人同士になってから、淋は時々、こんな意地悪をする。

といっても無茶な事を言うわけではなくて、ほんのちょっと葵に甘えてみせるようなものだ。

けれど、とにかく普段がさばさばとしている淋だけに、こういう時との差に未だに葵は慣れる事ができない。

ましてや葵にとっては恋人と呼べる人は淋が初めて。

素直にその甘い時間に飛び込んでいくには、まだまだ恥ずかしさのほうが先に立ってしまう。

だから今回も一応抵抗を試みる。

「あの、それ、行かないって言う選択肢は?」

「そんなものあるか。疲れている俺に同情してくれるんだろ?」

「え、そこへ繋がるの?だって私なんか、その、抱きしめたら、重くて余計疲れるじゃない。」

「それはない。」

きっぱりと否定されて葵は逃げ場を失う。

否、別に逃げなくてもいいわけだが。

「〜〜〜〜、もう、わかった!」

恥ずかしいが、疲れている淋を労りたいのは本当だし、と心の中で気合いを入れて、葵はえいっとばかりに淋の腕の中に飛び込んだ。

ちなみに、前から。

「このぐらいで悩むなよ。」

「うう〜〜〜。」

飛び込んできた葵を難なく腕の中に納めて、耳元でくくっと淋が笑うのが聞こえた。

恥ずかしさに葵が呻いていると、すっと髪に淋の頬がすり寄せられる。

「り、リンっ。」

「うるさい。少し黙って堪能させてくれ。」

「〜〜〜。」

耳元で聞こえた、いつもより少しだけ低めの甘い声に葵は反論する言葉を失う。

恋人になってから初めて知った二人っきりの時にだけ聞かせてくれる淋の声。

それは耳から簡単に葵の鼓動を揺さぶるのだからたまらない。

ドキドキと五月蠅い鼓動を誤魔化すように淋の肩口に頭を押しつけると、これ幸いとばかりに淋は葵の耳の付け根に口づけをおとす。

「っ!」

「アオイ。お前、耳まで真っ赤だぜ?」

「しょ、しょうがないでしょ!?リンがっ!」

「俺が?」

「〜〜〜ドキドキさせるからっ!」

やけくそになってそう叫ぶと、ぷっと吹き出す声がした。

さすがにむっとしていると、少しだけ距離が空いて淋が葵を覗きこんでくる。

普段は鋭い光を湛えた瞳が、今は優しく細められているのを見てしまった途端、さっきむっとした気持ちが風船のようにしぼんでしまって、なんだか釈然としない気分で葵は淋は軽く睨んだ。

「・・・・もう、こんなの今日の舞台の疲れと関係あるの?」

思わず口を突いてでた言葉だったが、意外に淋の気持ちを刺したらしく、淋はちょっと顔をしかめて。

「大いにある。今日すり減った俺の神経の補充だ。たく、あいつらときたら・・・・」

どうも再び今日の舞台のことを思い出してしまったらしい淋はぶつぶつと今日暴走した面々についての文句を呟き始めてしまった。

甘い空気からのその唐突な転換に葵は一瞬戸惑ったものの、ぶつぶつ呟いている淋を見ているうちにふいに笑いがこみ上げる。

(すり減った神経の補充、だって。)

まるで栄養ドリンクか何かのような言いぐさだ、と思いながらもちょっと嬉しくなる。

その表情を見とがめたのだろう。

淋が「何かおかしいか?」と聞いて来たのに、葵は軽く首を振って笑った。

「違うの。なんていうか嬉しいなって。」

「は?あの滅茶苦茶な舞台の何が」

「あ、違う違う!舞台じゃなくて。・・・・その、私がリンに元気をあげられるのが。」

淋の事が好きだから、大事に護られるよりも、少しでも淋を支えられるのが嬉しかった。

だから。

「今日はお疲れ様、リン。頑張ってる桃太郎、素敵だったよ!」

目一杯の愛情をこめて、そう言った葵はちょっとだけ身を乗り出して、淋の頬へ唇を寄せたのだった。
















〜 おまけ 〜

「・・・・ところで」

「ん?」

「今日は客席から見てるだけだったけど、次回は私も出たいな。桃色公演!」

「!?・・・・頼むから」

「え?」

「・・・・お前だけはまともな役をやってくれよ?」

「ぷっ、あはははっ!!」
















                                            〜 終 〜
















― あとがき ―
葵座の共通特典CDの「桃色公演」を聞いて心から「淋、お疲れ〜〜〜〜(><)」と思ったので書いてみた1作(笑)
CDはもちろん爆笑につぐ爆笑で聞かせて頂いたキジ(笑)