「蒲公英」 〜 野村×倫 〜 春の土手というのはそれは綺麗なものだ。 新緑の草は青々としていて良い香りだし、所々にさいた小さな花はお日様に向かって一杯に花弁を開いている。 だからそこに大の字で昼寝をしたら確かに気持ちいいだろう。 それは倫だってわかるけれども・・・・実際にそれをやっている知り合いに偶然行き会った時、こんなに脱力感に襲われるとは知らなかった。 (・・・・それともやってるのがあまりにもやりそうな人のせい?) 春の土手で思い切り昼寝していそうな人 ―― 今まさにそれを実行中の野村利三郎の姿を見下ろして倫はため息を一つついた。 ぽかぽかした日だまりに大の字で寝ている姿は笑ってしまうほど暢気だ。 (確か庵さんから何か頼まれていなかったっけ。) 花柳館の食客でもある野村はなんでも屋の仕事も手伝っている。 その関係で庵から何か言われているのを昨日見た気がしたのだ。 (・・・・ちゃんと終わってるのかな。) 庵の用事が終わってから昼寝しているのなら問題ないのだけれど、まだだとするとまずい。 数秒考えた後、倫は土手の上の道から野村に向かって歩き始めた。 ちょっと起こして確かめて見ればいいのだ、と思って。 草を踏む音で気がつくかと思ったが、いっこうに野村は顔を上げない。 とうとうその寝顔がのぞき込める位置まで来てしまった倫は呆れてため息をついた。 (野村さん、剣士のはずなんだけど。) 腕が立つのは知っているが、それでもこの状況はどうなんだろう? 大口開けて眠っている野村を上から覗きながら、倫は呆れ顔でその肩に手をかけた。 「野村さん、野村さん!」 「・・う、あ?」 「あ、じゃなくて、野村さん!起きて下さい!」 「・・・・・うー・・・・・・・・・・・・・」 「起きないとご飯抜きですよっ!」 「!それは勘弁っ!!・・・・って、あれ?倫ちゃん?」 切り札の一言にがばっと飛び起きた野村がぱちぱちと目を見開いて見てくるのに、倫はため息一つついて言った。 「おはようございます。」 「おはよ・・・・て、なんで倫ちゃんがいんの?」 「上から思い切り寝ている野村さんが見えたので。庵さんの用事は終わったんですか?」 さっさと聞きたいことを聞こうと思って倫がそう言うと案の定、野村はみるみるうちに「しまった」という顔になった。 「あ〜・・・・忘れてた。」 「やっぱり。」 「あんまり土手が気持ちよさそうだったからついさ。」 「ついじゃないですよ。時間は大丈夫なんですか?」 「どうかな、今何時?」 「昼の八つを過ぎたところです。」 「それなら間に合うぜ。あぶねえ。」 よかったよかった、と無邪気に笑う野村に倫は心の底からため息をついて立ち上がった。 「早く行った方がいいんじゃないですか?」 「ああ。起こしてくれてありがとな!」 悪びれもせずにぱっと笑う野村に倫も知らずに苦笑する。 こういう時なんの陰りも見せないところが野村の良いところだ。 ・・・・いや、得しているところ、と言うべきか。 こういう笑顔を見せられるとなんとなく「まあ、しょうがないか」という気にさせられるのだ。 そういう自分にはない野村の性格に触れるとなんとなく倫は微笑んでしまう事に最近気がついた。 呆れながら、しょうがないなと思いながら・・・・それでも心のどこかで。 もっとも倫がそんな気分を味わっているとは野村の方は気がつくはずもなく、慌てて立ち上がろうとして ―― 急に戻った。 「?野村さん?」 「倫ちゃん、ちょっとちょっと。」 再び座ってしまった野村を不審に思って声をかけた倫に野村は手招きをする。 つられるように倫が腰を落とすと。 無造作に野村の手が倫の髪に伸びて ―― 「起こしてくれた礼!うん、似合うじゃん。」 「え・・・・」 何をされたのかも分からず目をしばたかせる倫の前で野村は相変わらずにかっと笑うと、今度こそ立ち上がる。 そして「えーっと、どこ行けばいいんだっけ?」などと不穏な独り言を呟きつつ土手を駆け上がっていく後ろ姿を呆然と倫は見上げていた。 そして土手の上の道に飛び出す寸前野村はくるっと振りかえると「じゃあな!」と威勢良く手を振ると駆けだして・・・・やがて視界から消えて。 「・・・・・・・・」 野村の姿が消えた方をしばらく倫は見つめていたが、やがて立ち上がると野村とは逆の川に向かって歩き出した。 さらさらと流れる川面はいかにも春らしい日差しを反射していてキラキラと輝いている。 腰を落として倫が覗き込んだその川面には。 ―― 蒲公英を髪に飾って、どことなく嬉しそうな顔をした少女が映っていた・・・・ 〜 終 〜 (蒲公英の花言葉には「思わせぶり」っていうのがあるっていうのをこれを書き終わった後に知りました) |