君が呼ぶから 〜 斎藤 〜
道場で稽古の最中、ちょっとした会話の時、呼び止める時。 お前は柔らかそうな短い髪を揺らして振り返って彼を呼ぶ。 『平助君!』 ・・・・そのたびに俺の気分は少し沈む。 理由は単純だ。 同じように振り返って俺を呼ぶ時、お前は 『斎藤さん!』 ・・・・と。 確かに俺は年の割には落ち着いているとか、年齢がわからないなどとしょっちゅう言われているが。 だがどうして、俺の事は『斎藤さん』で、藤堂の事は『平助君』なんだ? 同い年なのに。 俺に距離を取っているのか? ・・・・面白くないな。 お前が俺を信用してくれたり、頼ってくれている事は知っている。 別にそれは悪くない。 剣術の腕だけでなく、非番の時もお前は表情に乏しい俺を怖がったりせずに、子猫のようにちょこまかと俺に着いてきたりする。 それは、別に悪くないんだ。 だが 何故だかわからないが ―― このままでは、まずい気がする だから、機会が有れば『斎藤』ではなく『一』と呼んで欲しい、と言おうと思っているのに、なんだかそれも気恥ずかしくて出来ず。 おまけに、今日こそは言うと決めていた日に限って、そのくるくる表情の変わる顔に満面の笑みを浮かべて俺を呼ぶから 『斎藤さん』 『・・・・ああ』 ・・・・結局、言いぞびれた俺は、いつかは『一』と呼ばせる、と決意した 〜 終 〜 |