油断大敵
こっちの世界で無事に再会したシャルは、シーベンスファルデでのシャルよりも少し大人っぽくなっていて。 いつも言葉を探すようだった口調がさらさらと流れている事に戸惑いながらも、少しずつ慣れていった。 だから・・・・ 「シャ、シャルーーーーーー!?」 駅前広場に、瞳の叫び声が響いた。 ちなみにこの場合、叫ぶ方が逆効果なのだが叫ばずには居られなかったのだ。 なんせ今、瞳がいるのはシャルの腕の中なのだから。 (あ、現れた時には普通だったのに〜〜〜) そう、ほんの数分前、駅前広場に現れたシャルは瞳を見つけていつものように嬉しそうに笑った。 そこまではよくある待ち合わせの風景だったのだ。 シャルを見つけた瞳も笑い返して、シャルに近づいていって・・・・で、気が付いたら腕の中。 「シャル!こ、ここ駅前だから!!」 とにかく通行人の視線が痛すぎて、ジタバタ暴れる瞳にかまわずシャルはぎゅーっと瞳を抱きしめたままだ。 「シャル!シャルってば!離して〜!」 「・・・・だめ。」 何度目かの瞳の声に返ってきたのは身も蓋もない拒否。 そしてすりっと眉間の辺りに頬をすり寄せられる感触に、瞳は自分の頬が真っ赤になったのを自覚してしまった。 「ど、どうかしたの?」 「?別にどうもしない。ただ、ルイがいたから。」 シーベンスファルデの時のように甘える仕草に、もしかしたら何かあったのではという不安も感じて聞いてみた瞳をシャルはむしろ驚いたように見返した。 やっと真っ直ぐ向き合った漆黒の目に、瞳は困ったように首を傾げる。 「何もなくて、私がいたから抱きついたの?」 「そう。ルイがいたから、俺を待ってた。」 にっこり笑ってそう言うシャルは本当に瞳を離す気はないらしく両手を瞳の腰の辺りで組んだままだ。 その柔らかな戒めが嫌なわけではないけれど、なにぶんここは人目のまっただ中。 その恥ずかしさからルイは上目遣いにシャルを見上げる。 「あのね、ここ駅前だよ?」 「?うん。」 「えーっと、その・・・・恥ずかしいんだけど。」 そう言われてシャルははっとしたような顔をした。 「ごめん・・・・嫌、だった?」 「嫌じゃない!」 しゅんっとしたように言われて瞳は慌てて首を振った。 別に瞳だってシャルに抱きしめられること自体は全然嫌じゃないのだから。 「でも、ちょっと人が多いところだと恥ずかしいから。」 「うん・・・・」 シャルは頷きながら、それでもなかなか離れようとしない。 困ったように眉を寄せたまま瞳を見つめているシャルと目があって、瞳は首を傾げた。 「どうしたの?」 「俺、時々猫だった時の方が良かったって思う。」 「え?」 「にゃーだった時はいつもルイと一緒に居られたから。向こうの世界に居た時も一緒にいられたけど、今はそうじゃない。 向こうの世界で最初に会った時みたいに、ルイと会えない時間、ルイの事ばかり考えてると会いたくて会いたくてしかたなくなる。」 そこまで言ってシャルは、切なそうにため息をついた。 「この世界でも早くルイと結婚できたらいいのに・・・・」 「・・・・・・・・・・・・・・」 ―― やられた、と心底瞳は思った。 こっちの世界で再会してからのシャルが妙に大人っぽかったから。 (油断してた・・・・シャルはシャルなんだ。) シーベンスファルデで初めてであった時に、名乗るより先に瞳を抱きしめたシャル。 言葉よりも行動でいつも瞳がどれだけ愛しいのか伝えていたシャル。 (もう・・・・やられた。) はあっとため息をついて、瞳はシャルの胸にことんっと自分の額を預けた。 こんな風に真っ直ぐに愛情を向けられて、誰が離してなどと言えるだろう。 (むしろ私の方が抱きしめたくなっちゃったじゃない。) ぎゅっと抱きしめて、向けられているシャルの愛情に負けないぐらい自分がシャルを大好きなことを伝えたくなる。 ・・・・けれど、ほとんど忘れそうになっていたけれど、ここは駅前広場なわけで。 だから、今はこれだけで。 「シャル、ちょっとかがんで?」 瞳にそう言われて、シャルは不思議そうにしながらも大人しくかがむ。 そうして近くなったシャルの耳に唇を寄せて、瞳は小さく囁いた。 「会えなくても、いつでもどこでも、私はシャルが大好きだから、ね?」 ―― その後、やっぱりシャルにぎゅーっと抱きしめられた瞳は離してもらうのに、相当苦戦するはめになった。 〜 Fin 〜 |