―― 恋でもしてみたら・・・・なんて言ったのは確かに俺だけどさあ 恋愛至難 (あ・・・・まただ。) 耳を掠めた明るい笑い声に平助は足を止めた。 見回すまでもなく、正面前方に声の主は簡単に発見できた。 と言うより、否応なく目に入ってきた。 声の主、男所帯で口の悪い者には鬼の集団と言われる新選組の中でも異彩を放つ短い髪に男装の少女、桜庭鈴花と、十番隊組長、原田左之助がしゃべっている姿が。 二人が平助の気配に気がつかない程度に距離があるので、何を話しているのかまでは聞こえないが二人とも時折笑い声を上げているのはわかった。 (・・・・楽しそうじゃん) ちくっ 胸のあたりに生まれた小さな不快感に、思わず平助は口をへの字に曲げる。 (仲いいよな、最近。左之さんと鈴花さん。) そう自然に思ってしまうぐらい、最近原田と鈴花が一緒にいるのを見る機会が多い気がする。 (俺が、あんな事を言ったからかな。) あんな事、とは先日西本願寺の境内でぼーっとしている鈴花を見かけた時に他ならぬ平助自身が言ったこと。 (だってさ、鈴花さんがなんだか・・・・妙に寂しそうに夕陽なんか見て、ため息なんかついてるから) いつも元気で明るくて、あまり弱みを見せない彼女が。 辛い事だってたくさんあるはずなのに、泣いたところなんて、たった一度、山南さんが切腹した時しか見たことがない、鈴花が。 どこか遠くを見るような目で夕陽を見つめていて、なんだかその緋色に溶けていってしまいそうな風情だったから、なんとか元気づけたくて口にした。 『恋でもしてみるっていうのはどう?』 言われてきょとんとする鈴花が可笑しかった。 鈴花ぐらいの年頃なら憧れて不思議はない恋という言葉をまるで聞き慣れない言葉を聞いているようにしながら、『悪くないかもね』なんていうのが可愛くて。 だから・・・・ちょっと口をすべらせた。 『こんな刀を差して、新選組にいるような女の子を好きになってくれる男の人がいると思う?』 『大丈夫だって!探せば絶対いるよ!』 (・・・・それが左之さんってわけ?) ちく、ちく 苦い感覚が強くなる。 確かに原田はいい人には違いない。 乱暴者の怖い人のようだが、本当はとても仲間思いで懐に入れた相手には絶対に優しいし、甘い。 ちょっと不器用な所はあるけれど、彼のような人を好きになった女の子はおおむね幸せになれると太鼓判を押せる、そんな男だ。 だから考えようによっては、鈴花はなかなかにいい人を捜し出した事になるのかもしれない。 ふいに、前方から笑い声が上がった。 いつの間にか俯いていた顔をあげると、鈴花が笑い転げる原田に何か一生懸命言いつのっている所だった。 何を言われたのか、ほんのり赤くなった顔で・・・・それは平助が見たこともないような、とても綺麗な顔。 ―― ずきんっ (言わなきゃ良かったな。) 『探せば絶対いる』なんて。 探さなくたって、ずっと前から鈴花の事だけ見てる男が一人は側にいたのに。 (いつだって側にいたのに、俺の上は通り過ぎちゃったの?) 自分が馬鹿みたいで悔しくなる。 恋をすれば、なんて言えばその手の事にはとことん疎い鈴花が目覚めてくれるかも知れないなんて下心があったのに、見事に裏目に出てしまった。 「ちぇ・・・・」 自分でも嫌になるぐらいつまらなさそうな舌打ちをして、平助はまだ話し続けている原田と鈴花に背を向ける。 ―― 瞬間 「ぅおわっ!?」 目の前にあった人影に思わずとんでもなく変な声を上げてしまった。 気配に聡い平助にまったく気配を悟らせず(いかに考え事をしていたとはいえ)、背後に立っていた人物、三番隊組長こと斎藤一は一瞬だけ呆れたような視線を平助に向ける。 「・・・・器用な悲鳴だな。」 「は、は、一さん。驚かさないでよ!」 「・・・・別に。驚かせたわけじゃない。」 「や、だって、さあ・・・・」 気配を消して無くても、とかブツブツと文句を呟く平助を横目に、斎藤は視線を真っ直ぐ前に向けた。 その視線を反射的に追った平助は、どきっとした。 斎藤が見据えていたのは、原田に頭を撫でられている鈴花だったから。 「一さん?」 なんだか斎藤の周りを取り巻いている空気が、一段と鋭くなった気がして恐る恐る声をかけた平助を斎藤はちらっとだけ見た。 そして 「・・・・あんたは諦めるのか?」 「え?」 思わず聞き返してしまった平助を横目に斎藤はすたすたと歩き出す。 「ちょ、一さ・・・・」 「俺は諦める気はない。」 振り返りもせずに一言。 その背中を呆然と見送る平助の頭の中にさっきの斎藤の言葉が響いた。 『諦めるのか?』 (・・・・諦める?鈴花さんを?) 原田がいい人だから。 鈴花が幸せに慣れそうな人を選んだから。 ・・・・だから、自分は諦める? 「――・・・・・できるわけないじゃんっ!!」 (好きなんだから!鈴花さんが誰を好きでも、俺は鈴花さんがずっと、ずっと好きだったんだからね!) いくら原田がいい人だって、渡せないものは渡せない。 あの言葉を口にした時は、鈴花がこっちを向いてくれたら、なんて受け身な期待をしていたことに今更気がつく。 (『魁先生』な俺らしくないじゃん。) 鈴花が振り返るのを待つんじゃなく、振り返らせればいい。 視線が自分の上を通り過ぎたなら、引き戻せばいい。 平助はぐっと自分の拳を握った。 そしてもうすでに十数歩先に行っている斎藤の背中に向かって走り出した。 追い越す、ちょうどその時、相変わらず表情の少ない斎藤の顔に僅かな笑みが浮かんでいたような気がするけど、それを確認する事はしなかった。 ただ目指す先は真っ直ぐ、彼女。 バタバタ騒々しい足音で振り返るより先に、平助は大事な大事な名前を大声で叫んだ。 「鈴花さーーん!!」 ―― 恋でもしてみたら・・・・なんて言ったのは確かに俺 だから、俺と恋をしようよ?ねえ、鈴花さん・・・・ 〜 終 〜 |
― おまけ ― 「たくよ〜、なんで俺がお前の相談にのらなきゃならねーんだ?」 「私だって原田さんの恋愛相談にのってあげた事があるじゃないですか!」 「まあな。けどよー、なんで俺なんだよ?」 「だって、原田さんは平助君と仲がいいし。」 「新八だっているだろーが。」 「え〜、永倉さんに言ったらぜっっっっったいからかわれるから嫌です!」 「ぶっ!ま、まあ、そうだろーけどな。」 「・・・・」 「俺だっておめえの気持ちぐらい気づいてたってのに、当の本人が自覚したのがついこないだです、なんてなあ。」 「・・・・・・・・・・別に、しょうがないじゃないですか。」 「しかも平助に恋してみたら、なんて気軽に言われて初めて気づいたってんだろ?」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ほっといてください。」 「そんな事を言えるなんて、私の事は何とも思ってないんでしょうか、なんて聞かれた時にゃあ、何事かと思ったぜ。」 「〜〜〜〜〜〜!だって、本当にその時に気がついたんですもん!」 「おーおー、赤くなっちまって。そんなに平助が好きか。」 「からかわないでくださいっっっっ!!」 「ひゃはははは!」 「〜〜〜!ああ、もう!そうですよ!私は平助君が好きですよ!大好きです!!」 「はは!おめえ、あんまり声、張り上げねえ方がいいぜぇ?」 「はあ!?だいたい原田さんがからかうから・・・・」 「―― 鈴花さーーん!!」 「!?!?!!!(///)」 「うひゃひゃひゃっっ!」 |