指令:想い人の寝込みを襲って下さい。 桜庭鈴花の場合 〜 斎鈴編 〜 (・・・・いや、無理でしょ?) とある「謎の指令」を受け取った桜庭鈴花は無造作に書かれた指令書を手に心の底からそう思った。 ただし鈴花が「無理」と思うのは所謂奥ゆかしい同世代のお嬢さん達のように「好きな人の寝込みを襲うなんて!きゃーvv」・・・・という若干黄色い妄想の入った羞恥心のためではない。 何分鈴花は自分でも自覚済みの同世代女性からは規格外なのだ。 そうでなければ女性と言えば家に入り家族のため、夫のために働くことが美徳とされた時代で、剣の腕一本を頼りに新選組という荒くれ者の集団に属することなど考えも付かないだろう。 なので、ハッキリ言ってそこいら辺の男性であれば鈴花にとって寝込みを襲うなど容易いことだ。 だがしかし。 繰り返すようで恐縮だが、ここは新選組。 鈴花の腕前の何倍も上を行くような、半ば人外の腕を持つ者達の巣窟のようなところである。 鈴花の想い人が誰であれ容易に「寝込みを襲う」ことなどできそうにないと感じるのは無理もないことだ。 加えて。 「・・・・・・・・・・・・・・・・寝込みなんて襲ったらどうなるか・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 ぼそっと呟いて鈴花はにわかに口元を引きつらせた。 鈴花の想い人はそれはそれは大暴走をやらかしてくれる人なのだ。 一瞬、脳裏によぎったのは漆黒の髪を透かして見えた恐ろしく情熱的な光を秘めた切れ長の瞳。 同時に唇に蘇った感触に、思わずばっと口元を覆った。 (う、わっ) 何を思いだしてるの!と思わず鈴花は自分を叱咤する。 よりにもよってここは屯所の入り口なわけで(「謎の指令書」を「謎の配達海月」から受け取ったまま固まってしまっていた)こんな所で赤くなったりしている奴など怪しい事この上ないではないか。 慌てて左右を確認するも、幸いな事に人影はなく鈴花はほっと息を吐いた。 そして、ややあって。 「・・・・はあ。」 ため息を一つ。 (想い人、かあ・・・・) とくとく、といつもより早い鼓動を刻む胸を自覚しながら鈴花は苦笑した。 鈴花の想い人は、それはそれはやっかいな人。 剣の腕は超一流で、女心のわからなさも超一流。 殺気には恐ろしく敏感で、恋のかけひきには恐ろしく鈍感で。 冷たい月のような姿をしているくせに、その実は溶かされてしまいそうなほど熱い。 そしてなにより。 (真っ直ぐだから、ね。) 決めたら常に真っ直ぐに。 身をもってそれを体感している鈴花にとってはこの「指令書」の通りに行動したら最後どうなるか、手に取るようにわかるわけで。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・なかったことにしよう。」 思案5秒。 そう結論を出して鈴花は「謎の指令書」を懐に隠蔽しようとした。 ―― 途端。 突然、手の中の「指令書」が消えた。 「へ?」 (まさか。消えるわけないよね。だって今の今まで持ってて・・・・) 落としたのかな、と目をしばたかせた鈴花は慌てて周囲を見回して・・・・次の瞬間固まった。 というのも、「謎の指令書」はどこかに落ちたわけでもなく、いつの間にか背後に立っていた人物の手に移っていたのだから。 しかも相変わらず何を考えているのかよくわからない無表情でその「指令書」をじっと見ているその人は・・・・。 「・・・・桜庭」 「は、はいぃ!?」 「なかったことにするのか?」 「は?」 「さっきなかったことにする、と。」 「あ、えーっとそれは・・・・」 さすがに本人を前にして「そんな事をしたら身の危険を感じるので見なかったことにしようと思いました」とは言えない。 もごもごと言葉を濁す鈴花を前に、しばし考えた後・・・・斎藤一はこともなげに言った。 「では、俺がすることにする。」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?」 なんだろう、今のは聞き間違い? いや、むしろそうであって欲しい、と念じながら顔を上げた鈴花の目に映ったのは、「謎の指令書」を懐に入れて去っていく斎藤の背中で。 ・・・・その背中がいつになく上機嫌に見えたのは多分鈴花の錯覚ではないだろう。 そのまま呆然と屯所の中へ消えていく斎藤を見送る。 否、見送ってしまう。 そして再び鈴花一人が残された屯所の玄関にひゅるり、と白々しい風が吹き・・・・・・・ 「う、嘘でしょーーーーーーー!?」 ―― それからしばらく鈴花が睡眠不足に陥ったのは言うまでもないだろう 〜 終 〜 (斎藤は襲われるより襲うほうですよね・笑) |