―― そりゃ、平助君の夢もよく分かってる わかってるんだけど、さ・・・・ 私の小さな希望もわかってよ!! 愛しい我が儘 「ねー、鈴花さん?」 ほらきた。 台所に立って夕飯の支度をしていた鈴花は、背中から聞こえた声に思わず顔をしかめた。 もちろん、その声自体が嫌いな訳じゃない。 嫌いどころか、好きで好きでしょうがない旦那様の声だ。 聞きたくないわけなんかない。 ・・・・でも、こういう呼びかけの時は絶対、次にくる言葉は決まっているのだ。 それは 「ねえってば、子ども!」 (ほら、やっぱり。) 予想通りの言葉に鈴花は思わずため息をついた。 きっと鈴花の反応を待っているであろう空気は、しっかり感じているが鈴花はあえて返事をせず良い感じに煮えていた芋の煮物を小鉢に移す作業に没頭しているふりをする。 と、気配もなくするっと鈴花の肩に腕が回って引き寄せられた。 危うく小鉢から芋を落としてしまう所だった鈴花は首だけ振り返って、背中から自分を抱きしめている旦那様を睨んだ。 「平助君。料理中は危ないっていつも言ってるでしょ?」 「だって、鈴花さんが無視するからさあ。」 怒り顔の鈴花に少し怯んだように、でも控えめにも抗議してくる平助はかまってほしい子犬の風情で、鈴花は思わず吹き出してしまった。 「なんだよ!笑うことないだろ!」 「ご、ごめん。だって平助君、可愛いんだもん。」 「ちぇ。もういいよ。鈴花さんにそう言われるのも慣れたしさ。」 そう言いながらも不満たっぷりな平助の様子にますます鈴花は可笑しくなってくすくす笑ってしまう。 「ごめんってば。子ども扱いしてるわけじゃないのよ?」 「そりゃあ、まあ。子どもじゃないし。」 どこか含みのある言い方をした・・・・と思ったら、不意打ちで頬に口づけされて鈴花は小鉢を落としかける。 「へ、平助君!!」 「鈴花さんが答えてくれないのが悪いんだからね。」 鈴花が怒っていないとわかって調子に乗ったらしい。 ちょっと強気になった平助に、鈴花はこっそりため息をついた。 「子どもは・・・・もう少し待ってよ。」 「なんでさ?鈴花さんは俺との子ども、欲しくないの?」 聞き返してくる言葉はなんでもないような振りをしていても、ちょっと含まれた不安そうな響きを感じ取って鈴花は困った。 「そうじゃないよ!欲しいとは思うけど・・・・」 「けど?」 言葉を濁した鈴花の頬を、逃がさないとばかりに平助が捕らえる。 (うわ〜、そんな風にされたら逃げられないじゃない!) どきどきする胸を押さえて、鈴花は観念した。 どのみち、理由を言わなければ夕食作りの続きもさせてくれそうにない。 「けど、なんなの?鈴花さん。」 「けど、ね・・・・私、平助君と気持ちが通じたと思ったら、すぐに別れ別れになっちゃったでしょ?」 「あ・・・・うん。」 御陵衛士と新選組に別れていた時の事を思い出したのか、平助も口ごもりながら頷く。 その様子が、あの時苦しんでいたのは自分だけじゃないとまた思い出させてくれて鈴花を後押しした。 (あの時は言えなかった・・・・考えることさえできなかった、小さな我が儘だもん。) 言ってもいいよね。 鈴花は窮屈な姿勢から持っていた小鉢を近くの台に降ろすと、平助の腕の中で彼と向き合う。 「別れ別れになって、あの事件があって、回復して大石さんとの決着をつけて・・・・それからまだr六月もたってないじゃない?」 「うん、そうだけど・・・・」 いつのまに立場が入れ替わったのか、鈴花の真っ直ぐな視線に見つめられた平助の方が、今度は落ち着かなさそうに頷いた。 けれど、自分の気持ちを伝える事に一生懸命な鈴花はそれには気がつかないようで、小さな声で照れたように言った。 「だから」 「もう少し、恋人でいたいの。」 「・・・・うゎ・・・・鈴花さん、それ反則・・・・」 大きく目を見開いたと思ったら、みるみる内に赤くなる平助につられるように鈴花も赤くなってしまいながら、それでも聞き捨てならない言葉に反論する。 「反則って何よ。」 「反則だよ。そんなに可愛いことを不意打ちで言うなんてさ。」 「え?かわい・・・・」 い?と続くはずだった言葉は問答無用で押しつけられた平助の唇に消えた。 「んん・・・ん・・・・・・・・・・」 少し乱暴なぐらい鈴花を求める口づけに、答えられているのかわからないほど翻弄される。 おかげで、思う様唇を貪られて解放された時にはすっかり涙目になってしまった鈴花は、上目遣いに平助をにらみつける。 「平助君!いきなりなにするのよ!」 「だから、言ったでしょ?鈴花さんが反則するからだよ。」 お仕置き、などと言う平助はやたらと嬉しそうで、口の割にはものすごく優しい瞳で鈴花を見つめる。 その視線に、釈然としないモノを抱えながらも口をつぐんだ鈴花の頬を少しなぞって、平助はニッと笑った。 「ねえ、鈴花さん?」 「何?」 「あのさ、鈴花さんのお願いはかなえてあげたいんだけど。」 「うん?」 「それって、鈴花さん次第かもね。」 「へ?何で?」 「だから」 きょとんとしている鈴花の耳元に意地悪く口を寄せて、平助は囁いた。 「鈴花さんがあんまり可愛い事ばっかり言うと、俺、押さえが効かなくなるから。そうしたら、案外早くできちゃうかもしれないだろ?」 「なっ!?」 平助が何を言っているのかわかってしまった鈴花が真っ赤になるのを楽しそうに見守って、おまけ、とばかりに触れるだけの口づけをして平助は笑った。 「ま、俺としてはどっちも歓迎だから頑張ってよね、鈴花さん。」 「っ!平助君の馬鹿ーーー!!」 〜 終 〜 |