幸せな違和感
「・・・・なんか変な感じだね。」 12年ぶりの劇的な再会を果たして数日、以前の庵に落ち着いた麟は今日も今日とて訪れた千歳を迎えた玄関先で唐突につぶやいた。 その何とも言えない微妙な言い回しに千歳は眉を寄せる。 「何?何か変?」 (確かにお店閉めてから慌てて飛び出してきたからちょっと格好は崩れてるかもしれないけど・・・・) 思わず自分の着物を上から下までチェックしてしまった千歳にくすりと麟が笑う。 「やだなあ、そういう意味じゃないよ。大丈夫。おねーさんは今日も可愛いから。」 「え?あ、そ、そう?」 けろりと「可愛い」なんて言葉を向けられて言われた千歳の方が照れる。 その様子を目を細めながらみつつ麟は千歳を座敷にうながした。 ちなみに麒伯は麟が目覚めてしばらく実体化していない。 麟曰く「12年も番人をやっていて疲れた」だそうだが、その心は12年も離れていた恋人同士の側近くに仕えるなんて野暮な事は勘弁願いたい、といったところだろうか。 もっとも千歳が通い妻よろしく、毎日通い詰めてきてはなんだかんだ言いつつ家事だの身の回りの世話だのしてくれるので麟にしてみれば不自由は至ってなさそうだが。 麟に促されて座敷に上がりながら千歳は首をひねった。 「でもじゃあ何が変な感じなの?」 「それは」 そう言って麟は千歳の前に回り込む。 「ほら」 千歳は自然と目線をあげ、麟の髪が軽く頬にふれる。 「??」 その段になってもなお不思議そうな千歳に麟は面白そうに笑いながら問いかける。 「気がつかないかなあ。変な感じでしょ?」 「何・・・・あれ??」 「気づいた?」 そう言って笑う麟の瞳は ―― 千歳より頭一個ぶん、上。 「僕がおねーさんを見下ろしてるって変な感じじゃない。」 「そうね・・・・うん、そう。そう言えばずっと私が見下ろしてたんだっけ、麟くんを。」 当たり前と言えば当たり前。 12年前の麟は中身はともかく外見は13歳で成長を止めた姿だったのだから。 当時17歳だった千歳とは当然身長差があるわけで、ごく普通に麟を千歳が見下ろしていた。 それが、今は上。 12年間でしっかり成長してきた麟は、もう千歳が見上げないと視線が合わなくなっている。 「言われてみると確かに変な感じね。」 「うん。・・・・でも、ずっと願っていたんだけどね。おねーさんを見下ろして話すっていうの。」 「そうなの?だって麟君、全然そんなそぶりなかったじゃない。」 「あのね、出さなかっただけ。男として恋人に見下ろされてる状況に納得できるなんてどうかしてると思わない?」 「そう?」 ぴんと来ないような顔をしている千歳に麟はくすっと笑って言った。 「だって口づけしようと思ったら相手に屈んでもらわなくちゃいけないんだよ?やりにくいじゃない。」 「は!?」 さらっと口にされたセリフに一瞬耳を疑った千歳だが、すぐにさあっと赤くなる。 その素直すぎる反応に麟は吹き出した。 「おねーさん、かわいすぎ。」 「も、もう!笑いすぎ!だって驚くじゃない!急にそんなこと言われたら!!」 「うーん、考えてたって意味では急じゃないんだけどなあ。」 「からかわないで!」 「あははは!」 笑い続ける麟を軽くにらみつけながら、千歳はため息をついた。 「いいわよ、いいわよ。どうせ私は麟君には口では勝てないんだもの。」 「そう?おねーさんは別のところで全然僕に勝ってるからいいじゃない。」 「どこが。だいたいその『おねーさん』っていうのもからかわれてる感じがするのよね。」 昔の13歳と17歳の身長差と年齢ならいざ知らず、今の感じではからかわれている雰囲気が濃い。 と、そんな気持ちでぽろっと口にした言葉だったが、何故かぴたりと麟は笑いを引っ込めた。 「?麟君?」 「・・・・うん、そうだね。『おねーさん』はもうちょっとおかしい。」 「え?う、うん?」 急に自分の言葉をまじめに考え込まれて千歳は戸惑う。 ・・・・この時点で麟の術中にはまっていることに気がつければ彼にからかわれることも半分ですむのだろうが、そこに気づけないのが千歳である。 そんな千歳をちらりと伺って麟は言った。 「それじゃ、なんて呼ばれたい?」 「え?名前、とか?」 「名前、ね。」 そう呟いて麟はにやっと笑う。 その笑顔を見た途端、千歳の脳裏に危険信号が点滅したがすでに時遅し。 逃げようにもしっかり肩を押さえられていて身動きが取れない千歳の肩の方へ麟は自然な動作で屈んで、耳元に吹き込むように囁いた。 「―― 千歳 ――」 「ひゃああああああああああーーー!!」 絶叫して飛び退いた千歳の顔は見事に真っ赤で。 「あはははは!!」 お腹を抱えて大爆笑する麟。 「麟君ーーーーーー!!」 ―― 庵の外まで千歳の声が響き渡ったとか。 〜 終 〜 |