子ども扱い?
最近、葵には少し気になる事がある。 「・・・・う〜ん・・・・」 「お嬢、何難しい顔して豆むいてんの?」 まだ開店前の「みよしの」の座敷で豆のから剥きをしていた葵の後ろから、ひょっこり甲姫が顔を出した。 出会ってから1年以上たってすっかり仲良くなった友だちの姿に葵はぱっと顔を輝かせる。 「甲姫!お使い終わったの?」 「ああ、そないな遠い所やなかったし。今、帰ってきたんよ。それで?お嬢。」 「へ?」 「さっき聞いたやん。何、難しい顔してたん?」 甲姫にそう問いかけられて、葵は首をかしげた。 「難しい顔してた?」 「眉間に皺が寄ってたな。」 そう言いながら甲姫にきゅーっと眉間を押されて、葵はじたばたする。 そして開放された眉間に手を当てて、バツの悪そうな顔をした。 「そっか。顔にでちゃってたか。」 「何?悩み事?」 「・・・・うん、たいしたことじゃないんだけど。」 ぷちぷちと豆を皮から出しながら、葵はため息を一つついた。 そのいかにも物憂げな様子に、甲姫はぴんっとくるものを感じでにんまりと口の端を上げる。 「さ・て・は、ケン兄の事やなぁ?」 「へっ!?」 ぽーん。 動揺して力が入りすぎた葵の手から、豆が飛ぶ。 くの一の反射神経で、床に付く前に豆を拾った甲姫は我が意を得たりと笑った。 「図星や。」 「ううう〜・・・・」 「何や?どうしたん?おねえさんに相談してみぃ?」 そう言いながら甲姫は葵が使っている机の向かいに座った。 そして豆を手にとると自分もむき始める。 茶化しているように見せながら、その実、いつでも気楽に話せるように気を遣ってくれる甲姫のその態度に、葵はほんのりと心が温かくなる。 それは葵の口を開かせるには十分の温かさだった。 「・・・・ほんとに大したことじゃないんだけどね?」 「うんうん?」 ぷちぷちと豆を剥く音が、半端な沈黙に聞こえる。 「その、ね」 「うん?」 ぷちぷち。 「・・・・スケさんが私の頭をしょっちゅう撫でるの。」 「へ?」 ぽーん。 また、豆が飛んだ。 今度は甲姫の方だったので残念ながら飛んだ豆はあえなく床に転がってしまったが。 しかし話し出してしまったら興に乗ったのか、葵は豆の行方も気にせずに話しを続けた。 「前からね、時々撫でられてはいたんだけど、最近ほんとにしょっちゅうで。廊下ですれ違った時とか、台本の読み合わせしてる時とかでも気が付いたら、よしよしって。これって子ども扱いされてるのかな?」 豆の房を握ってそう訴える葵の表情は真剣そのものだ。 そりゃまあ、仮にも恋人に子ども扱いされているなんて思ったら、衝撃であろうけども。 「お嬢・・・・それで悩んでたんか?」 「・・・・うん。」 しゅん、とした風情で頷く葵に甲姫は ―― 豪快に笑い出した。 「あははははっっ!!」 「え、ええ!?なんでそんなに爆笑!?」 「や、笑うて!あははっ!ケン兄も報われないなあ!」 「えええ???」 自分的にはかなり深刻な悩みのつもりだったのに、甲姫の爆笑ぶりがあまりにもすごくて葵は「?」を量産してしまう。 そんな葵を横目にひとしきり笑った甲姫は目端の涙を拭いながら、やっと言った。 「あんな、お嬢。そんなん、あっという間に解決やで。」 「え?」 「次、ケン兄に頭撫でられたら、顔を上げてケン兄の事、よお見てみい。」 「スケさんの事?」 「大方、子ども扱いされてんかなって思った頃からちゃんと見てへんやろ?」 「あ・・・・」 言われてみれば、確かにそうかもしれない、と葵が思ったちょうどその時。 「楽しそうだな、二人とも。」 「「!」」 噂をすればなんとやら、とはよく言ったもので、「みよしの」の引き戸を開けて剣助が顔を出した。 「ス、スケさん!?」 「?おう、只今。」 「おかえり、ケン兄。」 ぎょっとする葵とは対象的に、にやにやしたまま甲姫が答える。 そんな二人にやや不思議そうな顔をしながらも剣助は外套をぬぎつつ近寄ってきて。 「なんだ、旦那の手伝いをしてたのか。」 二人の手元にある豆の鉢とからを見てそう言って剣助は笑う。 そしてごく自然に。 「えらい、えらい。」 子どもに言うような文句を口にして、剣助は葵の頭に手を伸ばした。 ぽすん、とのった剣助の手の重さと温かさにさっきのやりとりが思い出されて、葵の心が少し沈んだ。 (・・・・やっぱり子ども扱いじゃない・・・・?) 確かに剣助にしてみれば自分は子どもかも知れない。 でもやっぱり好きな人には、ちゃんと女性として見て欲しいと思ってしまうから、暖かい掌に苦しくなる。 自然と目線の下がった葵の視界の端に、ふっと甲姫がうつった。 「・・・・?」 見ればしきりに「今だ」というように目配せしていて。 (・・・・・・・・) 少し躊躇った後、葵は甲姫の言う事を信じてそっと目線を上げた。 (これで子犬を見てるみたいな顔してたら、ショックで立ち直れないかも・・・・) そんな不安がよぎって少しのろのろしながらも、頭を撫でる腕が目に入って詰め襟の喉もとが、それから・・・・。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 「?おい?」 葵の変化に気が付いたのか、剣助が訝しげに問いかけたのと同時に葵は顔を両手で覆っていた。 「〜〜〜〜〜〜〜っ!」 そうしなければ真っ赤な顔が丸出しになってしまうと思ったから。 もっとも、隠したところで耳まで赤くなった顔は隠しきれないだろうが。 (だ、だって!あんなの・・・・反則っ!) 子どもにするみたいな仕草で葵の頭を撫でておいてまさか ―― あんなに愛おしそうな顔をしているなんて。 子犬だなんてとんでもない。 葵の頭を撫でる剣助の自然と笑みのにじんだ口元も、優しくゆるんだ頬も酷く幸せそうに見えた。 まして切れ長の瞳は、大切な者を見る温かさを持ちながら、その奥に隠しきれぬ想いがあるように甘く細められていて。 (心臓に悪すぎるっ!) ドキドキと跳ね上がる鼓動を押さえるように胸に手を当てて俯けば、視界の端で甲姫が笑いを堪えているのがわかってしまった。 (ううう〜、スケさんってばまさか毎回・・・・) こんな顔をして、自分の頭を撫でていたのだろうか、と思うとさっきの甲姫の爆笑も納得がいってしまった。 なるほど、知らぬは本人ばかりなり、だったと言う事で。 「・・・・スケさんの、ばか。」 「はあ?」 唐突に顔を真っ赤にして恋人に抗議された剣助は、きょとんっとし。 甲姫の二度目の爆笑が響き渡ったのは言うまでもないだろう。 〜 終 〜 (ぐだぐだに甘い顔して葵ちゃんの頭を撫でている剣助に萌えます・笑) |