人魚姫の涙
『ルイ!』 まるでとても大切な宝物を見つけたみたいに、貴方は嬉しそうに私の名前を呼ぶの。 『ルイ』 何度も何度も、繰り返し。 出会ったばかりの頃からシャルはいつもそうだった。 確かめるように私の名前を呼んで、そして私が答えるととても嬉しそうに笑って。 ねえ、私の本当の名前は『ルイ』じゃないけど。 でも、シャルにそう呼ばれるのはとっても好きだった。 シャルがあんまり大事そうに私の名前を呼ぶから、呼ばれるたびに『ルイ』が私の宝物の名前になっていって。 『ルイ』 そう呼ぶシャルに同じだけ嬉しそうに笑えていることを願いながら 『なあに?シャル』 って、貴方の名前を呼ぶのがとっても、とっても好きだった。 ・・・・だから 「ルイ・・・・!どうして!」 そんなに苦しそうな声で私を呼ばないで? 「ルイ!ルイ・・・!!」 ああ、そんなに泣かないで。 私にはもう、笑って『シャル』って呼んであげられる力もないの。 柔らかい服が肩から滑り落ちるように全身の命が零れていくのが自分でもわかって、私はあと数えるほどしか残っていないだろう呼吸をする。 「いやだ、ルイ!置いていかないで!!」 違うの。 貴方を一人にしたいわけじゃなく、貴方に生きていて欲しかったから。 私のためにイザベル様の言いなりになって、心に傷を作りながら戦いを続けていたらいつかきっとシャルが駄目になってしまう。 それが私は怖かっただけ。 「・・・・・・・」 シャル、とそう呼びかけたつもりだったけれど、もう声が出なくて唇が動いただけだった。 だけど、シャルははっとしたように私の顔を見る。 だから、最期に・・・・ 「・・・・シャ・・ル・・・・・」 微かに零れた声に私は満足して笑った。 ほら、最期の瞬間でも貴方の名前はこんなにも私の宝物。 それを伝えたかったのに、シャルの顔はますます苦しそうに歪んで。 「ルイ!ルイ!ルイっ!!」 そんなに悲しい声で呼ばないで? そう言いたかったけれど、もう力が無くて私は静かに瞼を閉じる。 そこにあったのは、シャルと同じ穏やかな漆黒。 ああ、これならそんなに怖くない、と思って小さく息をつく。 「ルイ!」 ねえ、シャル、今なら人魚姫の気持ちが少しわかる。 「ルイ!!」 貴方に出会ったことを後悔なんてしない。 こんな終わりに辿り着いてしまったけれど、この選択を間違ったとは思わない。 でも 「ルイ・・・?いや、だ・・・・いやだ!ルイーーーーー!!!」 ―― 出来ることなら、もっともっと宝物のように呼ばれる名前を聞いていたかった・・・・ 〜 Fin 〜 |