12月某日、明治の世にやってきて二度目の誕生日を間近に控えたある日。

「・・・・あの、スケさん?」

「何かな?元双葉葵ちゃん?」

(うわ・・・・笑ってない。)

にっこりと効果音のつきそうなほどいい笑顔なのに、まったく目が笑っていない恋人を前に、葵はほとほと困り果てていた。















はっぴーばーすでい!騒動
















事の起こりは数分前の事。

葵座の正式な一員となって一年、すっかり興行にもなれた葵は年末公演に向けて台本を捲っていた。 

(そういえば去年の今頃は本当に大変だったなあ。)

ふとページを捲る手を止めて、葵はそんな事を思い出した。

日付から考えれば、去年の今頃はちょうど日光からこの「みよしの」に帰り着いた頃だろうか。

福澤諭吉の側近が起こした騒動に巻き込まれ、剣助が誠司をつれて消えてしまって、不安でたまらなかった事を思い出して、葵は苦笑する。

あの日々を思えば、一年後にこんな穏やかな時間を明治の世で過ごしているのが夢のようだ。

福澤との交渉が結局はうまくいったと言うことなのか、今年は裏紋の騒動に巻き込まれることもなく、いたって穏やかに各地での興行をこなす日々だったし、何より葵の近くにはいつも・・・・。

ふっと、葵の脳裏にある面影が浮かんだ。

と、まるでそれに呼ばれたかのように。

「アオイ、いるか?」

返事を待たずにがらっと襖が開いて、面影と同じ顔がひょっこりと現れた。

「スケさん!」

あまりのタイミングに思わず声を上げた葵に、剣助はきょとんとした顔で首をひねる。

「?何だ?」

「あ、ううん。あんまりタイミングが良かったからちょっと驚いただけ。」

「たいみんぐ?」

「うん。あ、そっか。わからないっけ。えーっと、ちょうどその人の事を考えていた時に、その人が現れた!みたいな感じ。」

思わずそのままを説明してしまった葵に、剣助は一瞬考えるようなそぶりを見せて、それから嬉しそうに目元をほころばせた。

「?」

なぜ剣助が嬉しそうにしたかわからず首をかしげる葵に、部屋に入ってきた剣助はおもむろに近づくと。

「わっ!?」

くしゃっと頭をなでられた。

「ほんとにアオイは可愛いな。」

しかも柔らかく愛おしげに目を細めてそんな事を言われるものだから、にわかに葵の鼓動がどきどきとはねる。

「え?な、何が?」

「だって、さっき驚いたってことは、俺のことを考えていてくれたってことだろ?」

「!」

指摘されてしまった、と目を見開く葵に、今度は剣助は声をたてて笑った。

「す、スケさん!笑わないでよ〜!」

「お前が可愛すぎて無理!」

「ええ〜〜!?」

恥ずかしいやら、なんだか悔しいやらで眉を寄せる葵の視線をもろともせずひとしきり笑うと、さっき頭をなでたまま乗っていた手で葵の前髪を掻き上げて軽く唇を寄せる。

「わあっ!?」

軽いとはいえ、額に感じた唇の感触に葵は思わず飛び退いた。

その反応はまたも剣助の笑いを誘っただけだったが。

「くくっ、いつまでたってもなれないな。もうとっくにこれ以上のことぐらい、いくらでも・・むぐ。」

さっきの笑みとは違い、どこか色気を感じさせる声音で破廉恥なことを言いそうになった口を葵は両手で強制的にふさいでやった。

「そ、それで!何か用?」

この一年で、この手のことに関して剣助と口でやり合うと確実に負ける、とわかっている葵の強引な話題転換に、剣助は少し物足りなそうにしながらも、小さく肩をすくめて、自分の口をふさいでいる葵の手を絡め取った。

「まあ、用っていうか、ちょっと聞きたいことがあってさ。今、平気か?」

「・・・・さっきの行動の後じゃ、平気じゃないって答えたくなるよ。」

「なんだよ、俺が悪いんじゃないぜ?可愛すぎるお前が悪い。」

「〜〜〜もう、いいから!今は台本覚えただけだから、大丈夫だけど?」

「そっか。じゃあさ」

そう前置きして葵の前に座った剣助は笑って言った。

「今年の誕生日は何がいい?」

―― ・・・葵、今年の誕生日は・・・・・

(え・・・・?)

ふと、剣助の言葉に重なって、別の・・・・否、限りなく剣助に似ているけれど少しだけ若い声が聞こえた気がした。

(なんだっけ、今の・・・・。あ、そうだ。デジャヴ?)

デジャヴ:初めて出会う場面のはずなのに前に同じことを経験したことがあるように感じる現象。

そんな国語辞典的なことが頭をよぎっている葵の反応をどうとったのか、剣助は少しだけバツが悪そうに苦笑して言葉を重ねた。

「ほら、そろそろアオイの誕生日、だろ?去年はモニのおかげでちゃんと会えたけど、何もしてやれなかったからさ。」

どういうお祝いをすればいいのかと思って、と続ける剣助はいつもの底知れない葵座の座長の顔ではなく年相応・・・・というか、外見年齢相応な感じのわずかな不安を感じさせて。

(あ!)

その表情に、葵の中でかちり、とさっきのデジャヴの答えが出た。

それがあまりにも見事にはまったので、うっかり葵は口に出してしまった。

「宗助だ!」

「は?」

「あー、そうだ。そっか。そういえば毎年聞かれてたっけ。」

「・・・・アオイ?悪いんだけど話がわからないんだが。」

「あ、ごめん。さっきのスケさんの台詞で思い出したの。そういえば宗助が毎年同じことを聞いてきたなって。」

「宗助・・・・?」

―― この時点でぴくり、とひきつった剣助の口元に気がついていれば、あるいはこの後の事態は防げたかもしれない。

しかし、久しぶりに懐かしい幼なじみのことを思い出した葵はすっかりそのことで頭がいっぱいになってしまった。

「そうそう。最初の頃は結構一生懸命考えてプレゼント・・・・あ、贈り物のことね?をくれたんだけど、ここ数年は12月になると何がいい?って聞いてきて。別に何でもいいよ〜って答えると、それじゃ俺が困るとか言って不機嫌になるの。」

とはいえ同い年で同じお小遣いで生活している幼なじみにたかるわけにもいかず、結局これという希望が出せないままお好み焼き屋のデラックスミックスとか、アイスクリーム屋のトリプルとかそんなものをリクエストしていた気がする。

「でもなんだかんだ言って、リクエストしたもののほかに結局何か小さなプレゼントをくれたりして。あ、でも妹たちには最初から何も聞かなかったって言ってたな。なんでだろうね?・・・・って」

ふふふっと懐かしい思い出に顔をほころばせて剣助の方を向いた葵は、この段になってやっと気がついた。

なにやら剣助の周りの空気が不自然によどんでいることに。

(あれ・・・・?)

想定していた反応との違いに何かを感じ取った葵は、そ〜っと剣助を伺って。

「・・・・あの、スケさん?」

問いかけた台詞への返事が。

「何かな?元双葉葵ちゃん?」

―― 件の目の笑っていないアレであった。















(いや、確かに私が悪かったといえば悪かったんだけど・・・・)

考えてみれば去年明治の世に突然迷い込んだ時、幼なじみの宗助とそっくりな剣助を何度か間違えてしまって、そのたびに一緒にするなとやんわりと言われていた。

だから剣助が不機嫌になるのももっともといえばもっともなのだが。

(・・・・こんなにあからさまに不機嫌になるのって初めてかも。)

そう思いながらちらりと伺えば、いつもの座長の顔はどこへやら。

目が笑っていないことに加え垂れ流しの不機嫌オーラに包まれた剣助と目が合ってしまった。

「あの・・・・」

反射的に口を開いたものの、意味のある言葉は出てこずに中途半端に言葉が転がる。

それきり、妙な沈黙が二人の間に落ちた。

(う・・・・、どうしよう。)

何かを謝るにしても、なんだか妙な気がして葵は途方にくれた。

そもそも以前に剣助と宗助を重ねてしまった時は、もっと軽口の延長のように怒られた。

なのに、今のこの重苦しさはなんだろう。

(う、う〜〜〜〜ん・・・・)

何を言っても逆効果になりそうな八方ふさがりの気分で葵が眉を寄せた、ちょうどその時。

「・・・・・・」

ふっと、剣助が不自然な笑みを消してそっぽを向いた。

「?」

膠着状態からの突然の動きに、思わずその横顔を目で追うと剣助は葵から視線をそらしたまま、ぽつり、と言った。

「・・・・まるでガキだな。」

「え?私?」

吐き捨てるような言葉に、葵は思わずどきっとしたが、すぐに剣助は首を横に振った。

「違う。・・・・俺が。」

「??」

(ガキって、スケさんが?)

実際に生きてきた年月を考えればこれほどおかしなたとえはない。

それを知っている葵は首をかしげたが、その姿を横目で見て・・・・剣助は深々とため息をついた。

「・・・・ほんっと手強いぜ。『宗助君』はさ。」

「え?宗助? ―― わっ!」

重ねて名前を口にした瞬間、腕を引かれて葵は剣助の腕の中へ転がり込んでいた。

一瞬抗議しようかと思ったが、すぐにぎゅうっと抱きしめられて抗議は胸の奥へと消える。

「スケさん?」

どうしたの?の意味を込めて名前を呼ぶと、耳元でほんのわずか自嘲気味な笑いが聞こえた。

「すまん。少しだけ・・・・いや、大分、かな。妬いたんだ。」

「妬い・・・・え!?」

意外な言葉に驚いて葵は剣助の胸から顔を上げると剣助を見上げた。

「妬いたって・・・・やきもち?」

「ほかにあるか?」

「いや、えーっと・・・・うん、ない。」

うなずく葵に剣助は苦笑して言った。

「俺と同じ顔をしてたって『宗助君』はさ、ずっとお前と一緒に育ったんだろ?だから重ねられるのもしょうがないとは思ってたけど・・・・想像してた以上に悔しかった。」

本当ににじんだ悔しさを隠そうともしない剣助の声音に、葵の心が緩やかに締め付けられる。

細められる琥珀色の瞳ににじむ切なさが、葵の胸にまでしみこんでくるかのように。

「先を越されたっていうのかな。こういうのは。独占欲ってのは結構やっかいなもんなんだな。過去なんてどうしようもないのにさ。」

そういって自嘲気味に笑う剣助に、葵はそっと手を伸ばした。

別に何かを考えた行動ではなかった。

ただ、目の前にいるこの人が愛しくて。

首に手をかけるようにして、葵は剣助をぎゅっと抱き寄せる。

「アオイ?」

「ごめんね。スケさん・・・・ううん、剣助。」

「・・・・」

いつもの愛称ではなくきちんと呼びかければ、葵の背中に回されている剣助の腕にも少し力がこもった。

「ごめん。もう重ねないようにするから・・・・。」

こんな風に切ない思いをさせたくない、とその思いから葵の言った言葉への返事は。

「・・・・いいよ。」

「え?」

意外な言葉に葵は思わず驚く。

「いいって・・・・」

良くないよね、と問い返そうとした葵の背に回った剣助の腕が少しゆるんだ。

その動きに促されるようにして少し離れて剣助と向かい合った葵が見たのは・・・・さっきの切なげな表情ではなく、いつの間に戻ったのか、葵座座長、神鳴剣助のそれで。

「お前は遠慮なく元の時代を思い出せばいい。俺と『宗助君』を重ねてもかまわないさ。」

「え?でも・・・・」

それじゃ、さっきのように剣助を傷つけてしまう、と顔を曇らせる葵の頬を剣助は柔らかくなでた。

そして。

「・・・っん」

何の予告もなく唇をふさがれて葵は思わず目を丸くしてしまう。

けれどそうしていられたのもわずかの間。

あっという間に優しく甘い口づけに意識が絡め取られていく。

「・・・ふ・・・・はっ」

熱を帯びたため息とともに唇を離した剣助は、満足そうにもう一度触れるだけの口付けを葵の唇に落として言った。

「『宗助君』に先をこされていても結構。いくらだってこうして上書きして、『宗助君』の思い出より俺が先に出てくるようにしてやるから覚悟しとけよ?」

「!!」

「さて、そうなると誕生日については俺が自力で考えないとな。よし、期待しといてくれ。」

「あ・・・・うん。」

口付けの余韻とさっきの言葉でぼんやりとしている葵にすっかり調子を取り戻した剣助はそう宣言すると、意気揚々と部屋を出て行った。

その後ろ姿をぼんやりと見送って・・・・襖が閉まって、ややあって。

(・・・・あ、ちょっと待って?)

今 ―― またプチデジャヴがあった。

確か去年の横浜で同じようなことがなかっただろうか?

二人で出かけた記念にとかいって何か買ってくれると言った剣助に、葵は任せると答えて・・・・。

(―― あの時スケさんが選んだ物!!)

思い出した瞬間、目が覚めた。

なんというか、剣助のセンスは悪くはないが・・・・奇抜すぎるのだ。

次の瞬間。

「ちょっ!ちょっと待ってっ!!スケさーーーーーん!!!!」

―― 全力で剣助を止めるべく葵は駆けだしたのだった。















                                            〜 終 〜















― あとがき ―
葵座創作はなぜオチをつけたくなるんだろうか(笑)
いや、なんか6月の横浜で剣助がとんでもない物を選んでるっぽいので、それが気になってしょうがい東条です(^^;)