『歳ちゃんは餌やらない方よね〜』 『ああ、そうかも。近藤さんは餌やり忘れそうですね。』 『そうそう』 ―― そんな話をした翌日 釣り人に要注意 「鈴花さーん!」 なんだかんだで隊士の面々から押しつけられた洗濯物を取り込んでいた鈴花は、呼ばれた方を振り返る。 そしていつの間にかおなじみになってしまった声の主を見つけて、笑った。 「梅さん、こんにちわ。」 「こんにちわ。相変わらず礼儀正しい子やき。」 そう言って梅さん、こと才谷梅太郎は人なつっこい笑みを浮かべる。 (この笑顔が梅さんの得してるところだよね。) 思わず鈴花がそう思ってしまうのも無理はない。 その笑顔ひとつで部外者のはずなのに、新選組の屯所の中まで気軽に出入り出来てしまうのだから。 最初の頃は首をひねっていた鈴花だったが、今ではすっかり才谷の存在に慣れてしまった。 「梅さんは相変わらず神出鬼没ですね。」 「そうなが?まあ、男はそればあが魅力的ろう?」 そう言ってちらっと悪戯っぽい流し目をしてくるのにも、鈴花はすっかり慣れっこで「はいはい」と気のない返事を返しつつ、手ぬぐいを取り込む。 「つれん態度ぜよ・・・・」 ううう、っと泣き真似をする才谷に鈴花は動揺もなくけろりと言った。 「それで今日は何か用事があったんですか?」 「・・・・てき相手にされちょらん。」 「?何をブツブツ言ってるんです?」 才谷がすねたように見ている事に気がついてはいたが、鈴花は気にしないことにした。 口が達者な才谷相手に気にしてしまった方が負けなのだ。 思った通り相手にされないとわかった途端、才谷は恨みがましい態度をさっさと脱ぎ捨てて笑った。 「用事はないがよ。おまんに会いに来ただけじゃ。」 「本当ですかあ?実は何か事件でもかぎつけて来たとか。」 「ちがうぜよ〜。なんで信じてくれんなが?」 「冗談ですよ。梅さんが私をからかおうとするから、仕返ししただけです。でも今は見ての通り洗濯物を取り込んでる最中なんであんまりお相手できないんですけど?」 「いいちや。気にしやーせきくれ。わしは鈴花さんがくるくる動いちゅうがを見ちゅうのが好きやき。」 つれなく答えたつもりだったのに、今度は素直に嬉しそうな表情で言われて鈴花は少し頬が赤くなるのを感じた。 (う、梅さんって不意打ちでこういう事いうから油断できない。) 赤くなってしまった頬を誤魔化すように鈴花はその辺にかかっていた洗濯物を両手一杯に慌ただしく取り込んで縁に置くために歩き出そうとする。 と、ひょいっと腕の中の洗濯物が揺れたかと思うと隣で洗濯物を抱えた才谷がにこにこしていた。 「い、いいですよ、梅さん!」 「えーがじゃ、えーがじゃ。手伝わせとおせ。」 「だって梅さんの洗濯物じゃないのに・・・・」 「おんしのでもないやか。遠慮せんでもいいぜよ。」 そう言いながらさっさと洗濯物を縁まで運んでしまう才谷を慌てて追いかけながら、鈴花は思わずくすりと笑ってしまった。 昨夜、山崎と盛り上がった会話を思い出してしまったせいだったが、才谷はその笑いを見逃さなかった。 「何じゃ?」 「え?」 「おんし、わしを見てわらっちょったじゃろうが。なんぞおかしかったが?」 「いいえ、梅さんを笑ったわけじゃないんですよ。ただ昨日山崎さんと話してた事を思い出したから。」 「山崎君と?何を話しちょったが?」 「えーっと・・・・」 鈴花は言葉を濁して軽くあたりを見回した。 幸いなことに居て欲しくない人の姿は見えない。 それを確認して鈴花は悪戯っぽく笑って言った。 「『釣った魚』に『餌』をやるか、やらないかっていう話です。」 「『釣った魚』か。」 「そう、元々は確か土方さんは釣った魚にあんまり餌をやらなさそうだよねって話だったと思うんですけど。」 「なるほど。わかるきもするぜよ。」 「でしょう?で、そのうち話が広がって、近藤さんは餌やり忘れる方だとか、原田さんはきっとやり方がわかんないんじゃないかって。」 「あっはっはっ!原田君もえずい言われようじゃのお。」 豪快に笑う才谷と顔を見合わせて鈴花も笑う。 「だってそう思うじゃないですか。それでその話の中で梅さんの事も出てたなって思い出したんですよ。」 「ん?わしか?」 「はい。梅さんは釣った魚を大事に育ててくれそうだなって。」 鈴花に言われて才谷は一瞬驚いたように目を丸くする。 しかしすぐににっと笑った。 「そりゃあ、もちろん餌もこじゃんとやって大事に大事に育てちゅうよ。」 「ですよねー。」 「そうして育ててころあいを見て」 「ころあい?」 何か不審げな単語に首をひねった鈴花に、縁に洗濯物を降ろした才谷は意味ありげな視線を流して言った。 「三枚におろしてペロリじゃ!」 「ええ!?」 「冗談じゃ。」 あまりにも速攻の否定に鈴花は眉を寄せた。 「・・・・本当ですか?」 「さて、どうかのお。」 才谷はにこにこ笑って洗濯物の方へ歩いていってしまう。 それを慌てて追いかけながら鈴花は言った。 「どっちなんですか!大体三枚におろしてペロリって一体・・・・わぷっ!」 言いつのっていた鈴花の視界が突然真っ白になる。 驚いてジタバタしていたせいで、干していた白い大きな布を頭っから被せられたと気付くまでしばらくかかってしまった。 もちろんこんな事をする人間はこの場に1人しかいない。 「うめさっ!」 鈴花が抗議の声を上げかけた瞬間、布の上からぎゅっと抱きしめられた。 (!?) 今度こそ、心臓が止まるかと言うほど驚いて固まると、後頭部方向に少し引っ張られる力と同時に視界が開ける。 そこには、才谷の悪戯っぽい・・・・でもどこか、真剣な瞳があって鈴花の鼓動が煩く高鳴る。 それに気付いているのか、いないのか、鈴花を相変わらず腕の中に閉じこめたまま才谷は言った。 「ほがーに気になるなら、鈴花さん。」 「は、はい?」 「ひとつ、わしに釣られてみんがじゃ?」 ―― 結局、才谷が釣った魚に餌をやるタイプだったかどうか鈴花が知るのは、大分後になっての事だった。 〜 終 〜 |