天女の湯浴み



新選組という集団は男所帯である。

不逞浪士の取り締まりなどという危険きわまりない仕事をすべく集まるのだから当然、それなりに血気盛んな腕に覚えのある者ばかり集まる事になるわけだ。

そんな中に華が一輪あるとしたら、それは気にならないという方がおかしいというもの。

―― 屯所を西本願寺に移し募集された新たな新入隊士達もその例外ではなかった。

「桜庭さんって可愛いよな〜。」

平隊士がまとめて過ごす大部屋で、新入隊士の一人が呟いた言葉に、周りにいた同じく新入隊士達がわらわらと集まってきた。

「同感だぜ。勝ち気だけど、そこがまたよお。」

「そうかあ?俺はあの手の女は好きじゃないね。」

「なんだと!?」

「やめろって人には好みってもんがあるからな。けど、俺も桜庭さんは好きだぜ。」

「だよな!剣の腕は立つし、気も強いけどやっぱり細かいところに気がつくところは女らしいしさ〜。」

うっとり、とばかりに陶酔している同僚を最初に茶々を入れた隊士が鼻で笑う。

「おめえは尻に敷かれる質だな。」

「うるっせえな!」

鼻白んだ隊士を慌てて他の面子が取り押さえるのを面白そうに見ながら、でもよ、と付け加える。

「あの人、やっぱりこの屯所で風呂とか入るわけだよな?」

「そうじゃないのか。色々特別扱いはされてるけど、一応平隊士だし。」

「つーことは、だ。」

わざとらしく声を潜めて新入隊士達は額を寄せる。

「・・・・こっそり覗くことも・・・・」

「やめとけ。」

「「「「おわっ!?」」」」

いきなり輪になって話していた背後から声をかけられて、新入隊士達は一気にのけぞった。

その様を背後に立っていた古参の隊士が呆れたように見下ろす。

「お、驚いた〜っ」

「驚かさないで下さいよ、先輩。」

非難がましい後輩達の視線に古参の隊士は肩をすくめた。

「失礼な。俺は優しくも後輩に警告を与えてあげようと思っただけだよ。」

「警告?」

「そう。お前達はまだ新選組に入り立てだからわからないかもしれないけどね、桜庭さんは特別なんだよ?」

「へ?女だからでしょ?」

「違うね。『桜庭さん』だから、特別なんだ。・・・・だから風呂を覗こうなんて、間違ってもしちゃいけない。」

「はあ?」

ワントーン落として、まさしく警告らしい言い方をする古参の隊士に対して、ぴんと来ないという感じで新入隊士達は首をひねった。

確かに桜庭鈴花は新選組唯一の女性にして、会津藩の後ろ盾を持ってこの新選組に所属しているという特別人物だ。

・・・・だが、ある意味、たかが覗きの相談である。

別に襲おうとか、そんな物騒な事を話していたわけではない。

なのにどうして・・・・と言いたそうな後輩達に、古参の隊士は黙ってすっと部屋の隅に座っている男を指さした。

「あいつを見ろ。」

「あいつって、相田さんの事ですか?」

指を指されてみんなに注目されているにもかかわらず、相田は何故か部屋の隅っこを向いて黙々と刀の手入れをしている。

なんだか周りの壁にキノコでもはえそうな、ひど〜く暗い感じで。

「・・・・あいつは昔はあんなじゃなかった。」

「あんなじゃなかったって・・・・」

「あいつはお前ぐらい明るいお調子者だったんだ。」

お前ぐらい、と言われた最初に鈴花の話を振った隊士が目を丸くする。

「俺ぐらい!?とてもそんな風には・・・・」

「そう、今じゃ見る影もない。それというのもあいつは・・・・やってしまったからだ。」

「な、何を・・・・?」

恐る恐る聞き返した新入隊士に、古参の隊士は重々しいため息と共にゆっくりと口を開いた。

「あれは・・・・まだ前の屯所の時。狭い所にみんながひしめきあっていて・・・・比較的風呂も覗きやすかった頃の話だ・・・・」















ばたばたばたばたばた・・・がたがたっ!!

けたたましい音と共に大部屋に飛び込んできた男に、部屋にいた平隊士達は驚いて顔を上げた。

「おい、どうした?」

「お、お、お、俺っ!」

転がり込んできた男、相田は息を切らせながらも興奮気味に周りの隊士の襟首掴んで引き寄せる。

「な、なんだよ?」

「俺、見ちまったっ!」

「何をだよ。つーか暑苦しいぞ、お前!」

「それどころじゃねえよ!見たんだよ!」

「見たって、何をだよ?」

相田のあまりの鼻息の荒さに、詰め寄られた隊士達はみんな顔をしかめつつ問い返す。

と、途端に相田の顔が見るも無惨に崩れた・・・・否、にやけきった。

「桜庭さんだよ。」

「桜庭さん?毎日会ってんじゃねえか!何を今更騒いでんだ?」

「違うって!俺が桜庭さんを見たのはな・・・・風呂でだ。」

「「「「!?」」」」

その場にいた全員がはっと息を飲んだ。

見たのは桜庭さん。

見た場所は風呂・・・・ということは。

「ま、まさか・・・・」

「お前、覗いたのか!?」

「ばっ!!声がでかい!!」

慌てて大声を上げた隊士の頭をはたいて黙らせて、相田は土砂崩れ状態の顔を引き締めた。

「言っとくけどな、別に俺はわざわざ覗きに行ったとかそういうわけじゃないぜ?ただな、俺、今日は風呂の当番だっただろ?」

「あ、ああ。そういやあ。」

「で、だな。そろそろ全員入っただろうと思って火を落としにいったらだな、中から水音がした。」

ごくり、と唾を飲んだのは誰だかわからない。

取りあえず全員が息を詰めて相田の話の続きを待つ。

「それで俺は誰か入ってんのかと思って、何の下心もなしにひょいっと覗いたわけだ。そうしたら、入ってたのが桜庭さんだったってわけだ!」

「おお〜!」

「うらやましいな、くそ!」

にわかに盛り上がって相田の頭やら背中やらに他の隊士達からやっかみの攻撃が飛ぶが、本人は至って幸せそうな表情のままだ。

「うらやましいだろ〜。へへ、なかなか拝めるもんじゃないぜ〜。」

「このっ、にやけやがって!で、どうだった?胸はあんまなさそうだけど、肌とかは綺麗そうだよな!」

「そうそう!桜庭さんって色白いからな!」

「おう、もう白いなんてもんじゃなかったぜ!透けるようにってのはあの人のためにあんだな。」

陶酔した相田の言葉に他の面子も同じくぽへ〜っと妄想にふける。

日夜殺伐とした任務につくとはいえ、彼らも年頃の青年達。

思わず背後に近づく気配に気づくことなく話に夢中になってしまったとしても、誰も責められまい。

中でも相田は実際見た光景を思い出してでもいるのか、何処か遠いところを見ている始末。

「そりゃあもう、白いきれーな肌でよ。思ったより出てて欲しいとこは出てて、余計な所は引き締まっててだな」

「へー、そりゃ以外だなあ。」

「・・・・・・」

「ふんふん、それから?」

「湯に浸かってたからほんのり肌とか薄紅にそまっててよ〜」

「そりゃ、綺麗だったろうね。」

「あったりまえだろ!そりゃもう、綺麗だったって。島原の色っぺーねえちゃんたちもいいけどよ、ああいう初初しいのもまた艶があってだな」

「・・・・お、おい」

「ふーん、それで?」

「・・・・・・」

「足も引き締まってて、これがまた眼福つーか」

「・・・・おい、相田」

「なんだよ!うるっせー・・・・な・・・・」

興に乗って話しているところを止められて思わず怒鳴りつけようとした相田は、その時初めて自分たち平隊士以外の顔をそこに見つけて、みるみる内に固まった。

その様を見ていた平隊士以外の顔 ―― 藤堂平助はつまらなさそうに唇をとがらせた。

「なんだよ、もうおしまいかい?」

その横では先ほどから一言も口をきかずに佇む斉藤一の姿もある。

「・・・・・・・」

「さ、斎藤先生、藤堂先生・・・・」

「なーんだ、せっかく面白い話をしてるのかと思ったのにさ。ねえ、ハジメさん。」

「・・・・・・・・・」

『面白い話とか言ってるわりに、目が全然笑ってないです!藤堂先生!というか、斎藤先生、何か言って下さいっっっ!!』

二人の幹部を目の前に口に出したいが、出せないセリフを胸に平隊士達はひたすらヘビに睨まれたカエルのごとくダラダラと脂汗を流す。

怖い。

はっきり言って、ものすごく怖い。

新選組の中でも1,2を争う剣豪が殺気垂れ流しにしているのだ。

それだけで気の弱い人ならあっさり失神しそうだというのに。

「じゃあ、話が終わりなら相田くん。」

「はいいいいっっっ!?」

男としてはあり得ないほど高音域の声だったとはいえ、返事が出来ただけ立派だ、と他の隊士達は思わず相田を讃えた・・・・心の中で。

しかしそんな事が今の相田の助けになるわけもなく。

ぽん、と平助はにっこり笑って(だから目が笑ってないんですってば!)相田の両肩に手を置いて言った。














「夜間稽古にでも行こうか。」














「・・・・は?」

「だから、夜間稽古。オレとハジメさんが相手になってあげるから。」

「・・・・あの」

それって、もしかしてフクロって言うのでは?・・・・とは、誰もやっぱり言えなかった。

それがどんなに真実に近かろうと。

「・・・・遠慮するな」

ぼそっと斎藤の一言が追い打ちをかける。

「いや、あの遠慮とかそういう・・・・というか、それ以前に私闘は禁止じゃ・・・・」

「うん、だから稽古。」

黒っっっ!!

目だけ全然笑ってない平助に無邪気に言い切られて、平隊士達の頭の中をその一語が駆け抜ける。

しかし平助は相変わらず口だけ笑みを刻んだまま。

「いやだなあ、オレたち相田さんの事を思って言ってるんだよ?それとも、土方さんと近藤さんに報告した方が良い?」

その言葉に、相田を含む全員が頭っから冷水を被ったように青ざめた。

土方と近藤、新選組の頂点を担う二人が実は鈴花の事を猫っかわいがりしている事は、鈴花以外の隊士にとっては周知の事実だからだ。

そんな土方と近藤に鈴花の風呂を覗いたなどと報告された日には・・・・。

「・・・・夜間稽古、お願い致します・・・・」

悲壮な声で答える相田に、平助はからりと笑った。

「そうそう、それでいいんだよ。じゃ、ハジメさん、行こっか。」

「・・・・ああ」

「あ、それからオレたちの稽古が終わった後には新八さんと山崎さんのお説教が待ってるから。」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はい」

―― ・・・・すー・・・・ぱたん

開けられた時とは正反対に、音もなく閉じられた障子を呆然と見つめ、残された平隊士達は静かに合掌したのだった。















「・・・・で、帰ってきたらああなってたわけだ。」

「「「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」」」」

「わかったか?これでもまだ桜庭さんの風呂を覗こうとするなら俺はもう、止めん。だが・・・・天女の水浴びの後には、鬼が待っている事を忘れるなよ。」

首が取れるかと言うほどガクガクと頭を縦に振る新入隊士達の肩に古参の隊士はそう話を締めくくって、ぽんっと手を置いたのだった。




















                                          〜 終 〜












― あとがき ―
そして鈴花ちゃんは『良順来訪』の時、「全然何もないですよ!」と爽やかに答えてくれるわけです(笑)
絶対あの男所帯で鈴花ちゃんが無事だったのは幹部の暗躍があったに違いない、に一票。