来世育ちの姫御前は何かにつけて好奇心旺盛のご様子。 今日も今日とて ――― 好奇心は色男も殺す じーーーーー・・・・・。 「・・・・・・・」 次回公演の台本を吟味していた葵座座長、神鳴剣助はさっきから思い切り視線を感じていた。 ちなみに、背後からの視線とか、どっか遠くからの視線とか、そんな遠慮深い視線ではない。 視線の主は正面、それも見事に真正面にいる矢絣袴の少女である。 まあ、例えばそれが通りすがりの誰かとかなら適当に右から左に流すぐらいのことは剣助にはわけはない。 伊達に役者をやっているわけではないのだ。 ただ、その視線が十把一絡げの他人ではなく・・・誰よりも愛しい恋人となれば、さすがの葵座座長といえど無視するのは難しいというもので。 じーーーー・・・・。 「・・・・さすがにそろそろ穴が空きそうなんだが。」 「へ?」 ぼそっと呟いた剣助の言葉に葵はきょとんっとしたように目を瞬かせた。 「穴って何が?」 「お前の視線。熱心に見つめてもらえるのは嬉しいんだけどな?」 「!」 からかうようにそう言って片目をつむると、葵はぱっと顔を赤くした。 「なっ!?え、私、そんなに見つめてた?」 「ああ。相当。」 「ひゃあ〜〜〜〜。」 剣助の指摘に葵は恥ずかしさに思わず頬を押さえた。 「うわあ、ずっとスケさんを見つめてたってこと?は、恥ずかしい。」 動揺のせいか、思った事そのまま口に出している反応に、剣助はくくっと笑う。 「その様子じゃ自分でも気づいてなかったってとこか。それで?俺を見て何を考えてたんだ?アオイ。」 手に持っていた台本を近くにおいて、するりっと葵との距離を詰めた剣助のその声に艶めいたものが含まれている事に幸か不幸か、葵は全く気がつかなかった。 故に、ごく当たり前に理由を言った。 「あのね、」 「うん?」 「スケさんってちょんまげだったんだよねって思って。」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」 剣助は見事に肩すかしを食らった。 いや、まあ、剣助の期待もわからないではないと思ってほしい。 恋人がじっと自分を見つめて、まして部屋に二人きりなら、そりゃ色気の一つも期待するだろう。 それが。 「・・・・ちょんまげ?」 「あ、この時代だと『ちょんまげ』とは言わないのかな。えーっとまげ?」 ものすごく怪訝そうに聞き返してくる剣助に、何も気づいていない葵の方はいたって悪気無く首を捻った。 「いや、わかるけど。髪形ってことか?」 「うん、そう!」 伝わった!とぱっと輝いた葵の笑顔を見て・・・・剣助はがくっと肩をおとした。 「?どうしたの?スケさん。」 「・・・・いや、なんでもない。邪な事を考えた俺が悪いって事だ。」 「???」 思わず呻く剣助に葵は不思議そうな顔で首をかしげた。 その仕草に、剣助は苦笑する。 (どうもアオイにかかると葵座の伊達男も形無しだな。) それが本気故の弊害なのか、はたまた葵が規格外なのかはさっぱりわからないが、こんな風に驚かされるのも悪くないと思っているあたり、大概自分も葵におぼれている。 そんな事を思いながら、剣助は組んだ膝に肘をついてあごを乗せると、仕切り直すように葵に言った。 「で、なんだって?俺の髪形がどうかしたのかい?」 「あ、うん。スケさんって、ずっと前の時代から生きてたって言ってたよね?」 「ああ、そうだな。」 見た目年齢23歳。 その実、423歳。 自身が神器故にそんな長い時を生きてきている事を葵には明かしてある。 「だからね、今は明治だから短い髪の人も多いけど、昔はちょんまげを結ってたんだろうなって。」 「ああ、そう言うことか。」 ここへ来て葵の言いたいことを剣助は理解した。 葵の時代にはもう洋服も一般的になっていて、髪形も西洋風になっていると聞いているから、昔風の髷が珍しいのだろう。 だから、少しいたずらっぽく笑って剣助は頷いた。 「まあ、ご一新前は町人の髪形も決まってたし、徳川の天下になる前はもっといろいろあったからな。」 「そうなんだ?」 「ああ。俺も時代に合わせていろいろ結ったぜ。」 「へええ。」 興味津々、という顔で頷く葵に少しばかり剣助のいたずら心がうずいた。 そしてわざと大げさに顔を顰めると、葵の顔をのぞき込む。 「なんだ、髷を結ってる俺はアオイのお気に召さないかい?」 そうだとしたら悲しい、と言わんばかりに言うと葵が驚いたように目を丸くした。 その反応にしてやったり、と少しばかり剣助は心の中でほくそ笑む。 (さあ、どう応えてくれるかねえ。) 慌てるかどうするか、とその反応を楽しもうと見つめる剣助の前で、意外にも葵は少し黙って何事か考えた後。 ややあって ―― にっこりと笑って。 「やっぱりどんな髪形でもスケさんはかっこいいと思うよ。」 なんて、ためらいもなく言うものだから。 「〜〜〜〜」 ―― さすがの剣助も、これは負けだと白旗あげて、うっすら色づいた頬を隠すように、口元を覆ったのだった。 〜 終 〜 |