ACT OVER:食堂劇場
戦艦エリュシオンの食堂はいつも穏やかな空気に満ちている。 食堂を管理しているアニタの持つ雰囲気のせいもあるのだろうが、基本的にクルー同士の仲がいいせいだろう。 軍艦という言葉からイメージするような規律正しい姿はそこにはなく、どことなく大家族のリビングルームのような光景がいつも広がっていた。 それは単艦でICEOとの和平交渉などというミラクルを起こして世界を180度転換させてみせ、世界中にその名を知らしめた今でも変わることはなかった。 ・・・・が、しかし。 今日ばかりは和やかな憩いの場、とはいかないようだ。 というのも。 「・・・・あのさ、レイシェンさん・・・・」 もの凄く落ち着かなさそうに正面で黙々と食事を口に運んでいるレイシェンをルシオは見た。 その視線に対する答えは無言。 ついでに言うならオーラで「関わらない方が良い」とひしひしと伝えてきている。 「・・・や、でも、気になる、よね?」 「・・・・・・・・・・・」 ルシオの問いかけにレイシェンは無言で箸を留め・・・・そして二人が同時に視線を滑らせた先には、只今この食堂の空気を妙な緊迫感に変えている原因の姿があった。 食堂の一角、周囲1テーブルぐらい綺麗に誰も人が座っていない真ん中に向かい合わせで座ったまま黙々と食事をしている男女 ―― このエリュシオンの艦長である天城藍澄と、エースパイロット、ヨシュア・ラインベルガーの姿が。 紆余曲折あってめでたく恋人同士であるはずの藍澄とヨシュアは普段は他のクルーにからかわれたりお互いで何か墓穴堀合って騒いでいたりと、何かと騒がしい事が多い。 その二人が黙り込んで向かい合っている姿は何とも奇妙かつ不気味。 そしておまけに二人の間に漂う空気がこれでもか!というほど「何かありました!」と言わんばかりである。 正直、普通の神経ならばアニタの美味しいご飯も今日ばかりはさっさとかき込んで、失礼したい空気だ。 実際、一般のクルー達は直感に忠実にそのようにして最短で食堂を出て行ってしまったため、今食堂に残っているのはエリュシオンのメインクルーの一部だけだった。 「ありゃ、また随分ギスギスしてんなあ。」 食事は終えたのかエスプレッソのカップ片手に寄ってきたアルヴァにルシオは眉を寄せる。 「面白がってないでよ〜、アルヴァさん。」 「いや、あれは面白そうじゃね?」 「ヴィオレまで〜。」 「艦長、完全にむくれてるもんな。またヨシュアが何かやったんだろ。」 肩をすくめて笑うアルヴァの横からクロエがひょこっと頭を出した。 「え、でもヨシュアさんも怒ってるじゃないですか。」 「だな。それが珍しいよな。大抵あの二人ってどっちか怒るとどっちか慌ててるのにさ。」 その場にそろっていたメンバーは一様に頷く。 ちなみにこれだけあからさまに見られているのに、藍澄とヨシュアは全く気づいていない。 そこへ台所からエプロンで手を拭きながら困り顔にアニタが出てきて言った。 「ちょっとあんた達。そんな事言ってないで誰かあの子達をどうにかしておくれよ。来た時からずーっとああなんだから、みんな折角のご飯も喉を通らないみたいだしねえ。」 「ん〜、まあ、あの空気にさらされてメシ食っても消化に悪いかもね。」 「ルシオはちょっとぐらい消化が悪くなった方がいい。」 「あ、ひっで〜、レイシェンさん。」 「俺もレイシェンに同感〜。というわけで、ルシオ。」 「え?」 「ちょっと突撃してこい。」 びしっとヴィオレに指名されてルシオは「ええ〜!?」と叫ぶ。 「オレ?」 「そうだ。行ってこい!」 「えー・・・・もう、しょうがないなあ・・・・・」 頑張れ!とばかりにその場にそろっていた面々に背中を押され、ルシオはやむなく席を立った。 そして他のクルーが全員退散したほどの何とも言えない淀んだ空気をもろともせずに件の二人に近づいて。 「艦長もヨシュアも、どしたの?」 いともあっさり、食堂に集った人々の心の声を代弁した。 次の瞬間、ぱっと顔を上げてルシオを見たのは藍澄、きっと苛立たしげに睨み付けてきたのはヨシュア。 結構な過剰反応にルシオは一瞬引きかけたが、次の藍澄の言葉の方が早かった。 「聞いてよ!ルシオくん!」 「え?」 「ふん、たいした事じゃない。聞く必要なんかないぞ、ルシオ。」 「え?え?」 戸惑うルシオをよそに鼻をならしたヨシュアを藍澄がむっとしたように睨み付ける。 「酷い!たいした事ですよ!」 「酷くなんかない。あれはお前が悪い。」 「え?え?え?」 「だから、なんで私が悪いんですか!酷いのはヨシュアさんじゃないですか!!」 「お前が悪い。お前があんな顔するから・・・・」 「変な顔だったって言いたいんですか?確かに私は美人じゃないけど、真面目にお仕事をしただけです!」 「だからそれが!!」 「ちょ、ちょっと待って!ストップ!!」 ヒートアップしかかった藍澄とヨシュアの会話にルシオの声が強引に割り込んだ。 「えっと、オレ達にはさっぱり訳がわからないんだけど?」 「だから!」 「それは!!」 「あ〜、待て待て。」 またも同時にしゃべり出しそうになって二人に今度はアルヴァがなだめるように割ってはいる。 「なんか双方言い分がありそうだけど、ここはレディーファーストが基本だぜ?な、艦長。」 アルヴァお得意のウィンクで言葉を封じられたヨシュアがむっつりと黙り込むのを横目に藍澄は憮然とした顔で話始めた。 「実はですね、こないだ取材を受けた雑誌が発売になったんです。」 「雑誌って、ああ、エリュシオンの特集かなんかを組むって言ってたあれか?」 「はい。予定では艦の写真とクルーと私のインタビューを載せるって話だったんですけど、取材の後に私の写真も載せていいかって聞かれて。」 「ふむふむ?」 「特に断る理由もなかったんでいいですよって答えたんですけど、今日発売された雑誌を見て・・・・」 そこで不自然に言葉を途切れさせて藍澄がちらっとヨシュアを見る。 そのなんとも恨めしげな視線に横から成り行きを見守っていたヴィオレがにやっと笑って言った。 「さてはヨシュア、お前、また素直じゃないこと言ったんだろ?可愛くない、とか。」 「そうなんです!」 ヴィオレの言葉に思いっきり藍澄は頷いた。 艦長帽も吹っ飛ぼうかというその勢いに藍澄の悔しさと怒りが込められているかのようで、その場にいた他の面々も苦笑する。 その苦笑は多分に「もう、相変わらずなんだから」的なものだったが、藍澄にとっては何かの後押しになったのか、ヨシュアをびしっと見据えた。 「別に可愛いって言って欲しかったわけじゃないですけど、でももう少し言い方があると思います。」 「っ、だから、だなっ」 「確かにちょっと浮かれてたなっていう自覚はありますよ?でも「こんな顔見せるな」って酷いです。」 「うっ、そ、それは・・・・」 じとっと睨まれてヨシュアが何とも言えない顔で言葉に詰まる。 「私だって、エリュシオンのイメージを良くしようと思って恥ずかしいのに頑張ったのに・・・・」 「っ・・・・・」 悔しそうに藍澄が俯いてヨシュアがぎくり、としたように肩を揺らした。 言い合いをしているときはまだしも、一瞬でも藍澄に泣かれそうになるとヨシュアが滅法弱くなる事をエリュシオンのクルーで知らない者はいない。 そいうわけで、この展開は藍澄に優勢だ、とギャラリーの誰もが思ったその時。 がたっ! 『!?』 勢いよくヨシュアが立ち上がった。 そして何かもの凄く感情を抑えた感じで藍澄を見据える。 いつもと違う展開にギャラリーが固唾を呑んで見守る中、ヨシュアは拳を握りしめて、そして・・・・・。 一息に叫んだ。 「お前のああいう顔はオレだけが見れば良いんだ!なんで不特定多数になんぞ見せなくちゃいけない!」 「え?」 「は?」 「え〜っと・・・・」 「それってつまり・・・・・」 ぱちくり、と目を見開いたままフリーズする藍澄と互いに視線を交わすギャラリーの横で、端っこにいたヴィオレが親切な解説をつけ加えてくれた。 「要するに、艦長が可愛く映ってるもんだから他の奴に見せるのが面白くなかった、と。」 「え・・・・・えええ!?」 そう言われてやっと意味を理解した藍澄が驚きの声を上げる。 「嘘、そう、だったんですか?ヨシュアさん。」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・悪いか。」 「!!」 いつの間にやら耳まで真っ赤にしたヨシュアにまるでふてくされた子どものようにぼそっと肯定されて、藍澄は零れるかと思うほど目を見開いた。 次いでその顔に浮かぶのは、花が咲いたような笑顔。 「ばっ!だから、なんでお前は所構わずそういう顔をするんだ!!」 「え、ええ!?だってしょうがないじゃないですか、嬉しいんだもん。」 「少しは緊張感って物を持って自粛しろ!そんな風にあっちこっちで笑顔を振りまくんじゃない!」 があっとヨシュアは怒ってみせるが、残念ながら藍澄には逆効果のようで。 押さえようとしても零れてくる笑顔をなんとか両手で押さえながら藍澄はヨシュアを見上げた。 「えっと、ヨシュアさん。」 「な、なんだ。」 「その・・・・少しは可愛いって思ってくれました?あの記事。」 「お、お、思ってなかったら・・・・・・・・・こんなに怒ったりするかっ!!」 だから真っ赤になって怒鳴っても完全に逆効果なんだけど・・・・とは、藍澄の心の声。 「と、とにかく!これから雑誌とかに映る時はきりっとした顔をしろ!絶対にあんなっ、か、か、か、可愛い顔、するな!」 「ふふ、はい。わかりました。」 そう言って藍澄はこれ以上ないぐらいとびっきりの笑顔で付け足した。 「ヨシュアさん、大好き!」 「〜〜〜っ!お前、全然わかってないだろっ!!!」 ―― 同時刻、食堂前の廊下。 「・・・・な〜」 「なに、ヴィオレ。」 「俺、艦内恋愛禁止ってくだらね〜って思ってたけど、大事だな。」 「・・・・・・・・・・・・・・」 ヴィオレの台詞に二人の世界が展開されるギリギリの所で脱出に成功したギャラリーの面々は深く同意のため息をついたのだった。 〜 END 〜 |