それからの二人



唖然、というのはこういう状態の事を言うんだろう、と生まれて初めて倫は実感した。

そしてその元凶たる目の前の男、野村利三郎も珍しくばつが悪そうな顔をしている。

それはそうだろう、なにせ。

「じゃあ、野村さんは私が肇さんを好きだって勘違いして肇さんを守る為に戦ってたんですか!?」

「うわっ、そう言われると俺がすっげえ馬鹿みたいじゃない。」

がくっと野村はへこたれる。

が、しかし倫の言った事が事の顛末を実に簡潔にまとめているために、反論ができないのだ。

―― 宮古湾海戦からほぼ一月。

海戦で腹に銃弾を受け、一時期死線を彷徨った野村だが運が強かったのか、医者の腕がよかったのかほとんど回復していた。

意識が戻った頃は体を少し動かすだけで激痛が走るような状況だっただけに倫も気が気ではなかったが、一月ほどたった今は食事も普通にとれるし動くこともできるようになってきている。

そしてやっと一息ついたころ倫はふと思い出したことを聞いてみたのだ。

すなわち。

『何で私が野村さんがいないと笑えませんって言った時に、肇さんの名前が出てきたんですか?』と。

その瞬間の野村の反応はすごかった。

飲みかけていた湯飲みは落とすし、一気に赤くなったと思ったら、どうでもよさそうな理由をつけて逃げだそうとするし。

完全に『何かあります!』と力一杯宣言しているような態度に、倫がすかさず野村を捕まえて話させた・・・・その内容が前述のそれだったのだ。

倫は布団の上に非常に居心地悪そうに座っている(倫が有無を言わさず座らせた態勢のまま)野村を見つめて眉間に皺を寄せた。

「つまり、野村さんは香久夜楼で泣いていた私を見て肇さんの事を想って泣いてるんだろうと思ったわけですか。」

「あー・・・・・・・・うん。」

こくん、と素直に頷いた野村に倫の口から自然とため息が漏れる。

「あの部屋は野村さんだって一緒に使ってたじゃないですか。どうして自分かなとは思わなかったんです?」

「いや、相馬じゃなくて俺なんて絶対ないと思ったからさ。」

「だからどうして?」

絶対ない、なんて決めつける考え方がすでに野村の能天気思考とそぐわない気がする。

と、思ったのがばれたのか野村は不満そうに顔をしかめて言った。

「倫さん、俺が何も考えてない奴だと思ってない?」

「え?いえ、そんな事は・・・・」

ありました、ごめんなさい。

こっそり内心謝ってみたが野村は「ちぇ」と拗ねたように呟いた。

「いーけどさあ。確かに俺ってあんまり深く考える方じゃねえし、俺自身今考えればなんで『俺』じゃないかって考えなかったのかわかんないんだよね。」

そう言って少し首を捻った野村は自分でも何かを反芻するように言った。

「たぶん、だけどさ。新選組に入隊する時、倫さんが俺たちの部屋に来てくれただろ?」

「ええ。お茶持ってですよね。」

「そうそう。あの時、相馬と倫さんが並んでるのを見てお似合いだなって思ったんだ、俺。」

その発言に倫は目を丸くした。

「私と肇さんがですか?」

「うん。二人とも落ち着いてるし、芯の強い人間だって知ってたしさ。なんかこう、お似合いだなーって思って。ちょっと悔しいと思ったからそれが頭のどこかにあったんだと思うぜ。」

「それで、泣いているのを見た時に私が肇さんを好きだって思ったんですか。」

「そう、かな。」

へへへ、と何とも照れくさそうに笑う野村に倫は言った。

「それで私が好きな肇さんを守ろうとしたんですね。」

「そういうこと。だってさ、あいつ真っ先に戦場に突っ込んでいくような所があるだろ?だから俺が盾にでもなんでもなって、とにかく生きて倫さんのところへ帰すんだって決めたんだ。」

「・・・・・・・・・・・・・・」

野村の言葉に倫は黙り込んだ。

実際にその決意通り野村は命がけで甲鉄艦から相馬を逃がしたのだ。

命がけで ―― 倫のために。

もちろん、親友を死なせたくない気持ちもあったのだとは思うけれど根底の決意は倫のためだったのだと。

(この人は・・・・)

『真面目なんだか不真面目なんだか、カッコイイだか悪いんだか、呑気なんだかせっかちなんだか』

大分前に野村の事をそんな風に思ったことを思い出して、倫は微妙な顔をしてしまった。

喜んでいるような、怒っているような、呆れているような微妙な表情を。

実際、その全てだったのだからしょうがない。

とんでもなく大きな勘違いをしていた所に関しては呆れるしかないし、盾になってでもと自分の命をかけようとした事には怒りたい。

・・・・でも、やっぱり嬉しさもあるのだ。

野村が自分のために考えて考えて、そして命がけになろうとも幸せにしてくれようとした事が。

(本当に、もう・・・・好きだなあ。)

そんなことを自然に考えた後、急に頬が熱くなった気がして倫は俯いた。

しかしその反応を悪い方にとったのだろう。

「倫さん?」

「っ!」

覗き込んでこられて倫は思わずのけぞってしまった。

「?どうかした?」

「い、いえ、なんでもないです!」

首をぶんぶんと横に振って、倫は慌てて話題を変えようとした。

「そ、そうだ!何かしたいこと無いですか?」

「え?」

考えてみればあまりにも急な話題展開に、野村は一瞬きょとんっとする。

が、慌てている倫の方はその表情に気がつかずに頷いた。

「大分よくなってきたでしょう?お医者さんから大体の事はできるはずだからって言われましたし、もししたいことがあればと思って。」

「したいこと・・・・」

「そうです。何かあります?」

「いいの?」

「?いいのって、そんなに無茶じゃなければ何でもいいですよ?」

野村に限っていきなりそれはないだろうとは思ったが、稽古などと言われると困るなと思いながら倫が言うと、野村はにかっと笑った。

それはもう、嬉しそうに。

「?」

「じゃ、遠慮無く。」

そう言って野村はおもむろに。















一瞬。

前へ引っ張られたと思った次の瞬間には、目の前に黒い髪があった。

状況を把握する前に感じたのは、背中に回された野村の腕の感触。

そして、着物越しにトクンッと跳ねる鼓動・・・・・・・・















「!☆×○!??!?☆!○☆☆!?〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」

野村に抱きしめられている。

その現状を把握した途端、倫は声にならない悲鳴を上げてしまった。

(な、な、な、なんで!?)

確か自分は「やりたいことはないか」と聞いたはずなのに、と真っ白な頭で考える倫の耳に野村の声が聞こえた。

「すっげえ満足♪」

「???」

野村の言葉の意味がよく分からず、ただ取りあえずそう言った声がとても嬉しそうだったので倫はじっとしていた。

というか、固まってしまっていたというのが正しいかも知れないけれど。

最初はすぐに離してくれるかと思った腕はぎゅーっと抱きしめられたまま動く気配もない。

きつくもないが、かといって緩くもない拘束がなんともくすぐったくて倫は誤魔化すように呟いた。

「こ、これがやりたい事なんですか?」

「?うん。」

さくっと答えられて戸惑う。

「外へ行きたいとか、何か食べたいとかでもいいんですよ?」

「う〜ん、それはまた後ででいいよ。俺さ」

そこで言葉を切って野村は少しだけ倫を離した。

といっても、まだ倫の体は野村の腕の中で至近距離から額をくっつけるように覗き込まれてしまった。

間近になった野村を前に、もうどうしたらいいのか分からないほどドキドキしている倫に嬉しそうな笑顔で言った。

「ほんとは目が覚めて、倫さんが俺のこと好きだって言ってくれた時にこうしたかったんだぜ?夢かもしれないし、実はまだ死んでるのかもしれないって思ったもんなあ。
だから、今、これは現実だって実感してんのさ。」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

まいった、と思った。

こんな事を大好きな笑顔で言われて。

(これだからこの人にはかなわない。)

「・・・・私の方が夢見てるような気になってきました。」

小さな声で呟いた言葉はしっかり野村まで届いていて、野村はははっと声を上げて笑った。

「じゃあ、倫さんが夢から覚めるようにもうちょっとこうしてていいよな。」

そう言って再びぎゅっと抱きしめられて、今度はことんっとその肩に頭を預けた倫は小さな小さな声で呟いた。

「・・・・夢じゃないって実感できても、こうして欲しいです・・・・」

返事はなかった。

けれど。

―― 少しだけ強くなった腕に倫はそっと身をゆだねた。




















                                                〜 終 〜






















― あとがき ―
幸せ一杯な感じになっていればいいなあ(^^;)