堅物者の恋の仕方



新しい芝居がかかる前の芝居小屋というものは一種独特の賑やかさがある。

舞台を作る者、客席を調える者、役者、様々に立ち働く者が忙しく出入りしているからだ。

その役者である寿鬼格もまた、忙しなさげに芝居小屋の中を見回していた。

もっとも鬼格の場合、普段年齢よりも落ち着いて見えるくらい落ち着いているのでこんなにきょろきょろしている事はあまりない。

彼がこんな風に落ち着かなさげな時は・・・・。

「なんだよ、キカク。姫さん探してんのか?」

「っ!」

背中からかかった声に鬼格はぎくっと肩を振るわせた。

振り返れば昨年の騒動の中で実の弟とわかった蜂須賀陽太が、にやにや笑っていた。

「驚かせるな、ハチスカ。」

「いや、別におれっちは驚かせてねーし。キカクがきょろきょろしてっから、どうせまた姫さんを探してんだろうと思って声かけてやったんじゃねえか。」

「うっ。」

どうせまた、という枕詞に鬼格は思わず口元を引きつらせる。

(俺はそんなに姫の事ばかり探しているか・・・・?)

「探してるだろ。他の事ならどしーんっと構えてるくせに、姫さんの事となるとおろおろしっぱなしじゃん。」

「!?」

一瞬心の中を読まれたのかと思う程的確な陽太の答えに、鬼格はぎょっとする。

そんな鬼格に陽太はやや苦笑気味な呆れ顔で言った。

「ホント、キカクは姫さんの事となると考えてる事も駄々漏れだよな〜。」

「なっ、なにをっ。」

「まいいや。姫さんなら舞台袖の方にいたぜ。じゃ、おれっちは親分に呼ばれてっから!」

言うだけ言って、さりげなく鬼格が欲しかった情報をくれた陽太は鬼格が何かいう間もなく舞台上の方へ駆けだしていった。

いつもであればその勢いに周りに気をつけろと小言の一つや二つなげる鬼格だが、今は少しばかりバツが悪くて、陽太が教えてくれた舞台袖を目指して静かに踵を返した。

・・・・その後ろで激しく何かがぶつかって物が落ちた音がした瞬間はやや後悔したが、きっと陽太の親分こと七巳がどうにかしてくれるだろう。

そんなわけで立ち働く人の間を縫って鬼格は舞台袖へと向かった。

無意識に少し早足になっている自分に気が付いて、鬼格は苦笑する。

(ハチスカの言う通りだな。俺は姫の事となるとどうにも・・・・)

姫こと、水戸葵の姿を思い浮かべて鬼格は苦笑を微笑みに変えた。

去年の春、葵座と鬼格がずっと護り心の支えにしてきた双葉葵が、一人の少女に姿を変えた時には未来の自分がこんな風になるとは思ってもみなかった。

あの頃の鬼格はあの美しい石の化身、もしくは来世の姿が葵であるとしたら、その事が持つ意味を受け入れられずに葵自身をどう扱っていいか戸惑う余りに、彼女に暗い顔をさせていたのだから。

けれど一度葵を双葉葵の化身として認めてしまえば、あとは自分でも呆れるほどに葵に惹かれていった。

くるくると良く笑い、元気で無邪気な様子も見せるのに、とても芯の強い葵。

双葉葵の化身だからという理由を抜きにしても、葵から目が離せなくなるのにそう長くはかからなかったと思う。

その頃からしょっちゅう言われるようになったのが、さっきの陽太と同じ台詞だ。

おかげで七巳や剣助にはからかわれるのでたまらない。

一度坂月の事件で失敗してから気をつけてはいるものの、陽太に指摘されるようでは。

(・・・・まだまだだな。)

ふう、とため息をついたその時、軽やかな笑い声が耳をくすぐった。

「!」

聞き覚えのある、というか探し人の声に鬼格ははっと顔を上げる。

そして見れば舞台袖に確かに矢絣の着物の袂がちらっと見えた。

「ひ・・・・」

姫、そう呼びかけようとして足を踏み出した鬼格の目に映ったのは。

「そうなんだ〜!ふふふっ!」

「笑いすぎだぜ。アオイ。」

(姫、とケンスケ・・・・?)

そう、舞台袖に台本片手に剣助と葵が立っていた。

別段珍しい組み合わせというわけでもない。

剣助は座長だし、葵は葵座の女優。

台本片手に稽古を付けてもらうことも少なくはないからだ。

しかし今の二人は稽古中には到底見えなかった。

台本を手にしているから稽古をしていたのかもしれないが、今はおそらく雑談にはいっているのだろう。

けれどその様子がひどく楽しそうで、鬼格の足が不自然に止まった。

「ね、ね、スケさん。もっと聞きたい!」

わりと距離のある状態で足を止めたせいだろう。

二人とも鬼格の存在には気が付いていないのか、葵が何か剣助に話しをねだる声が聞こえる。

その表情がいつにもまして輝いているように見えて。

―― 胸の奥底からじわりと嫌な感覚が浮き上がってくる。

その感情を何と名付けるか、鬼格は嫌と言う程知っていた。

「・・・・・」

飛び出していきたくなる気持ちを抑えて、一歩足を引く。

そのまま、気が付かれないように踵を返した。

どうせ探していた理由など大した事ではないのだ。

ただ葵の顔が見たかっただけ。

その笑顔を向けて欲しかっただけ。

だから・・・・己の身のうちにわき上がった黒い感情から逃げるように、鬼格は舞台袖を後にした。
















「・・・・はあ・・・・」

舞台袖から逃げるように芝居小屋の裏手まで歩いてきた鬼格は、人気のない場所まできてやっと足を止めると、深々とため息をついてしまった。

何だか体が重くなったような気がして、近くにつんであった設営用の予備の木材に腰掛ける。

体の動きを落ち着けると、感情の激しい部分は少しは収まった気がした。

もっとも沈み込んだ気分は相変わらずだが。

(・・・・姫は、楽しそうだったな。)

先ほどの葵の笑顔が頭の中で繰り返されてまた一段気分が落ち込んだ。

葵座の中でも堅物と言われている鬼格は自身でもわりとそういう性格である事を自覚している。

だから若い娘を喜ばせるような事など容易に言えない。

そう、剣助のようには。

そう思うと胸がずきっと痛んだ。

いつだって誠実さだけが取り柄の堅物な自分の言葉に葵は笑ってくれるけれど、本当は剣助のように話術も巧みで楽しませてくれる男の方がいいのではないか。

(いや!そんな事はない!姫は俺の元に残ってくれた!・・・・はずだ。)

昨年末、双葉葵としての役目を終えた葵が、それでも鬼格の側を選んでこの時代に残ってくれた事を思い出して自分を励まそうとしたのに、後半に余計なものがついてしまった。

人の心は時に移ろう。

葵が万が一他の男に惹かれたということもないわけでは・・・・。

「いや!そんなはずはない!姫はっっ!」

自分の想像に一瞬頭に血が上ってがたっと鬼格は立ち上がった。

と ――

「私がどうかした?」

「っっ!?!!???!」

横から聞こえた声に、鬼格は声にならない悲鳴をあげてしまった。

見ればいつの間に来たのか一寸ほど離れた場所でしゃがんだ姿勢の葵が目を丸くして鬼格を見上げているではないか。

「ひ、ひ、ひ、姫!?」

「うん。」

「な、なぜここに・・・・」

「さっき舞台袖にいたらスケさんが、今キカクがお前の事を迎えに来たみたいだぜって言うから探してたの。そしたらこんな所で座り込んでたから。」

「ケンスケが・・・・」

葵がその名を口にした事でチクリと胸に痛みを覚えつつも、剣助の侮れなさに感嘆する。

「びっくりした。何か考え込んでるから邪魔しないように見てたら突然立ち上がるから。」

「うっ・・・・。」

わりと一部始終見られていたらしいという事実に、鬼格は顔が熱くなるのを感じた。

葵は武芸者でもあるから常人より気配を感じ取りにくい部分はあるにしても、まったく気が付かなかったなどどれほど考えに没頭していたのか。

「お恥ずかしい所をお見せしました・・・・。」

はあ、とため息をついて苦々しく言葉をはき出した鬼格に、葵は少し笑って立ち上がった。

そして袴の裾を軽くはたいてとことこと鬼格の側へ歩みよる。

「ううん、ちょっと考え込んでるカクさんが見られて嬉しかったかも。」

手の届く距離までやってきた葵はくすくすと笑う。

常であれば眩しく映る笑顔に、今日はチクリ、とまた胸が痛んだ。

―― さっき剣助と話していた葵はこんな風に笑っていただろうか。

もっと楽しそうにしてはいなかっただろうか・・・・。

(馬鹿な事を。)

理性が釘を刺すが、感情というものはそう簡単には操れない。

そんな葛藤の中にいる鬼格によりにもよって、当の葵がかけた言葉が。

「どうしたの?何か悩みごと?」

と、彼を気遣うような言葉だったからたまらない。

何か考えるより先に、ぽろりと鬼格の口から呟きが漏れてしまったのも無理からぬ事だろう。

「姫は・・・・」

「え?」

「姫は・・・・ケンスケと話している方が、楽しいですか・・・・?」

口から出て音になって耳に届いて、その段階になって初めて鬼格はしまったと思った。

しかし覆水盆に返らず。

出てしまった言葉がしっかり葵に届いてしまった証拠に、目の前で葵の大きな瞳がさらにまん丸く見開かれていく。

「あ、いえ、その・・・・すみません。」

「?」

「いや!なんでも、ない・・・・んです。ただ少しだけ姫がケンスケと話している姿を見て、その、とても楽しそうだったので・・・・」

誤魔化そうとして言葉を重ねていくたびに、余計にぼろが出ている気がして鬼格は慌てて口元に手を当てた。

(俺は馬鹿か!?これではまるで姫の不義を疑っているようではないか!)

頭の中でそんな余計な事を考えるから、さらに焦る。

「別に姫がどうと言っているわけではないんです!俺が・・・・俺が少し面白くなかっただけで・・・・」

ああ、何と言えば間違わずに伝わるだろう、と頭の中がぐるぐるしている鬼格の耳に届いたのは。

「・・・・、ふふっ」

「・・・・姫?」

「ふふ、あはははっ!」

「????」

肩を振るわせて笑い出した葵に、今度は鬼格が目を丸くする番だった。

訳のわからない鬼格を前に、葵は実に爽快に笑い声を上げる。

「あははっ、ご、ごめん、カクさん。」

「は、はあ・・・・?」

「ははっ、だって、カクさんってば、あははっ!」

何か説明しようとしては笑いの衝動が収まらないのか、笑い出してしまう葵に鬼格は「?」を積み上げるはめになった。

「俺は何かおかしな事をしましたか?」

思わず本気で自分の行動を思い出しながらそう問う鬼格に、やっと笑いの衝動を納めたらしい葵は「ううん」と首を振って顔を上げた。

「違うの。別にカクさんが変だったとかじゃなくて、むしろ笑ってごめんね?」

「は、はあ。それは構いませんが・・・・」

できれば理由を聞かせて欲しい、という感情が表に出ていたのか、葵はまだどこかおかしそうな顔のまま言った。

「あのね、スケさんと話してて私が楽しそうだったから、ヤキモチやいてくれたんだよね?」

「あ・・・・はい。」

葵にそう言われて、鬼格は頷いた。

恥ずかしながらまさしくその通りなのだから。

その答えを聞いて、葵ははにかんだ表情を浮かべて鬼格を覗き込んで言った。















「もし、私がいつもより楽しそうにしてたんなら、それはきっと・・・・カクさんの話しをしてたからだと思うよ?」















「・・・・・・・え?」

一瞬、意味がわからなかった。

「俺の・・・・話?」

「うん。さっきね、芝居の事でスケさんに聞きたい事があって行ったんだけど、話しているうちにカクさんの昔の話しになったの。それで小さい頃の話とか色々聞かせてもらっちゃった。」

種明かしをするように話す葵は、にこにこと笑っている。

「カクさんとスケさんの二人で旅してた頃の話とか。あんまりカクさんが聞かせてくれないでしょ?」

鬼格を覗き込むように話す葵の頬はうっすらと赤く、でもとても嬉しそうで。

「スケさんって本当によく覚えてるよね。色んなこと教えてもらっちゃった。」

そう言って笑う笑顔は、確かにさっき剣助に見せていた笑顔よりも更に輝いて見えた。

刹那、襲ってきた感情をなんと名付けよう。

安堵、恋慕、羞恥、脱力感、そして ―― 愛しさ。

「・・・・姫っ!」

「わっ!?」

手を伸ばして抱き寄せると、よろめきながらも葵が胸の中に飛び込んでくる。

途端に感じる葵の体温が、香りが愛おしくて、揺れる髪に唇を寄せた。

「カ、カクさん!?」

「姫・・・・いえ、葵。貴女は本当に、どこまで俺を振り回してくれるんでしょう。」

「え、ええ?私が振り回してるの?」

心外、という顔をする葵に鬼格の方が驚いた。

「はい。あ、もちろん嫌だという意味ではありませんが。貴女に振り回されるなら、一生だって構いません。」

素直に思っている事を言ってみたら、葵は一瞬言葉に詰まったような顔をして、すぐに赤くなった顔をぽすんっと鬼格の胸に押しつける。

「・・・・絶対、嘘。」

「?何がですか?」

「私が振り回してるって。だって私はこんなに・・・・いつもカクさんに振り回されてるんだもん。」

口調だけは拗ねたように。

でも黒い髪の間から見える耳は見事に赤く染まっていて。

「葵。」

「う〜〜〜・・・・」

甘く名を呼んでも呻いた葵は顔を上げてくれないから、一番近くにある旋毛に口づけを落とす。

と、途端にびっくりしたように跳ね上がる顔を、そっと両手で包み込んで捕まえて。

「それならどうか、俺と同じ様に俺に振り回されていてください。他の誰も見れないぐらいに。」

それは懇願。

どうかこの柔らかい檻に、誰よりも自由な葵が捕まっていてくれますように、と。

そんな鬼格の願いへの葵の答えは、というと。

「そんなの・・・・今更なんだから、カクさんだってそうでいてよ?」

―― 赤い顔でどこか怒ったようにそう言う葵に、鬼格は心底幸せそうに笑って大きく頷いたのだった。

















〜 おまけ 〜

「・・・・そういえば、姫。」

「?何?」

「子どもの頃の話を聞いていたと言っていましたが、ケンスケからどんな話を聞かれたのですか?」

「え?うーん・・・・(じー・・・・)」

「?・・・・」

「あのね・・・・」

「はい・・・・(ごくっ)」

「内緒♪」

「ええ( ̄□ ̄;)Σ!?」















                                             〜 終 〜
















― あとがき ―
鬼格が凹むとなんだか可愛いイメージがあるんですが(笑)
耳とかシッポとかしゅーんと垂れた大型犬。そして葵ちゃんが来てよしよし、と撫でると途端に元気になる感じ(笑)
そんなイメージで書いてみました。