唐紅に君染まる
「わあ!綺麗!」 門前町を抜けて、東照宮への入口の神橋へさしかかったところで、水戸葵は歓声を上げた。 門前町から東照宮へ向かう時、参詣者は一度谷間へ降り、この神橋を渡る。 俗世から聖域へ入る時に谷川を渡る事で清めとする作りは神社に珍しくない作りだが、この神橋は季節折々につけ、参詣者の目を楽しませてくれる。 冬は雪景色、春には新緑、夏には涼しげな谷川のせせらぎ、そして秋には、今まさに葵が歓声を上げた一面の紅葉で。 「すごいね!真っ赤−!」 「わん!」 谷を下っていく過程で視界一杯に広がる山の紅葉の美しさに葵がそう言うと、同じく軽やかな茂丹の一声が響いた。 しかしもう一人の同行者の方は、一人と一匹から一歩遅れて歩きながら、どこか呆れた様に言う。 「そんなにはしゃぐことか?去年と変わらないだろ。」 思い切り風情の無い事を言われて葵はむうっと軽く頬を膨らませると、後ろを振り返って発言の主、荒銀淋を睨んだ。 「もう、リンは風情がないよ。」 「風情って・・・・。」 「ないでしょ。だいたい、綺麗なものは綺麗って褒めてあげないといけないんだよ?」 「褒めるって、紅葉をか?」 「そう!今年も綺麗に赤くなったねって。」 大きく頷いて葵は視線を淋から紅葉の山へと映した。 赤や黄色、色とりどりに染まる木々の梢は、これから冬に向かう前の最後の命の輝きに見える。 そんな葵の隣りに淋が並んで同じ方を向くと「ふうん、」とどこか不思議そうに相づちを打つので、葵は少し笑ってしまった。 「みんな紅葉を褒めるなんて言うと、今のリンみたいに不思議そうにするけどね。」 「は?」 「さくらおばあちゃんの教えなの。」 久しぶりに口に出した名前に、葵の胸が懐かしさに少し疼いた。 さくらおばあちゃん・・・・葵にとっては合気道の師匠であり、大好きなお祖母ちゃん。 (元気でやってるかなあ。) 考える視線が遠くを見てしまうのは、彼女がもうけして会う事はかなわない140年先の未来にいるからだ。 けれど、そのことで葵の胸に生まれる感情は今は寂しさよりも温かい懐かしさの方が強くなった。 だから、隣にいる意外と人の感情の機微に敏感な淋が変な心配をする前に葵は口を開いた。 「花も木もみんな生きてるものだから、綺麗になった姿を褒めてもらえれば嬉しい。だから、目を楽しませてくれたお礼に思い切り褒めてあげるんだよって。」 「へえ。」 「わん!」 「なんだ、モニもそう思うのか?」 「わふっ。」 「モニちゃん、良い子だね〜。」 絶妙のタイミングで同意を示してくれた茂丹をわしわしと撫でてやれば嬉しそうに茂丹が鼻をすり寄せてくる。 きゃっきゃっとはしゃぐ女二人(一人と一匹?)にそこはかとなく疎外感を感じたのか、淋が「ふん」と鼻を鳴らすと言った。 「おい、アオイ。グズグズしてると稽古に間に合わなくなる。」 「あ、うん。」 その言葉に葵は慌てて立ち上がった。 朝の散歩がてら出て来たのに、稽古に間に合わなくなったら本末転倒だ。 「そろそろ人も出てくるだろうしな。」 淋がそう付け足したのは、今はちょうど朝餉の時間帯なのか、参詣路にまだ人影がまばらなせいだろう。 別に見られて困るわけでもないのだが、なんとなく静かな朝の時間をもう少し堪能していたい。 それに・・・・。 「ほら、行くぞ。」 そう言って、何の躊躇いもなく差し出されたのは ―― 淋の左手。 その手を見た瞬間、葵は僅かそれを見つめてしまって、継いで思わず笑ってしまった。 「?なんだよ?」 「ごめん、ごめん。」 眉間に思い切り皺を寄せる淋に引っ込められる前に、手を重ねて葵は淋のすぐ横へ並んだ。 「去年と同じじゃないなって思っただけ。」 「は?」 「だって・・・・」 並んで歩き出しながら葵はちょっと言葉を濁して繋いだ手をそっと握った。 確かにさっき淋が言った様に、葵にとってこの・・・・明治の御代で見る日光の紅葉は初めてではない。 初めて見たのは一年前。 葵にとって現代だった140年前の時代から双葉葵に導かれてこの時代へやってきて半年ほどたったころの事だ。 「去年はいろいろ大変だったから。」 暗に紅葉を楽しむ所じゃなかった、と匂わせると淋も「ああ」と頷いた。 「まあ、去年はな。寿さん達の事とか、いろいろあったな。」 「そうそう。ほんとびっくりしたよね。」 双葉葵の事を調べるために寄った守杜村で、鬼格と陽太が兄弟であった事が発覚したり、そのおかげで急遽主役をやらされることになったり・・・・。 (・・・まあ、一番紅葉どころじゃなくしたのは、リンだけど。) ふとそんなことを思って、ちらっと見ても隣を歩く淋は涼しい顔。 それがちょっとしゃくにさわって、葵はぽそっと付け足した。 「・・・・リンに告白されたりしたし。」 「っ!」 「わふ!?」 聞こえるか聞こえないかの小さな声で言ったつもりだったけれど、ばっちり聞こえたらしい淋が珍しく何もないところで躓いた。 もちろん、忍でもある淋がそのまま転ぶようなへまはしなかったが、意外な反応に葵が目を丸くしていると、淋が半ば睨むようにしてちらっと見てくる。 「お前・・・・」 「え、えっとだってほんとにそうだったんだよ?他の事も大変なのに、リンはドキドキするような事ばっかりするから、紅葉を見てるどころじゃなくて・・・・」 「わかった!もういい。」 あわあわと言いつのろうとしたけれど、淋に遮られてしまった。 さすがに付き合いも長くなってきて、このぐらいで淋が本気で怒るようなことはないとわかってはきたけれど、それでも機嫌を損ねたかなあ、としゅんっとする葵の手を、淋が無言で引く。 (あ・・・・) その手に惹かれるように目線をあげれば、少し赤くなった淋の耳が目に入った。 照れ隠しのぶっきらぼうな仕草だとわかれば、繋いだ手の温もりがより温かく感じられて、葵は緩みそうになる口元を押さえるのに一生懸命になる。 (ほら、やっぱり去年とは違う。) 自然と無言になって二人で並んで歩きながら、ふっとそんな事を思った。 去年は裏紋や葵自身の問題もあって、想いを通じ合わせたと言っても酷く不安定だった。 いつまで続くかわからない、好きになって良いのかもわからない、そんな状況で見た紅葉は、どこか終演に向かう悲しい緋色に見えていたような気もする。 けれど、今は違う。 「・・・・リンの手、あったかいね。」 ぽつっと呟いたら、ぎゅっと優しく握り返されたその温もりに胸が甘く疼く。 この時代を選ぶと、淋の傍を選ぶと決めた時に、失ったものがなかったとは言わない。 けれど、それでもこの手の温もりを確かなものと感じて見る紅葉は、去年よりも明るく輝いて見えた。 だから。 「ほら、綺麗でしょ?」 ゆっくりと二人と一匹で参詣路を下って神橋の上まで来た所で見上げた山の紅葉は、朝の清廉な光を受けて今が盛りと輝いている。 自然と足を止めた淋が、ややあって「そうだな」と頷いて葵が嬉しそうに笑った、その時。 ざあっと、一陣の風が吹いた。 「っ!」 谷川を吹き抜けたからか、思いの他冷たく強い風に葵が思わず目を瞑る。 刹那 ―― ―― 繋いでいた手が僅かに引かれた、と思ったら、その手よりも熱いものが唇を掠めて。 「!?」 ぱかっと音がしそうなぐらい勢いよく開けた葵の視界一杯に広がったのは、珍しく悪戯っこのような顔をした淋だった。 「い、今っ!?」 (き、気のせいじゃなければ、き・・・キス、されたような!?) 念のため言っておくと、葵と淋は恋人同士なわけで、別に口付けをしたことがないわけではない。 恋愛経験などゼロに等しかった葵としてはまだ慣れないところはあるが、それでもただ口付けされただけならこれほど動揺はしなくなった。 問題は、場所は東照宮への参詣路というところで・・・・要するに少ないとはいえぽつぽつ人もいるような場所なのだ。 こういう事をさらっとやってしまいそうな座長や、人生経験豊富な七巳ならともかく、どちらかというと照れ屋な淋がこんな事をするとは思わず葵はぎょっとしたわけだが。 「・・・・ほら。」 「へ?」 そんな葵の動揺をよそに、淋は涼しい顔で葵の目の前に赤い紅葉の葉を1枚差し出した。 「これ・・・・」 「今の風で飛んできたんだろ。お前の頭に乗っかってた。」 何が何だかよく分からず、取りあえず葵は差し出された紅葉を受け取る。 (え?で、でも、これとさっきのキスって、何か関係が???) 紅葉を見つめて疑問符に埋まっていると、淋が少し焦れったそうに「だから!」と言うなり葵の手から、その紅葉を取って。 「綺麗に咲いたら綺麗って愛でてやればいいんだろ。」 ぶっきらぼうにそう言うなり葵の髪に紅葉の葉を挿して、さっさと淋は歩き出してしまう。 「・・・・・・」 手を引っ張られて歩き出しながら、呆然と葵は片手で自分の髪に触れて。 (・・・・綺麗って・・・・綺麗って、ええ!?) もしかして、もしかして、葵が紅葉を褒めたように、淋は・・・・。 「〜〜〜〜〜!」 跳ね上がった鼓動と、舞い上がった思考にどうしようもなくなって葵は思わず俯いてしまう。 そんな葵を、ちらっとだけ見て。 「―― 紅葉より、俺はこっちの赤のほうが好きなんだよ。」 とどめを刺すように聞こえた淋の言葉に、もう降参とばかりに葵は繋いだ手をぎゅっと握ったのだった。 ―― 今年もやっぱり、ゆっくり紅葉とはいかないようだ。 〜 終 〜 |