シェイドのため息
「トーヤ様」 聞き慣れた、というか、些か聞き飽きた感のある声に名前を呼ばれてトーヤは読んでいた本から顔を上げた。 そこにはトーヤの最愛の妻であるルイ以外のもう一人のこの家の住人、シェイドが立っていた。 ちなみに、この『もう一人の住人』というのはトーヤにとっては大変不本意だったりする。 なんたってトーヤとルイは新婚なのだ。 結婚したのは何ヶ月か前の話ではあるけれど、その時はトーヤもルイも自分の感情に気が付いていなかった。 だから、トーヤが人間として生き返ってルイと想いを通い合わせてからの今が自分たちにとっては新婚期間・・・・だというのに、その新居に元下僕が同居。 はっきり言ってお邪魔虫以外の何者でもない。 と、トーヤは主張したのだが、ルイの「シェイドさんも一緒じゃだめ?」の一言で陥落してしまった。 「トーヤ様!」 少々苦い回想に浸っていたトーヤは、シェイドの声に我に返った。 「なあに、シェイド。」 「お伺いしたい事があるのですが・・・・」 前置きをしたシェイドの様子に、トーヤはおやっと思った。 いつもは無表情な事が多いシェイドが珍しく戸惑ったような顔をしていたからだ。 戸惑っている・・・・ような、思い詰めているような、困り切っているような。 「あんたも顔のバリエーションが増えたわね。」 「は?」 「なんでもないわよ。で、聞きたい事って?」 珍しく親切にトーヤが促してやると、シェイドは言いにくそうにしつつトーヤを見上げて言った。 「・・・・トーヤ様。ルイ様に何か言われたのですか?」 「ルイちゃんに?」 「・・・・近頃、ルイ様が何故か私の方を冷たい目でご覧になることが多い気がしましたので。」 「冷たい目?・・・・・・・・・・・・・・・・・ああ!」 しばし考えて、ぽんっと手を打ったトーヤに、シェイドの顔色が変わった。 「何かおっしゃったのですか!?」 「まあ、そうねえ。そうなの、冷たい目ねえ。ふふふ。」 急に上機嫌になったトーヤに、シェイドは激しく不安そうにトーヤを見る。 「トーヤ様・・・・」 「え〜?そんなにたいしたことじゃないわよ。ただね・・・・知りたい?」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はい」 おそらく目を細めて酷く悪戯っぽいトーヤにそれを聞くかどうか葛藤があったのだろう。 妙に長めの間が空いた後の返答に、トーヤは口の端をあげた。 そして内緒話でもするように声を潜めて言った。 「この間ね、ルイちゃんが「トーヤってシェイドさんの事好きなの?」って聞くから、そうよって答えただけよ。」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」 シェイドとは長年のつきあいになるが、初めて見る間の抜けた顔にトーヤは吹き出しそうになるのをなんとか堪えた。 そして何食わぬ顔で、ん〜っと唇に指を当てて考える仕草をしてみせる。 「そういえば、その後ルイちゃんが「やっぱり!」とか言ってたっけ?」 「・・・・わざとですね?」 「ん?」 押し殺した声に見てみれば、シェイドは何やらフルフルと肩を振るわせている・・・・本当に感情のバリエーションが増えたものだ。 「わざとおっしゃいましたね?ルイ様のそのご質問に答えようなどいくらでもありましょうものを、わざと簡潔に。」 「そぉんなことないわよぉ!」 「・・・・ルイ様が私に嫉妬なさるのをご覧になって楽しんでおられましたね?」 「いやだぁ!それじゃアタシの性格が悪いみたいじゃな〜い。」 「・・・・・・・・・・・・・・」 わざとらしく否定してやれば、無言の圧力。 常人だと怯えてしまいそうな圧力もトーヤには無力だ。 なんせ、自分が創った従者なのだから。 (だから、シェイドが嫌いなわけないじゃない。) しかしそれは、一種家族にも近い『好き』。 当然、今やトーヤの中で唯一無二になってしまったルイと比べるまでもないのに。 口許が緩む感覚を自覚しつつトーヤは言った。 「もう、ホントにあの子ってば可愛いわよね。そう思わない?シェイド。」 「・・・・そこで私がはいと申し上げればお怒りになりますでしょうに。」 いいネタにされてしまって弱冠怒り気味なのか、ぼそっと呟くシェイドの額をトーヤは笑みを絶やすことなく人差し指で突き倒した。 仕草だけならバカップル専用のそれに似ているが生憎威力は桁違いで。 「っ!!」 衝撃で後ろにのけぞったシェイドが額を抑えるのを見ながら、トーヤはにっこり笑った。 「もちろん怒るわよ。ルイちゃんがホントに可愛いのを知ってるのはアタシだけで充分。でも他の奴が賛同しないとそれはそれで腹が立つのよね〜。」 「・・・・・・・・・」 はあ、とこれ見よがしにため息をつかれてもう一撃食らわせてやろうかと思った丁度その時。 「ただいまー!トーヤ?」 玄関の方からした可愛らしい声にトーヤは一瞬でシェイドのことを忘れた。 「おかえりなさ〜い、ルイちゃん♪」 空気の色をいう物が人の目に見えたなら、一瞬にして空気全てがピンク色かもしくはバラ色に染まったんじゃないかと思わせるぐらいに上機嫌な声で答えながらいそいそとトーヤは玄関へ出て行く。 ・・・・その姿を見送って、シェイドは深く、深くため息をついたのだった。 〜 Fin 〜 |